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恋心はゆっくり待って
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次の朝。
夏休みを鬱々と過ごしていた深山奏人は、スマホの通知で飛び起きた。
アンティーク〈宵待堂〉です
彩りの葉のお皿は、まだ売れていません
お客さまへの伝言をお預かりしています
「今までありがとう」
「大好き」
とのことでした
送信元は、もちろん未知花だ。
既読になったのを確認し、すぐに削除する。誰からのメッセージなのか詮索されては困るから。
これを見たら、奏人はどうするだろう。
皿を買い戻しに来てくれるといいな、と未知花は他人事ながらドキドキした。
思い出を整理するのはそんなに簡単なことではないと未知花は知っている。母の形見にすがりつくように生きてきた未知花だから。
だから。
急いで忘れなくてもいいと伝えたかった。
苦しいのなら、まだ抱えていてもいいじゃないかと背中を押したかった。
自分が、そう信じたいから。未知花は母を忘れたりはできない。絶対に。
「相手、きっと来るぞ」
スマホを操作し終えた未知花の隣で志賀が無責任な発言をした。
「わからないでしょ」
「いいや。男はな、惚れた女をすぐに諦めたりできやしないのさ」
口調はいたずらっぽかったけれど、まなざしは熱く未知花をとらえている。思わず鼓動が速くなって、未知花はちょっと困った。
どうしよう、私、この人のこと好きになったりするの? わけのわからない付喪神なのに。
自分の気持ちにとまどって、未知花はわざとツーンと横を向いた。
「またそんなことばっかり。私のどこがいいのよ」
「……こうして見知らぬ幽霊のために頑張るところ、とか?」
「それは……あなただってそう」
「お、俺たち気が合うな。あとは、物を大事にするところ。てことはつまり思い出とか人の心とかを大切にしてるってことだろ。未知花は他人のことを思いやれるんだよ」
あまりにがっつり分析された。ほめられて、未知花はどんな顔をすればいいかわからなくなる。
「私、そんないい人じゃないよ……気持ちの踏ん切りがつかなくて、しつこいとも言えるでしょ」
「それでいいだろ、〈宵待堂〉の子なんだから」
「……どういうこと?」
アンティークショップ〈宵待堂〉。
そういえば店の名の意味など考えたことがない。
「なんでこの店〈ヨイマチ〉なんだろ、て思ったことはある。マツヨイグサって花はあるけど」
「ヨイマチってのは、昔の詩人で絵描きが作った唄からだろうな。待っても待っても来てくれない人を想い続ける、ていう」
「ふうん……」
「古い道具には、人の想いがこもってる。大切にされてきた物によく似合う店の名だと、俺は思うぜ」
「そう、だね」
たくさんの人の手を経てここにたどり着いたアンティークたち。ただの道具ではなく、誰かの心がこもったものなのだ。
それに〈宵待堂〉の名は、奏人を想い続ける彩葉の気持ちにもぴったりで――。
「俺も、待ってるよ。未知花を」
「ちょっ……!」
しんみりしていたら志賀の告白をブチこまれた。隙あらば、というやつだ。
油断していた未知花はうっかり頬を赤らめてしまい――それを見て、志賀はなんだか嬉しそうだった。
✻ ✻ ✻
それからすぐ、奏人は〈宵待堂〉にあらわれた。未知花は店に出て行かなかったが、紅葉の絵皿を買い戻したいと頭を下げて申し出たそうだ。
売値と同額で返そうと祖父は言った。なので取り引きそのものがなかったことになる。
そして不思議なショートメールのことは、怪訝な顔の祖父相手に奏人が根掘り葉掘りできず、うやむやになった。
店を出る彩葉がつぶやいた言葉は、根津が聞いていて伝えてくれた。
「奏人くんがわたしを忘れないでいてくれて、やっぱり嬉しいの。〈宵待堂〉のみんな、ありがとう」
だそうだ。女心は揺れ動くねえ、と根津はクスクス笑っていた。
チラ、と未知花に視線をくれたのはたぶん、「未知花ちゃんの気持ちだってどう動くかわからないんだよ」という意味だと思う。
そんなのわかっているけれど。
まだまだ未知花には解決しなければならないことが山積みだから。
恋なんて、している場合じゃない。
「長々お世話になりました!」
夏休みも残り少なくなり未知花は自宅に帰ることになった。ちょっと、いや、かなり憂鬱だけど仕方ない。
「別に、ここはおまえの家みたいなもんだ。いつでも来い」
「ありがと、お祖父ちゃん」
