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おまけ 一緒に暮らそう
しおりを挟む扉が開き、ケージに詰められていた俺は鼻を外に出した。
辺りを警戒するが、こんな時いつも連れて来られる病院じゃなかった。マナと暮らしている家の匂いと、知らない匂いとが混ざった変な感じがした。
「出ておいで、コタ」
俺のしもべ、マナはニッコニコだ。だが俺は自分の感覚しか信用しない。だって猫だからな。
「だいじょうぶだよ、コタロウ」
マナの向こうでコグレも笑ってる。まあこいつが言うならマナよりは信じられるか。マナの後輩だが、マナと俺の信奉者だ。
俺はケージから一歩出た。
……おかしい。
ここはウチじゃない。だけど、ウチのソファがある。マナと俺の匂いがしみついたやつだ。
周囲を見回す俺を、マナとコグレは訳知り顔でニヤニヤ見てる。感じ悪いぞおまえら。
「気に入ってくれるかな。お願いコタくん、どんどん探検してみてくれよ」
「この物件見つけてヒサトくん即決する勢いだったもんね」
「うみー」
俺は不機嫌なひと声でしもべたちを黙らせた。
マナはこの頃コグレのことを「ヒサトくん」と呼ぶ。
コグレがちょこちょこ遊びに来るようになってだいぶ経つが、人間も名前が変わったりするんだろうか。
魚には育つと呼び方が変わるものがいるんだとマナが言ってたぞ。出世魚というんだ。コグレも出世したのかもしれない。
あ、知ってる匂いがあった。俺はソファに飛び乗る。
くんかくんか。
これ、このクッション。コグレの匂いだ。おまえのだろ?
「あ、僕の物に気づいた」
チラリとコグレをにらんだら、奴は嬉しそうにした。すっかりしもべ体質だな。
「僕の匂いもちゃんとわかってるんだねえ。コタロウは賢いな」
「もう、親バカなんだから」
「僕は! 義理の父だけど! コタロウを幸せにしたい!」
熱弁するコグレを無視し、俺はソファに伏せた。目だけで室内を確認する。
ここはなんだ。
見た感じ、誰かの家だ。
マナの家と雰囲気は似てる。台所もある。窓が大きくて日当たりがいい。
変なのは壁と天井だった。小さな棚と箱が壁に点々とくっついていて、天井にはカーブした細い板がぶらさがってる。
「そうよー、コタ。あの壁、登ってごらん」
俺の視線の先を見て、マナがうなずいた。
……登れ? 棚だろ? いいのか?
俺がマナと暮らし始めたばかりの頃、俺が部屋を駆け回るとマナは悲鳴を上げてたな。棚から冷蔵庫へ、冷蔵庫からテーブルへとジャンプする俺が物を落とすから。
子どもだったんだよ、悪かったって。俺ももうそんな粗相はしない。だけどマナはそういうの嫌がるだろ、どうした。
「ここはコタが遊んでいい部屋なんだよ」
マナが俺に手を伸ばし、抱き上げる。歩いていって、壁にくっついた小さな棚に俺を放した。
「コタロウと僕らが一緒に暮らすなら、楽しい部屋がいいな、て探したんだ」
コグレの目が優しかった。
おまえらと俺が暮らす部屋? そりゃ楽しいのがいいよな。ここがそうなのか。
じゃあ試してみるよ。俺は跳んだ。
斜め上の棚へと次々にたどっていく。上に箱があったので潜り込んだ。ぴったり落ち着くなコレ。丸い窓から外が見えるし。
「いやーん、コタかわいい!」
「うん、いいねいいね!」
窓からチョロっとのぞいたら、しもべたちが絶賛した。なんだこいつら。
悪い気はしないが素知らぬフリで歩き出す。天井にぶら下がっている板は、ちょうど俺の背中がこするほどの高さの道になっていた。こりゃ散歩になっていいな。
「あ、行った行った!」
「おおー、本当に猫ってキャットウォーク歩くんだ」
これキャットウォークっていうのか。なかなか楽しいぞ。
その途中、透明な皿みたいのがあった。丸くなった所って気になるじゃないか。はまりたい。俺はとりあえずそこに座ってみた。
あ、下がスケスケだから二人のしもべが間抜け面してるのがよく見えるぞ。コグレが感動に泣きそうになってるが、どうした。
「マナさん、これ最高だよ! コタロウがこちらを見下ろす時、僕らからは猫裏が見上げられるんだ」
「深淵みたいに言わないでよ」
吹き出してコグレの背中を叩くマナを、コグレはキュッと抱きしめた。そのまま俺を見上げる。
「コタロウと会えたのもマナさんのおかげだし。僕こんなに幸せでいいのかなあ」
「……ヒサトくんは何でも幸せって言ってくれるじゃない」
「だってマナさんがいて、コタロウがいて、そんな嬉しいこと他にある?」
「もう――私だってそんなの幸せだよ」
俺そっちのけで二人がイチャイチャし始めたので、俺は勝手に探索を再開した。
どうやらこの部屋でマナとコグレは一緒に暮らすらしい。俺もここは気に入ったから、みんなで暮らすことに異存はない。
コグレが「ただいま」と帰ってくるのはしばらく慣れなかったが、あいつは俺の忠実なしもべだ、いると便利だからヨシとする。
俺が透明キャットウォークで部屋を見晴らしてくつろいでいると、コグレはソファに転がることが多くなった。俺を見上げられるからだ。そしてたまに「至福……」とつぶやく。それを聞いてマナは笑う。
二人が楽しそうにしていると、俺の尻尾の先はピコンと揺れてしまったりする。しもべが幸せなのは俺だって嬉しい。
だけどそんなのは、しもべたちには内緒だ。
だって、俺は猫だからな。
おしまい
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