World End

nao

文字の大きさ
上 下
19 / 273
第2章:魔物との遭遇

命懸けの戦い

しおりを挟む
 突然ヒュッという音がしたので、ジンは思わず右側に飛ぶように地面を蹴った。反転しながら体勢を崩した状態で木に背中を思いっきり打つけ、肺に残っていた空気が一気に吐き出された。そして今まで自分がいたところに剣を振り下ろしたゴブリンがいることを確認した。感覚を信じるのが一瞬でも遅れていれば自分は死んでいたことがわかり、背筋に冷たい汗が流れ落ちた。いつの間にかピクシーは消え、ゴブリン達の狙いの対象がジンに移っていることをようやく理解した。

 ジンは覚悟を決めてベルトに差していた2本のサバイバルナイフを抜きはなった。なんの変哲のない鉄製の2本のナイフ。刃渡り20センチほどのそれは買った当初と比べて、非常に重く感じられた。手が、足が、いや体全体が震える。右手のナイフを前に、左手を少し後ろに下げる。棒立ちになり、構えというものに意識が向かない。

『体が重い。手が上がらない。闘気を発動しなきゃ…ダメだ。発動できない。どうしようどうしよう。何か手を考えないと』

 槍を持ったゴブリンがジンに向かってそれを突き出してきた。なんとか体をよじってそれを躱す。そのまま槍はジンの後ろにあった木にそのまま突き刺さった。避けられたことを喜ぶ前に彼のわき腹に鋭い痛みが走った。

「ぐぁっ!」

『痛ってぇ。刺されたのか?血?ていうかこのままじゃ本当に死ぬ!』

 そんなことを考えていると今度は弓矢を構えているゴブリンの姿が見えた。今度も避けようとするジンは、しかしわき腹からくる痛みに思わず顔をしかめ、体の動きを止めてしまう。その隙に放たれた矢はまっすぐと飛んでいき、そのままジンの左肩に突き刺さった。その痛みに思わず悲鳴をあげる。さらに左手に握っていたナイフを思わず地面に落としてしまう。しかしそれを拾い上げることはできなかった。

 剣を持ったゴブリンが飛び上がって上から斬りかかってきたのだ。ようやく彼のからだが動き、右手のナイフでそれを防ごうとして前に突き出し、なんとか成功する。しかし彼の想像以上に、その攻撃は重く、徐々にからだを押されていき、ついには右膝を地面についてしまった。ジンの目には後ろにいるゴブリンが再度弓を引き絞り、ジンの行動をつぶさに観察しているところが、顔をわずかに動かすと、彼の左側には木の幹からようやく槍を抜いて再びジンに突っ込もうとしているゴブリンが見えた。

『動けない。逃げられない。死ぬのか』

 頭の中であきらめの声が響く。姿勢の崩れているジンに向かってもう一度上から斬りおろそうと目の前のゴブリンが、剣を振りかぶる。心臓が早鐘を打つ。目の前の景色がゆっくりに感じられた。

 そんな中でジンは瞬時に様々なことを思い出していた。レイやザックとはいつも一緒だった。3人でいっぱい馬鹿なことをやった。いつも泥だらけ、擦り傷だらけでよくナギを心配させたり、怒らせたりした。ミシェルにはいつも素直になれなかったけど、一緒に遊ぶ時は楽しかった。ザックにはからかわれたが、遊んでいる時はすごくドキドキした。お嫁さんになってあげると言われた時は、飛び上がりそうになるくらい嬉しかった。でも正直になれなくて何度も泣かせてしまった。

 そんな彼の記憶の中心にはいつもナギがいた。いつも優しく頭を撫でてくれたり、子守唄を歌ったり、ご飯を作ってくれたり、怪我を治してくれたり、怖い夢を見た時は一緒に寝てくれた。悪いことをした時は叱ってくれた。いつも自分よりもジンたちのことを大切にしてくれて、何か問題があれば本気で心配してくれた。

 そんなナギは彼にとってまさに姉であると同時に母親であり、もっと自分のことに時間を使って欲しい、誰よりも幸せになって欲しいと常々思った。だから彼女を守れるように強くなろうと努力をした。法術が全く使えないことがわかっても、闘気を使ってなんとか強くなろうとした。

 実際にこれからだった。友との友情も、気になる女の子と仲良くなることも、姉にもらった様々な優しさに対して、恩を返したいと思っていた気持ちも、あの日全て唐突に奪われた。こんな世界でなければ、今でもナギ達は元気でジンのそばにいて、時には笑い、時には泣いて、ずっと一緒に居られたはずだった。それなのに現実は残酷で、狂った女神は彼の全てをたった数時間で粉々に破壊した。

