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第2章:魔物との遭遇

ティターニアへ

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 それから1時間ほど河原を歩き、ピッピがいきなり止まった。目の前には大きな岩があった。

「ここに結界があるんだ。これを解除して中に入るんだけど、お前さんはちょっと待っててくれるか?この国に関係ない奴は入れないようになってんだよ。女王様に一度許しを乞うてくるから。一時間ぐらいどこかで隠れててくれ。許可が出たら呼びにくるからよ」

「…わかった。絶対に裏切るなよ」

ジンにとって、ここで立ち往生することになるなどデメリットでしかない。むしろ死ぬ思いまでしたのに、ないがしろにされた日にはジンも何をするかわからなかった。

「かぁー、かわいくねえガキだな。どう育てばそんなにひねた性格になるんだよ」

 そんなことをブツブツ言いながらフワフワと岩に向かい、そのまま消えるように中に入っていった。ジンはその光景に目を丸くしたが、試しにジンが手を伸ばすと、帰ってきたのは岩の感触であった。仕方なく一時間ほど隠れられそうな場所を探す。しかし周囲にはそれらしきものが見つからなかった。森まで足を伸ばしてみるが、やはりすぐ近くに隠れられそうな場所はなかった。どうしようか迷い、結局河原に戻ることにした。

 ここなら森の中と違って周囲が見えるからだ。だがそれは同時に相手にも見つかりやすいということも意味した。しかも水場には魔物も集まりやすいということを失念していた。結果20分ほどして水を求めてきたフォレストファングに出会った。

 彼にとって幸運だったのは、その魔物がまだ成体ではなかったことと一匹で行動していたことだった。通常のフォレストファングなら7~10匹程度の群れで行動する。また成体の大きさは小さくても3メートルを越え、中には5メートル近くもある個体もいた。

 ジンの目の前にいるそれはせいぜい2メートル程度の大きさだった。それでもジンより十分大きいが、以前ウィルたちが撃退したものに比べればだいぶ小さかった。それが今彼を発見して獰猛な目を向けて、歯をむき出していた。ジンは急いでナイフを抜き出した。そしていつものように右手を前に出して、半身になって、重心を落として構える。石や砂利がゴロゴロ落ちており、足場は悪いがそれは相手も同じこと。そして森の中でも似たような足場であったことがジンに自信を少しだけもたせていた。

 もちろん恐怖心は強くあった。『また闘気を発動できなかったら?身体が震えたら?こんなところでただの魔獣に殺されてしまったら?マリアは、ウィルはどう思うだろう?姉ちゃんはどう思うだろう?』そんな考えが頭をよぎる。しかしそれは一旦頭の隅に追いやることにする。目の前の相手に集中しなければ死ぬ。だからジンは精神を集中させて一気に闘気を練り上げる。

 今度はスムーズに練り上げられた。そのことを少し喜ばしく思う。しかしそれに意識を割いている暇はない。練っている最中にファングが走り寄ってきていたからだ。そしてジンが体全体に闘気を充実させたのと同時に魔獣は正面から飛びかかってきた。

 それをバックステップで後ろに飛び避ける。空振ったファングは再度後ろ足に力をため飛びかかろうとする。しかしジンはそれを許さない。素早く態勢を立て直すと、右足で思いっきり石や砂利を蹴り飛ばす。

 予想外の攻撃にファングが一瞬ひるみ、その隙をついて一気にジンが近寄る。右手のナイフを逆手に持ち替えてファングの開いた口に叩き込もうとする。しかしそれを予期していたのか。相手はそのナイフを、首をひねることで避ける。だがジンの攻撃は止まらない。避けられたナイフを素早く逆手に持って、そのまま裏拳の要領で体を回してファングの胴に突き刺す。魔獣の喉からくぐもった悲鳴が聞こえる。

 だが闘気でました腕力での一撃は、相手の体をその衝撃で吹き飛ばし、自分でも想定していなかった勢いに思わず武器を手放してしまう。体を二転三転させながら2メートルほど離れた位置で倒れ伏したファングは、明らかに弱っているらしく、おぼつかない足でよろよろと、なんとか立ち上がる。ジンはそれを見てまだ生きていることを確認し、急いでトドメを刺すために近づく。

 ファングは群れで行動するという性質上、危機に陥った時に仲間を呼ぶことがあるのだ。もし仮にこのファングが大きな群れの一員だとしたら十分危険である。本来なら少数行動をしないこの魔獣が1匹だけで行動しているというのも不思議な話ではあったが、そんなことを考える暇も、必要もなかった。

 ジンは強化した足で一足飛びに近づき、残ったナイフをファングの首に叩き下ろした。
「グフ」
体重の乗ったそれはファングの首に深く突き刺さり、そんな音を小さく漏らしながら、その魔獣は絶命した。

 目から光を失った若いフォレストファングの横で、ジンは血に濡れた自分の手を見下ろした。ゴブリンの時は極度の興奮状態から意識することはなかったが、今回は明確な意思を持って相手の命を奪ったのだ。相手を殺すという行為の重さが、彼の血まみれの手に刻みつけられているような気がした。

 しかし同時に達成感もあったのは事実であった。この2度にわたる戦いは彼に、原因不明の障害が治りつつあることを実感させた。復讐者である彼にとって、それは非常に喜ばしいことであった。なぜならこれで憎い相手をこの手にかけることができるのだから。

 そんなことをボーッと考えていると、ピッピが結界から出てきた。

「おー、こんなとこにいたのか、許可が取れたぞー。ってうわ、なにしてんだよお前!?」

血まみれのジンを見てピッピは大げさにのけぞった。

 結界を越えると地下に向かう長い階段が続いていた。一定の間隔をあけて松明が灯され、下が見えるようになっていた。その階段を5分ほど降る。すると階段の先に明かりが見えてきた。ジンの前を飛んでいたピッピがスピードを上げてその光が入ってきているゲートまで行く。

「早くこいよジン!ほらほら!」

 その言葉に従い入り口までくると、そこには広大な地下世界が広がっていた。天井からは柔らかい薄緑色の光が降り注ぎ、あたり一面には様々な花が咲いた野原が広がり、鹿や狐、クマなどが歩き回っている。目を野原の奥に向けると小川が流れ、その周辺には白鳥やカワセミなどの数多くの鳥が集まっている。さらにその先には瑞々しい葉をつけた森が広がっており、その中にもなにかしらの動物がいることがうかがえる。そこは魔物や魔獣といったまがまがしいものは一切存在していない、弱者の楽園のように感じられた。
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