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閑話 まあお茶でも
ともだち
しおりを挟む「あの、弁財天さま、薬師さま」
「なあに玉宥」
「何かしら」
増徳院僧坊の小部屋に、当たり前のような顔で集まりお茶を飲む弁財天と宇賀神、そして薬師如来。
住職である玉宥は、お茶うけに干し柿をそっと出し、神仏に声をかけた。
「その……皆さま方は何故こうしてお姿を顕していらっしゃるのか、と思いまして」
「なんだそんなこと」
ふふ、と弁天が胸をはった。
「我はねえ、なんだか面白いから!」
「弁財天さま。そのような物言いだから、あなたは軽んじられるのです」
「ひどいよ宇賀の。我はちゃんと敬われてるよ!」
端正な姿で湯呑みを持ちながら主に向かって毒を吐く宇賀に、弁天は食ってかかる。薬師がかすかに微笑みながらうなずいた。
「そうねえ。弁天ちゃんは皆に好かれていると思うわ」
「薬師ちゃあん」
お茶を置いた弁天は、むぎゅ、と薬師に抱きつく。薬師の手にあったのが干し柿の方で助かった。もし弁天が茶で火傷しても薬師が即座に薬壺を取り出してどうにかするだろうが。
じゃれ合う神仏を見ても動じなくなってきた玉宥は、普通に茶をすすった。
「皆、とおっしゃいますが……弁財天さまの正体を承知の者は少ないのでは。あ、もしや神仏の皆さま方のことで?」
「んー、あまり会わないもん。いつも顕現してるなんて、我らぐらいだよねえ?」
「本当に弁財天さまは変わり者で……」
「だから宇賀の!」
しみじみと主を非難する宇賀だが、他の誰かが弁天に何か言おうものなら即座に蛇と化して絞め上げるはずだ。弁天はぷんぷんと唇をとがらせたが、宇賀はこの顔を見たいだけかもしれない。
「宇賀のだって、我と同じでしょ」
「私は、あなたがお姿を顕しているからお付きあいしているにすぎません。でなければ弁天社祭礼の八月十五日だけで済ませます」
「え、あの、祭礼の日ならば、他にも顕れて下さる御方もあるのですか」
玉宥は目を見張った。弁天は平然とうなずく。
「そりゃあ自分のお祭りぐらいは、わりとね」
「なんですと!」
それは知らなかった。ご祭神が祭りにまぎれていたりするだなんて。気づかずにいたのが何だかもったいない。ふふ、と薬師が小さく微笑んだ。
「あとは気が向けば、かしらねえ。なんだか人の世の風に吹かれたい時。お堂や祠の周りが騒がしい時なんかも」
「左様ですか……」
「水神くんは、この頃よく抜け出して来るよね。やっぱり運上所の脇なんて落ち着かないんでしょ」
開港場の中心地、駒形の水神の杜。そこの主は龍だと聞いている。祠を抜け出す龍など見てみたいものだと思ってから、玉宥はハッとなった。
「来る? とおっしゃいますと」
「この寺に来てるよ。門の脇にあるじゃない、龍燈の楠」
増徳院の入口。村を見守る大楠は、夜にボウと光を燈すことがあると言われ〈龍燈の楠〉の名を冠されていた。実はその燈りは、小さな龍の姿で木の枝に憩う水神の輝きなのだとか。
「あの梢でぼんやりするのがお気に入りですものね。潮騒の宵、風に乗るざわめきが好きだ、て」
「うっふふ。水神くんてあそこで歌でも詠んでそう」
「あら弁天ちゃん、彼はあなたのこと好いてくれてるじゃない。からかっちゃ駄目よ?」
弁天と龍神、互いに水にまつわる神格だけに水が合うのだろう。会えば仲良く話すし遊ぶ間柄だった。だが平然とそんなことを聞かされた玉宥の方は仰天する。
「水神さまが、うちに来ていらっしゃった……なんともったいないことを」
「ちょっと玉宥? 今のもったいないは、畏れ多いとかの意味じゃなく聞こえたよ」
「そうですね。金を稼ぐ機会を逃した、の方に思えました」
うっかり漏らした玉宥の本音に反応した弁天の言葉に宇賀もうなずく。
「あ、いや、その。そんな神々しい燈火があるとなれば、きゃ、ではなく参拝者が引きも切らない」
「今、客って言いかけたでしょう。それはいけないわねえ」
薬師にまでたしなめられて玉宥は小さくなる。増徳院を立派な寺にしたいという熱意はいいが、損得勘定ばかりになるのは僧侶としてよろしくなかった。
「まあそれ以外は、あまり人の世をぶらついたりしてるのって聞かないなあ」
「そうね。ここの境内には道了宮とお地蔵様もあるけど、出ていらっしゃらないでしょう?」
道了さまは最近祀られた普請の守り神。元は僧侶だったが天狗に成られたと言われている。町を開いていくにあたり勧進されて、増徳院に納められたのだった。それを引き受けるにあたってももちろん多額のお布施をいただいていて、玉宥はホクホクだった。
「はあ。では石川家前の観音さまや、汐汲坂下の阿弥陀さま、それに高田坂上の浅間さまは」
「お会いしたことはありませんね」
宇賀はにべもない。神仏はあちこちに祀られているが、弁天たちのように出てきているのは珍しいのだ。
顕現するかしないか。それはそれぞれの持って生まれたものによるし、篤く信じられていれば姿を見せてやろうという気にもなるし、その時の気分次第ではある。
「我はね、横濱村のみんなが我のことを好いてくれたから顕れているんだよ」
「ほう、好き、とはそういう……」
「ふらふらするのが好きなだけじゃないですか、あなたは」
「うるさいよ、宇賀の」
言い合う主従を微笑ましく思いながら、玉宥は薬師に向き直った。
「では薬師さまは――?」
「私? 私はねえ、弁天ちゃんと話すのが楽しくなってしまって」
「薬師ちゃあん!」
またギュッとする神仏二柱。何とも仲の良い様子に、玉宥はありがたや、と手を合わせた。
弁天と薬師は、ずっと友だちなのだった。
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