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第2章:魔物との遭遇

旅の仲間

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 ゴブリンたちとジンの戦いを木陰に隠れて見ているものがいた。ジンにゴブリンの注意をなすりつけたピクシーである。それはジンがゴブリンに狙われるようにした後、その場から逃げ出したのだ。自分から見てもまだ幼そうな子供を、助かりたいがために生贄にしたのだ。

 しかし彼にはゴブリンとの間に割って入ってジンを救う度胸も、力も持っていなかった。そのためピクシーは木陰から様子を伺っていたのである。いざとなったら、あの戦いに割り込んでやると、自分に言い聞かせながら。まあ結局はジンが死に掛けた時は、完全に腰が引けて動くことができなかったのだが。

 ゴブリンが絶命し、ジンが倒れこんだのを見てそのピクシーは、すばやくゴブリン達に近づき、完全に死んでいることを確認した。そして今度は急いでジンのところに向かう。まず彼が呼吸をしているかどうかを確認した。口から、かすかに呼吸音がした。次に彼の怪我の様子を見て、ピクシーは真っ先に腹部に木属性の神術を発動する。生命力を底上げし、傷の回復を促進するためだ。

 ジンの服に染み出した血の量から、彼が一刻を争っていることが理解できた。またいつ血の匂いを嗅ぎつけて、他の魔獣が来るかわからなかった。もし来た場合は申し訳ないが、この子供を置いていくしかない。彼にとって感謝の念こそあれ、会ったばかりで、名前も知らない子供より自分の命の方が圧倒的に大事であった。そしてそういう姿勢を貫かなければ、この森では生きてはいけなかった。常に自分の身を守ることを考えなければ、あっという間に死んでしまうのである。とりわけピクシー族が臆病であるということも一因にはあるが。

 幸いなことにとりあえず子供の応急処置が終わるまで、近くになんのモンスターも来ることはなかった。次に弓矢を抜こうかとも考えたが、筋肉が硬直しているためか、動きそうにない。もちろんもし動かせたとしても彼にそれを引き抜けるほどの筋力はないのだが、一応確認はした。もし血管まで傷つけていれば、鏃が入った状態であっても治療をしなければならないからだ。だが幸運にも出血はほぼ止まっており、その心配は無用のようだった。

 ピクシーは、今だに土気色ではあるが、ある程度子供の顔に生気が戻ったことを確認すると、今度は神術で周囲にある木の根を動かし、彼を隠すように囲わせた。こうすることで魔獣が来てもある程度身を守ることができる。ジンを単独で動かすことができない以上、これが唯一の、彼を守るための方法だった。

 これを先にやらなかったのは、この子供の治療が最優先だったことと、使用する精神エネルギーが莫大であるため、下手をすれば、彼の治療に必要な余力が残らないかもしれなかったためである。それからピクシーは葉っぱに水を汲んで、飲ませることにした。彼が必死に逃げたおかげで川は目と鼻の先にあり、そのおかげで楽に運ぶことができた。それから彼のそばで周囲を警戒することにした。いつの間にか日は沈み、周囲には夜の帳が落ちていた。

 ジンが日の光が差し込み、眩しさから目を開けると、そこは自分が立ち上がっても窮屈でないほどのスペースがある木の洞の中だった。一瞬あの戦いが夢であったのかと錯覚しそうになったが、裂かれた脇腹と、刺された矢傷の鈍い痛みが体を走り、それが現実にあったことであると彼に認識させた。その痛みにぼんやりしていた頭はすぐさま覚醒し、周囲を見渡す。

 どうやら誰かが自分をここに運び込んだらしい。しかも丁寧に傷の治療もしてくれたのか、矢は突き刺さったままだが、一番大きかった腹部の傷は閉じていた。それを確認してから試しに肩の矢が抜けないかを実験してみる。しかし激痛とともにわかったのは、筋肉が収縮して完全に抜けなくなっていたということである。おそらく強引に抜けばまた出血するだろう。

『この傷を治療してくれた人が近くにいたら、無理やりにでも抜くことができるんだけどなぁ』などと考えていると自分のすぐ左横から小さな寝息が聞こえてきた。ふとそちらを見やると、昨日のピクシーがいた。それを見てジンの腹の中からふつふつと怒りが湧き上がってきた。

『こいつのせいで死にかけたのに、なにのんきに寝てるんだよ』

そう思い、寝こけているピクシーをつまみ上げる。それでもこのピクシーは目を覚まそうとしない。肝が座っているのか、ただの馬鹿なのかわからなかったがとりあえず思いっきりゆさぶることにした。

