開国横浜・弁天堂奇譚

山田あとり

文字の大きさ
上 下
14 / 57
閑話 まあお茶でも

ともだち

しおりを挟む

「あの、弁財天さま、薬師やくしさま」
「なあに玉宥」
「何かしら」

 増徳院僧坊の小部屋に、当たり前のような顔で集まりお茶を飲む弁財天と宇賀神、そして薬師如来。
 住職である玉宥は、お茶うけに干し柿をそっと出し、神仏に声をかけた。

「その……皆さま方は何故こうしてお姿をあらわしていらっしゃるのか、と思いまして」
「なんだそんなこと」

 ふふ、と弁天が胸をはった。

「我はねえ、なんだか面白いから!」
「弁財天さま。そのような物言いだから、あなたは軽んじられるのです」
「ひどいよ宇賀の。我はちゃんと敬われてるよ!」

 端正な姿で湯呑みを持ちながら主に向かって毒を吐く宇賀に、弁天は食ってかかる。薬師がかすかに微笑みながらうなずいた。

「そうねえ。弁天ちゃんは皆に好かれていると思うわ」
「薬師ちゃあん」

 お茶を置いた弁天は、むぎゅ、と薬師に抱きつく。薬師の手にあったのが干し柿の方で助かった。もし弁天が茶で火傷しても薬師が即座に薬壺やっこを取り出してどうにかするだろうが。
 じゃれ合う神仏を見ても動じなくなってきた玉宥は、普通に茶をすすった。

「皆、とおっしゃいますが……弁財天さまの正体を承知の者は少ないのでは。あ、もしや神仏の皆さま方のことで?」
「んー、あまり会わないもん。いつも顕現してるなんて、我らぐらいだよねえ?」
「本当に弁財天さまは変わり者で……」
「だから宇賀の!」

 しみじみと主を非難する宇賀だが、他の誰かが弁天に何か言おうものなら即座に蛇と化して絞め上げるはずだ。弁天はぷんぷんと唇をとがらせたが、宇賀はこの顔を見たいだけかもしれない。

「宇賀のだって、我と同じでしょ」
「私は、あなたがお姿を顕しているからお付きあいしているにすぎません。でなければ弁天社祭礼の八月十五日だけで済ませます」
「え、あの、祭礼の日ならば、他にも顕れて下さる御方もあるのですか」

 玉宥は目を見張った。弁天は平然とうなずく。

「そりゃあ自分のお祭りぐらいは、わりとね」
「なんですと!」

 それは知らなかった。ご祭神が祭りにまぎれていたりするだなんて。気づかずにいたのが何だかもったいない。ふふ、と薬師が小さく微笑んだ。

「あとは気が向けば、かしらねえ。なんだか人の世の風に吹かれたい時。お堂や祠の周りが騒がしい時なんかも」
「左様ですか……」
「水神くんは、この頃よく抜け出して来るよね。やっぱり運上所の脇なんて落ち着かないんでしょ」

 開港場の中心地、駒形の水神の杜。そこの主は龍だと聞いている。祠を抜け出す龍など見てみたいものだと思ってから、玉宥はハッとなった。

「来る? とおっしゃいますと」
「この寺に来てるよ。門の脇にあるじゃない、龍燈りゅうとうくす

 増徳院の入口。村を見守る大楠おおくすは、夜にボウと光をともすことがあると言われ〈龍燈の楠〉の名を冠されていた。実はそのあかりは、小さな龍の姿で木の枝に憩う水神の輝きなのだとか。

「あの梢でぼんやりするのがお気に入りですものね。潮騒の宵、風に乗るざわめきが好きだ、て」
「うっふふ。水神くんてあそこで歌でも詠んでそう」
「あら弁天ちゃん、彼はあなたのこと好いてくれてるじゃない。からかっちゃ駄目よ?」

 弁天と龍神、互いに水にまつわる神格だけに水が合うのだろう。会えば仲良く話すし遊ぶ間柄だった。だが平然とそんなことを聞かされた玉宥の方は仰天する。

「水神さまが、うちに来ていらっしゃった……なんともったいないことを」
「ちょっと玉宥? 今のは、畏れ多いとかの意味じゃなく聞こえたよ」
「そうですね。金を稼ぐ機会を逃した、の方に思えました」

 うっかり漏らした玉宥の本音に反応した弁天の言葉に宇賀もうなずく。

「あ、いや、その。そんな神々しい燈火があるとなれば、きゃ、ではなく参拝者が引きも切らない」
「今、客って言いかけたでしょう。それはいけないわねえ」

 薬師にまでたしなめられて玉宥は小さくなる。増徳院を立派な寺にしたいという熱意はいいが、損得勘定ばかりになるのは僧侶としてよろしくなかった。

「まあそれ以外は、あまり人の世をぶらついたりしてるのって聞かないなあ」
「そうね。ここの境内には道了宮どうりょうぐうとお地蔵様もあるけど、出ていらっしゃらないでしょう?」