 友達に別れを告げることもできなかった。弔うこともできなかった。姉との最後の別れは血にまみれていた。レイもザックもミシェルもそんな風に死ぬべき奴らではなかった。ナギはそんな業を背負わされるべき人ではなかった。もうザックやレイ、ミシェルと会うことはできない。ナギの声を聞くことはない。ジンの心の中にナギの最後の願いが不意に浮かぶ。

『どんなことがあっても、絶対に負けない』

 ジンのために最後まで己を犠牲にし続けた少女の、最愛の姉の最後の願い。彼女の前で誓ったその約束を、こんなところで何にも復讐もできないまま終わることを、自分は許せるのか。

『絶対に無理だ。姉ちゃんは怒るかもしれないけど、復讐できるなら死んでもいい。それをしないと俺は幸せにはなれない』

『なら今何をしなければならないのかな?』

頭の奥でラグナの声が響く

『目の前にいる化け物を殺す』

『それにはどうすればいいと思う?』

『決まってる。このナイフをゴブリンどもに叩き込めばいい』

『ならそうしなよ』

ラグナが笑っている気がした。

 ジンの目に前の景色が再び映る。彼の体はいつの間にか闘気をまとっていた。

『体が軽い。いつもこんな感じだったのか』

ついに彼は力を取り戻した。もう手は震えなかった。

 重いと感じていた剣ゴブリンの振り下ろしは羽のような軽さだった。右手に携えたナイフで簡単に受け止め、それをそのまま弾く。上体をのけぞらせたゴブリンの腹を右足に力を入れて立ち上がりながら搔っ捌いた。剣ゴブリンから吹き出る血がジンの体に降りかかる。それが目に入らないように目をかばいながら、思いっきり前蹴りで弓ゴブリンの方に蹴り飛ばす。

 それからすぐさま体を左から来ていた槍ゴブリンに向ける。ズルリと臓物が垂れ落ちる音と、剣ゴブリンにぶつかり「ギギっ」と呻き声を漏らす弓ゴブリンの声が聞こえた。

 槍ゴブリンは武器を携えて走りながら、その切っ先を前に突き出してきた。その動きはいまのジンにとってはとても遅い。それをナイフで受け流し、そのままゴブリンの懐に入り込む。そして右脇にナイフ差し込み、それを引き上げて右腕を肩から切断する。ゴブリンが絶叫しながら槍を落とす。そのまま一旦離れて距離を取り、再度詰めて首を切り落とす。

 その間に体勢を立て直していたらしい弓ゴブリンが背後から矢を放ってきていた。ヒュッという音とともに矢が左足の太ももに後ろから突き刺さった。ジンは即座にそれを確認すると、飛んできた方に向かって右足に力を入れて一足飛びで近寄り、上からサバイバルナイフを振り下ろす。重力によって加速したそれはゴブリンの体を立てから引き裂いた。

 周囲を確認し3匹のゴブリンが全員死んでいることを確認すると途端に痛みがぶり返してきた。槍で切られたわき腹からは血が流れ続け、弓が突き刺さった左肩と左足には激痛が走る。身体中が痛みと血が流れ出ることによる倦怠感に包まれる。とりあえず矢を抜こうとするが、もう右手を持ち上げることも億劫だ。

『こんなところで死ぬのか』

 死が目前に迫ってきていることにジンは絶望とともに安堵していた。復讐できないことは確かに彼にとって激しい怒りを感じさせた。しかし同時にこのまま死ねばもう苦しまないで済む。もしかしたら、あるかどうかは知らないが、死後の世界で姉たちにまた会えるかもしれない。それはなんて素晴らしいことだろう。ならばもうこのまま死んでもいいのかもしれない。ジンはそんなことを考えながら、痛みと怠さから意識を手放した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

物語の悪役らしいが自由にします

名無シング
ファンタジー
5歳でギフトとしてスキルを得る世界 スキル付与の儀式の時に前世の記憶を思い出したケヴィン・ペントレーは『吸収』のスキルを与えられ、使い方が分からずにペントレー伯爵家から見放され、勇者に立ちはだかって散る物語の序盤中ボスとして終わる役割を当てられていた。 ーどうせ見放されるなら、好きにしますかー スキルを授かって数年後、ケヴィンは継承を放棄して従者である男爵令嬢と共に体を鍛えながらスキルを極める形で自由に生きることにした。 ※カクヨムにも投稿してます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...