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第05話 冷たく温かい手

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「――はい、お嬢様」


 私を安心させる物腰の柔らかい声。

 バタッと囲んでいた兵士の一人が倒れた。

 その先に、彼が美しい立ち姿で佇んでいる。

「マーキュリ!」

「キ、キミは……シャオティアの執事?」

「マーキュリ・ヴェストでございます、カイル様」

 マーキュリは丁寧に一礼する。

 護衛の兵士達が拳銃を抜き、マーキュリを取り囲む。
 四方八方から兵士達に銃口を向けられているにも関わらず、彼は平静であり私に向けて微笑んでいる。

「……僕の護衛兵に一体何をしたんだ?」

「道を塞がれたので電流を少々……気絶させて頂きました」

 マーキュリは手袋を脱いだ義手を見せる。
 バチッと指先から火花が散っていた。

 その義手を見た瞬間、一人の兵士が大きな体を震わせて怯え始める。

「そ、その腕は……こいつ、まさかファンネリアの『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』部隊の残党兵か!?」

「流石、敵国の兵士……わたくしのことをご存知ですか?」

「知らぬものか! 戦に勝つために自分達から機械に身を捧げたイカレ狂兵部隊! その戦闘力は、たった一人でも中隊から大隊規模に勝るという……鋼鉄の怪物!」

「些か誇張と語弊もありますが……確かに戦に勝つため、この身を国に捧げた次第でございます……ですが、結局わたくしが一番守りたかったモノは守りきれず今ではこの有様です」

「うぐっ……本物だぞ、こいつ」

 ガイバロッサ帝国の兵士達が驚愕し、マーキュリ一人に対して戦慄を抱いている。
 銃口を向ける手元が震え、冷たい汗を掻きながら奥歯を鳴らしている者もいた。

「わたくしは、もう軍人ではございません。貴方達と戦う理由もない……ここは引いて頂けないでしょうか?」

「……し、しかし」

 兵士達は口籠る。
 敵意というよりも職務上、主であるカイルを見捨てられないようだ。
 そうしてしまえば、きっとより厳しい処罰が下されるのだろう。

「仕方ありません」

 マーキュリは予備動作なく空高く飛び、兵士たちの頭上を飛び越えた。
 風を切るような速さで、こちら側へと迫ってくる。
 上着の袖が破かれ、義手から鋭く長い曲刃ブレードが出現した。


 ヴォン――


 曲刃ブレードは、カイルの喉元へ当てられる。

 ここまでの動作で、あの金属が擦れ合う音は一切聞こえていない。

 カイルの表情が恐怖色に染まり歪んでいく。

「ひ、ひぃぃぃ! やめてくれぇ!」

「カイル様、兵士達に撤退するよう指示して頂きませんか?」

「わかった! 指示する! キミ達、とっとと屋敷に戻りたまえ!」

 カイルが命令すると、兵士達は気絶した仲間を抱えて撤退する。
 心なしか全員の表情が、ほっと安堵したようにも見えた。

 兵士達の姿が見えなくなり、マーキュリは曲刃ブレードを下し義手の中に収納させた。

「大変申し訳ございませんが、今後シャオお嬢様に近づかないで頂きたい。貴方は、このお方に相応しくない。どうか二度と、そのお姿を見せないでくださいませ」

「ぐっ……わかった。シャオティアのことは諦めよう」

「あっ、それと――」


 バァン!