 道了さまは最近祀られた普請の守り神。元は僧侶だったが天狗に成られたと言われている。町を開いていくにあたり勧進されて、増徳院に納められたのだった。それを引き受けるにあたってももちろん多額のお布施をいただいていて、玉宥はホクホクだった。

「はあ。では石川家前の観音さまや、汐汲坂しおくみざか下の阿弥陀さま、それに高田坂上の浅間せんげんさまは」
「お会いしたことはありませんね」

 宇賀はにべもない。神仏はあちこちに祀られているが、弁天たちのように出てきているのは珍しいのだ。
 顕現するかしないか。それはそれぞれの持って生まれたものによるし、篤く信じられていれば姿を見せてやろうという気にもなるし、その時の気分次第ではある。

「我はね、横濱村のみんなが我のことを好いてくれたから顕れているんだよ」
「ほう、好き、とはそういう……」
「ふらふらするのが好きなだけじゃないですか、あなたは」
「うるさいよ、宇賀の」

 言い合う主従を微笑ましく思いながら、玉宥は薬師に向き直った。

「では薬師さまは――?」
「私? 私はねえ、弁天ちゃんと話すのが楽しくなってしまって」
「薬師ちゃあん!」

 またギュッとする神仏二柱。何とも仲の良い様子に、玉宥はありがたや、と手を合わせた。
 弁天と薬師は、ずっと友だちなのだった。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

幕末レクイエム―士魂の城よ、散らざる花よ―

馳月基矢
歴史・時代
徳川幕府をやり込めた勢いに乗じ、北進する新政府軍。 新撰組は会津藩と共に、牙を剥く新政府軍を迎え撃つ。 武士の時代、刀の時代は終わりを告げる。 ならば、刀を執る己はどこで滅ぶべきか。 否、ここで滅ぶわけにはいかない。 士魂は花と咲き、決して散らない。 冷徹な戦略眼で時流を見定める新撰組局長、土方歳三。 あやかし狩りの力を持ち、無敵の剣を謳われる斎藤一。 schedule 公開:2019.4.1 連載:2019.4.19-5.1 ( 6:30 & 18:30 )

一ト切り 奈落太夫と堅物与力

IzumiAizawa
歴史・時代
一ト切り【いっときり】……線香が燃え尽きるまでの、僅かなあいだ。 奈落大夫の異名を持つ花魁が華麗に謎を解く! 絵師崩れの若者・佐彦は、幕臣一の堅物・見習与力の青木市之進の下男を務めている。 ある日、頭の堅さが仇となって取り調べに行き詰まってしまった市之進は、筆頭与力の父親に「もっと頭を柔らかくしてこい」と言われ、佐彦とともにしぶしぶ吉原へ足を踏み入れた。 そこで出会ったのは、地獄のような恐ろしい柄の着物を纏った目を瞠るほどの美しい花魁・桐花。またの名を、かつての名花魁・地獄太夫にあやかって『奈落太夫』という。 御免色里に来ているにもかかわらず仏頂面を崩さない市之進に向かって、桐花は「困り事があるなら言ってみろ」と持ちかけてきて……。

STRIKE BACK ! ~ 中国大返し、あるいは、この国を動かした十日間を、ねね(北政所)と共に~

四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】 天正十年六月二日――明智光秀、挙兵。いわゆる本能寺の変が起こった。 その時、本能寺に居合わせた、羽柴秀吉の妻・ねねは、京から瀬田、安土、長浜と逃がれていくが、その長浜が落城してしまう。一方で秀吉は中国攻めの真っ最中であったが、ねねからの知らせにより、中国大返しを敢行し、京へ戻るべく驀進(ばくしん)する。 近畿と中国、ふたつに別れたねねと秀吉。ふたりは光秀を打倒し、やがて天下を取るために動き出す。 【表紙画像】 「ぐったりにゃんこのホームページ」様より

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

WEAK SELF.

若松だんご
歴史・時代
かつて、一人の年若い皇子がいた。 時の帝の第三子。 容姿に優れ、文武に秀でた才ある人物。 自由闊達で、何事にも縛られない性格。 誰からも慕われ、将来を嘱望されていた。 皇子の母方の祖父は天智天皇。皇子の父は天武天皇。 皇子の名を、「大津」という。 かつて祖父が造った都、淡海大津宮。祖父は孫皇子の資質に期待し、宮号を名として授けた。 壬申の乱後、帝位に就いた父親からは、その能力故に政の扶けとなることを命じられた。 父の皇后で、実の叔母からは、その人望を異母兄の皇位継承を阻む障害として疎んじられた。 皇子は願う。自分と周りの者の平穏を。 争いたくない。普通に暮らしたいだけなんだ。幸せになりたいだけなんだ。 幼い頃に母を亡くし、父と疎遠なまま育った皇子。長じてからは、姉とも引き離され、冷たい父の元で暮らした。 愛してほしかった。愛されたかった。愛したかった。 愛を求めて、周囲から期待される「皇子」を演じた青年。 だが、彼に流れる血は、彼を望まぬ未来へと押しやっていく。 ーー父についていくとはどういうことか、覚えておけ。 壬申の乱で散った叔父、大友皇子の残した言葉。その言葉が二十歳になった大津に重く、深く突き刺さる。 遠い昔、強く弱く生きた一人の青年の物語。 ――――――― weak self=弱い自分。