「おい、起きろ」

「へ?グェェェェ!?ストップ。待って、ちょっと。吐くから待って」

 漸く目覚めたピクシーにジンは半目になりながら睨みつける。

「ううう、吐きそう。まったく命の恩人に対して何てことするんだ」

真っ青な顔をして涙目になりながら、ピクシーがジンに顔を向ける。

「命の恩人?お前のせいで俺は死にかけたんだけど」

ジンの顔がますます険しくなる。そうなのだ。もしあそこで闘気を再び扱えるようになっていなければ、確実にジンは死んでいたのだ。しかしそんな彼の想いを知ってかしらずか、ピクシーはぼやく。

「傷だらけのお前を助けて九死に一生を得させたのはおいら!しかもこの空間を作って外敵からお前を守ったのもおいら!感謝されこそすれ、こんなひどい目にあわされる筋合いはない!さあ謝ってもらおうか!」

その強気な発言を聞いてイラついたジンは再度ピクシーを掴むと、先ほどよりも激しくピクシーを揺さぶり、更には体を駒のように回し、ピクシーを振り回した。

「ぎぇぇぇぇごめんなさい調子に乗りましたやめ、やめてください、ほんとゆるしげぇぇぇ」

ピクシーの吐き出したゲロが辺りに撒き散らされた。しかもその一部がジンの顔面に飛んできた。

 漸く落ち着いたジンはピクシーに真剣に向き合い、話をすることにした。

「まず傷の治療には感謝する。けどなんであんなことしたんだ、あとちょっとで俺は死んでたんだぞ」

「それは本当に悪かった。メンゴメンゴ。おいら達ピクシー族はとっても怖がりでよ。そのせいであんなことが起こるとパニクっちまうんだよ。そんで偶然発見したお前さんにゴブリンを任せようと思ったのさ。こんな樹海の奥地で一人でいる子供だったら、ゴブリンなんて簡単に倒せると思ってよ。で、案の定おいらの目に狂いはなかったってわけさ。さすがはおいら」

 この舐めた口を聞いているピクシーにイライラは募るが、なんとかジンは我慢する。

「あっそういえばまだ名前を聞いてなかったな。おいらの名前はピッピ。ピクシー族一の木神術の使い手さ。あんたの名前はなんてゆうんだ?」

「ジン。」

「なるほどジンか…変な名前だな!」

ニッコリと笑いながらそう言ってくるピッピをみて、ジンの額に青筋が走る。

『落ち着け俺。我慢だ我慢。なんか食べ物とかの情報を持っているかもしれないし』

そんなことを思っていると、

「まあいいや。ジンはなんでこんなところにいるんだ?迷子か?」

「ウィル…師匠に谷に突き落とされたんだ。そんでこの森から抜け出すことが課題なんだ」

「はぁ!?お前の師匠は馬鹿なのか?この森には今くそやばい森の主がいて、まともに生活するのも大変なんだぞ。そいつの縄張りとかも知らない子供は絶対に生きて出られないぜ。そんなことも知らないのかよあんたの師匠は」

「わかんない。でも多分知っていると思う。訓練だって言ってたから、それから逃げ切るか、倒すのが課題のような気がする…」

「はー、ぶっとんでんなお前のお師匠さん」

「うん」

二人の間にしばしの沈黙が流れる。

「ま、まあいいや。そんでお前はこれからどうすんだ。この森から抜け出したいならこのままここにいることも出来ないだろ?」

「そうだな。とりあえずまずこの矢を抜きたいんだけど、治療をお願いできるかな?多分抜いたら大量に血が流れるし」

「あーそっかそっか。そいつを抜かないと動くに動けねーよな。よっしゃ、おいらに任せとけ」

「ありがとう。そんじゃ今から抜くから頼む」

 そう言ってジンは全身に闘気を充実させる。少しでも早く抜く回復するためだ。生命エネルギーである闘気は、肉体の細胞分裂を促進させた。もちろんジンは詳しいことは知らなかったが、ウィルに言われていたことを思い出したのである。ついでに痛みも和らぐことも少し期待していた。どんなにませていてもジンはまだ先日8歳になったばかりである。痛いのは嫌いだった。そしてまず左肩の矢を掴むと一気に引き抜いた。

「痛っつぅぅぅぅ!」

ジンは痛みに思わず声を漏らす。すかさずピッピが木神術を発動し、回復を始める。徐々に血が止まっていき、少しミミズ腫れのように皮膚がひっつりながらも無事に傷が塞がった。

「よ、よし、もう一本」

 今度は抜きにくい左裏側の太ももである。大きく深呼吸をしながらリズムを取り、覚悟を決めて矢をガシッと掴んで一気に引き抜いた。あまりの痛みにジンは悲鳴をあげた。そして再びピッピがすぐに直してくれた。