 マーキュリは、カイルの頬に向けて鋼鉄の掌で平手打ちを食らわせる。

「ぶほっ!」

 カイルの全身は宙を舞い、そのまま地面に転がっていった。

「先程、お嬢様の頬を叩きましたね。一回は一回です」

 十倍以上の一回だと思う。

「あ、あがぁ、いがぁひぃ!」

 カイルは起き上がり、痛みと恐怖で怯え体を震わせた。
 頬がぼっこりと腫れ、歯が何本か折れているようだ。顎の骨も外れているのか聞き取れない声である。

 自慢の容貌もすっかり台無しとなり、ある意味とても滑稽に思えた。

「ひぃやぁぁぁぁぁっ!」

 カイルは悲鳴を上げ足早にその場から逃げ去った。



「マーキュリ、また助けてくれましたね。ありがとう」

 私は駆け寄り、彼に感謝の言葉を述べる。

 マーキュリは戸惑った表情を見せる。

「シャオお嬢様……わたくしが怖くありませんか?」

「まさか。だって貴方は、マーキュリ・ヴェスト。私の大切な……人だから」

 語尾の方だけ小声になってしまう、意気地のない私。

「……勿体なきお言葉です」

 マーキュリは普段通りにお辞儀をする。
 変わらずの実直な姿に、胸がカァッ熱くなる。

 正直、さっきの彼は少し怖いと感じた。

 でも私のために臆せず護ってくれて嬉しかった。

 常に私のことを大切に想ってくれる、マーキュリ。
 健気でひたむきな彼の姿に、あの頃の密かに仕舞い込んだ気持ちが蘇ってくる。
 

 そう、マーキュリ……。


 私はずっと貴方のことを――


 前に進みたい。

 もっと貴方との距離を縮めたい。
 
 マーキュリのことをもっと知りたい。


「ねぇ、マーキュリ。一つ訊いてもよろしいでしょうか?」

「はい、シャオお嬢様。なんなりと」

「さっき、大切なモノを守れなかったって……どういう意味です?」

「……はい。シャオお嬢様とリファイン家のお屋敷です。わたくしにとって最も大切な存在であり思い出の場所でしたから」

「そのために……貴方は両腕と両足を機械に変えてまで戦ったと?」

「若干、語弊がございます。戦時中に片腕と片足に大きな損傷を受けたのは事実です……野戦病院で療養中に参謀長である旦那様に声を掛けて頂きました」

「お父様に?」

「はい。四肢に戦闘用の義肢を付けて、特殊部隊として編制される『機械デウス・仕掛けの神エクス・マキナ』に入隊しないかと……その為に残りの片腕と片足を軍に捧げました」

「どうして、そこまで貴方が戦う必要があるの? そのまま退役することだってできたでしょ?」

「……旦那様には恩があります。祖父を亡くし、独り身のわたくしに執事としてあのお屋敷に招いてくださった恩義が……それに、シャオお嬢様の幸せを守りたかった。戦争に勝てば、それが成し得るものだと自分に言い聞かせておりました」

「マーキュリ……」

「しかし戦争に敗れたことで、旦那様は処罰されてしまい、リファイン家は爵位と屋敷を失う結果となりました。のうのうと生き残ったわたくしは自分を責めました……・それで行方不明のシャオお嬢様を探すことにしたのです」

「……罪滅ぼしのつもりですか?」

「それもございます……ですが一番は貴女様をお守りしたかった。もう一度、お傍にお仕えして、今度こそ……たとえこの命に代えてでも――」

 私は嬉しさで胸が一杯になる。堪らず、マーキュリの胸に飛び込んだ。

「お嬢様?」

「マーキュリ……貴方になんの罪も落ち度もありません。貴方は国のため、私を護るために身を捧げてまで戦ってくれたではありませんか」

「はい、しかし……」

「罪を問われるとしたら、寧ろ私の方……周囲に流されるまま、あんな男と婚約し依存して、自分の人生を諦めていた……この私です!」

「シャオお嬢様……」

「私はもう諦めたくない! これからは私が決めた人生を歩みます……マーキュリ、貴方と共に……」

 私は顔を上げ、彼の黒瞳を見つめる。

 マーキュリは少し困惑した表情を浮かべていた。
 彼の微妙な反応が不安になり、自然と涙が溢れ零れ落ちる。

「こんな私とでは……迷惑ですか?」

 問い質す私の頬に、そっと金属の掌が触れる。

 マーキュリは瞳を潤ませながら頬を赤く染めていた。
 その親指で、幾つも流れる涙を拭ってくれる。

「いえ、滅相もございません……寧ろこのような身形のわたくしに……とても嬉しいです」

「マーキュリ……」

「シャオお嬢様、わたくしもお傍にいたい……これからもずっと、貴女様と共に歩みたい」

「はい」

 私は微笑み、触れる金属の手を頬へと押し当てる。


 その手はひんやりと冷たく、けれど優しくとても温かいと噛み締めながら――





 お わ り
 

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