俺だけ✨宝箱✨で殴るダンジョン生活

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
俺、“飯狗頼忠(めしく よりただ)”は世間一般で【大ハズレ】と呼ばれるスキル【+1】を持つ男だ。 幸運こそ100と高いが、代わりに全てのステータスが1と、何をするにもダメダメで、ダンジョンとの相性はすこぶる悪かった。 しかし世の中には天から二物も三物ももらう存在がいる。 それが幼馴染の“漆戸慎(うるしどしん)”だ。 成績優秀、スポーツ万能、そして“ダンジョンタレント”としてクラスカースト上位に君臨する俺にとって目の上のたんこぶ。 そんな幼馴染からの誘いで俺は“宝箱を開ける係”兼“荷物持ち”として誘われ、同調圧力に屈して渋々承認する事に。 他にも【ハズレ】スキルを持つ女子3人を引き連れ、俺たちは最寄りのランクEダンジョンに。 そこで目の当たりにしたのは慎による俺TUEEEEE無双。 寄生上等の養殖で女子達は一足早くレベルアップ。 しかし俺の筋力は1でカスダメも与えられず…… パーティは俺を置いてズンズンと前に進んでしまった。 そんな俺に訪れた更なる不運。 レベルが上がって得意になった女子が踏んだトラップによる幼馴染とのパーティ断絶だった。 一切悪びれずにレベル1で荷物持ちの俺に盾になれと言った女子と折り合いがつくはずもなく、俺たちは別行動をとる事に…… 一撃もらっただけで死ぬ場所で、ビクビクしながらの行軍は悪夢のようだった。そんな中響き渡る悲鳴、先程喧嘩別れした女子がモンスターに襲われていたのだ。 俺は彼女を囮に背後からモンスターに襲いかかる! 戦闘は泥沼だったがそれでも勝利を収めた。 手にしたのはレベルアップの余韻と新たなスキル。そしてアイアンボックスと呼ばれる鉄等級の宝箱を手に入れて、俺は内心興奮を抑えきれなかった。 宝箱。それはアイテムとの出会いの場所。モンスタードロップと違い装備やアイテムが低い確率で出てくるが、同時に入手アイテムのグレードが上がるたびに設置されるトラップが凶悪になる事で有名である。 極限まで追い詰められた俺は、ここで天才的な閃きを見せた。 もしかしてこのトラップ、モンスターにも向けられるんじゃね? やってみたら案の定効果を発揮し、そして嬉しい事に俺のスキルがさらに追加効果を発揮する。 女子を囮にしながらの快進撃。 ステータスが貧弱すぎるが故に自分一人じゃ何もできない俺は、宝箱から出したアイテムで女子を買収し、囮役を引き受けてもらった。 そして迎えたボス戦で、俺たちは再び苦戦を強いられる。 何度削っても回復する無尽蔵のライフ、しかし激戦を制したのは俺たちで、命からがら抜け出したダンジョンの先で待っていたのは……複数の記者のフラッシュだった。 クラスメイトとの別れ、そして耳を疑う顛末。 俺ができるのは宝箱を開けることくらい。 けどその中に、全てを解決できる『鍵』が隠されていた。

稲荷狐となまくら侍 -明治あやかし捕物帖-

山口 実徳
歴史・時代
 時は明治9年、場所は横浜。  上野の山に名前を葬った元彰義隊士の若侍。流れ着いた横浜で、賊軍の汚名から身を隠し、遊郭の用心棒を務めていたが、廃刀令でクビになる。  その夜に出会った、祠が失われそうな稲荷狐コンコ。あやかし退治に誘われて、祠の霊力が込めたなまくら刀と、リュウという名を授けられる。  ふたりを支えるのは横浜発展の功労者にして易聖、高島嘉右衛門。易断によれば、文明開化の横浜を恐ろしいあやかしが襲うという。  文明開化を謳歌するあやかしに、上野戦争の恨みを抱く元新政府軍兵士もがコンコとリュウに襲いかかる。  恐ろしいあやかしの正体とは。  ふたりは、あやかしから横浜を守れるのか。  リュウは上野戦争の過去を断ち切れるのか。  そして、ふたりは陽のあたる場所に出られるのか。

処理中です...