 ジンは痛みのせいで涙目になりながらも、

「ありがとうピッピ。おかげでだいぶ楽になった気がする」

「いいってことよ。おいらとジンの仲じゃないか」

 どんな仲だよと思わなくもないがジンは素直に感謝した。それから彼はこの森のことをもう少し聞こうとしたところで、胃袋が盛大な音を鳴らした。そういえば昨日から何も食べていなかった。空腹は認識した途端に酷くなるものだ。ジンはあまりの空腹に腹を抱えた。するとジンの腹の音がなったことでピッピが素敵な提案をしてきた。

「なんだよジン。腹が減ってたのか。んじゃついてこいよ。おいらの国に連れてってやるよ。そこならなにかあるだろ」

ジンはすぐに頷いた。早く何か食べたかったのだ。

 木の洞から出るとそこには、魔物か魔獣に食われかけたゴブリンのグロテスクな死骸が残っていた。その光景が、あの場面を連想させてジンは思わず吐きそうになる。だからそこから逃げ出すように駆け足で通りすぎていった。

「この森で死ぬってことはああいう風になるってことなんだよ。血を流せばその分だけ他の魔獣が近寄ってくるってことなんだ。だからジンも怪我をした時は、まずそれを塞ぐか何かしないとすぐに他の奴らに襲われちまうぞ。しっかり覚えとけよ」

ピッピが話しかけてくるおかげでなんとなくそっちに意識が向き、ジンは少しありがたかった。

 しばらくピッピの住処というところに向かって進んでいるうちに少しわかったことがある。それはピッピが兄貴分ぶりたがりで、しかもおしゃべりという面倒くさい性格であるということであった。どことなくそのお調子者で、うざったい性格はザックを連想させた。

「これからおいらが連れて行くところはこの森で唯一のオアシスなんだ。国の中心には、いつ誰が作ったのかわからない結界石があってその周囲の半径数百メートルを囲んでんのさ。そんでそこには他にも魔獣や魔物に追い立てられた動物とかが色々と暮らしているんだよ」

 聞いてもいないことを延々と話し続けるピッピに辟易しながら、ジンは周囲を警戒し続けていた。

「そういえばピッピはなんでゴブリンに追いかけられてたんだ?」

 ふとジンはそんなことを疑問に思った。ピッピの話によるとピクシーは非常に臆病なのだという。それなのに結界から出てわざわざ危険な場所に行くなんてとても考えられなかったのだ。

「ん?ナンパのため!」

元気よくとんでもない答えが返ってきた。

「はぁ?」

「いやー、ピクシーの住処にとんでもなく可愛い子がいてよ。その子に今何人かの男が言いよってるんだよ。そんで他の奴らを出し抜いておいらをアピールする方法はないかと考えてたら、なんとその子が欲しくても手に入らないものがあるというじゃないか」

「まさか…」

「そう、その子は結界の外にあるナザリアっていうピンクの花が欲しかったんだってよ。そんな話を聞いちまったらもう探しに行くしかないだろ?」

 ドヤ顔で語るピッピに思わず頭をかかえる。女の子にプレゼントをするために命がけで結界を飛び出し、それを探したのは確かに男としてかっこいいと思う。

『なんというかその生き方は少し見習いたいかもしれない』

ジンは本当に少しだけそんなことを思った。しかしそんなことのために死にかけたのだという事実を考えると、なんとも言えない気持ちになった。

『とりあえず罰を与えよう』

そう思いジンは三度ピッピを振り回すことにした。今度はゲロが当たらないように華麗に避けることに成功した。

「うぅ、なにすんだよ!」

「お前のせいで俺は死にかけたんだ!しかもすんごいくだらない理由でな!」

 しばし二人はにらみ合う。そしてジンは深くため息をついて、少し気持ちを落ち着かせて、

「そんで目当ての花は見つかったのか?」

「いんや。結局見つかんなかった。仕様がないから見かけたゴブリンにイタズラしようとしたら見つかっちまって逆に追いかけ回された」

『こいつ一回死なないかな?』

ジンは本気でピッピをどう料理しようかと考えた。

「まあお前がいたおかげで本当に助かったよ。あのままじゃ確実にゴブリンのおもちゃにされた後食われただろうしな」

 その言葉に少しだけジンは救われた気がした。あれから初めて誰かを自分の手で救うことができたのだ。何もできなかったという後悔が彼の心に強く住み着いていた。まあ次の言葉でその思いは消え去るのだが。

「いやー本当にお前がいなかったら、気になるあの子にアタックできずに終わってたぜ」

『こいつ本当に死なないかな?』
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