「本当にそうよ。なんならうちの聖のお嫁さんになっちゃいなさいよ。未知花ちゃんなら大歓迎だわ」
「伯母さん、何言ってるの!?」
今日はサークルの用事があるとかで聖はいない。それをいいことに息子をネタにする伯母に未知花は慌てた。
「聖だって未知花ちゃんのこと満更でもないと思うのよねえ」
平然と言われ、未知花は笑ってごまかした。
「まずは進路、ちゃんと決めなくちゃ」
「そうしなさい。相談があれば電話してこい」
祖父と伯母に見送られ、未知花は北鎌倉駅から電車に乗った。その隣には、当たり前の顔であらわれた志賀がいたりする。
「ねえ、なんで今日は着物じゃないの」
「今風は嫌いか? おまえと並ぶならこの方が似合いだと思ったんだが」
志賀はダークブラウンのパンツとグレーのTシャツだ。後ろに束ねた髪は変わらないけど、この格好だとちょっとチャラいお兄さんになる。でも……正直いうと、素敵だと思ってしまった。悔しい。
未知花は黙って足もとのスーツケースを見下ろした。母の形見を祖父の家に置いてきたので軽くなっている。持って帰るのは、勉強道具と着替え、それから信楽焼の茶碗だけだ。
「俺を連れて帰ってくれて、ありがとうな」
「歩いて追いかけるとか脅すからでしょ」
「脅しじゃなく、本気だぜ」
「そんなことされて迷子になられたら茶碗もどこかに行っちゃうじゃない。むちゃくちゃ言うんだから」
未知花はむすぅ、と唇をとがらせた。
出発前、信楽焼も祖父に預けてしまおうかと迷った。だけど志賀は「絶対おまえから離れない」とゆずらないのだ。
みずから茶碗を抱えて後を追うとまで宣言されても、無一文の志賀には歩くしかできない。そんなことさせられるわけがなかった。
「家ではおとなしくしててね」
「わかってる」
余裕ありげに微笑む志賀は、世間の基準で見てもなかなか男前なのかもしれない。近くに立っていた女性たちがチラチラと視線を送ってきては何かささやきあっていた。
地味な高校生の未知花では、志賀に釣り合わないのではないか。
その気持ちは、自宅の最寄り駅で降りても強まるばかりだった。なんとなくいつもより道行く人から見られている気がして落ち着かない。
ひょいとスーツケースを持ってくれた志賀に、こそっとお願いした。
「もう茶碗に戻ったら? 知り合いに会っちゃったら困るし」
「そんなの先輩って言っときゃだいじょうぶなんだろ?」
「根津さんはそういうことにしたけど」
何か根にもっているのだろうか。言い方にトゲを感じる。
志賀は本当にヤキモチ焼きだ。他の男性と話しただけでウジウジする。
根津が付喪神仲間だから? いや、人間の聖にもうるさく言うし。
「あっれー、お姉ちゃん!?」
未知花はギクリと立ちどまった。
横のコンビニから出てきて大声をあげたのは義理の妹の萌奈だった。面倒な子に見られたな、とげんなりする。
「帰ってきたんだあ、ふうん」
「今日帰るって連絡してあったでしょ」
「そうだけど。あれ、この人お姉ちゃんの友だちなの?」
微妙に嫌味っぽかった声が、志賀を見てあらたまった。未知花のスーツケースを持って立っている志賀にやっと気づいたらしい。一気に笑顔が愛想よくなった。
「こんにちは、妹の萌奈でぇす」
きゅるん、と挨拶され未知花はため息をかみ殺した。
萌奈とはあまり外で話すこともなかったけど、男性相手だと態度が変わるタイプの子だったのか。なんだか納得した。
「未知花の妹のことは知ってるよ」
鼻で笑って、志賀は言った。未知花の部屋に忍び込んで棚をあさっていた萌奈を至近距離で見ているのだから、めちゃくちゃ知っているのだ。
「ええー、お姉ちゃんたら、何を言ったんですかぁ。変なこと教えられてたらどうしよう」
「何も聞かなくても、男に媚びるような女なのは見りゃわかる。子どものくせに育ちが悪いぜ」
志賀は必要以上に大きな声でしゃべった。周りから好奇の視線が寄せられ、萌奈はぷるぷる震えると早足で逃げ出した。
「おし、行こう」
「ちょっと、あんな言い方」
平気な顔で歩き出す志賀に、未知花は慌てて追いついた。地元で妙に目立ってしまうのは困るんだけど。
「駄目だったか?」
「う……スカッとは、した。正直」
「ならよかった」
屈託なく笑われて、未知花も苦笑いしてしまった。
もういいか、この町からは半年ぐらいしたら出て行く予定だし。受験がうまくいったらだけど。
「ありがと」
はにかみながら礼を言ってみる。未知花が言えないことをビシリとぶつけてくれたのだから、それぐらいは。
「水くせえことはいい。俺と未知花の仲だからな」
「どういう仲よ、まだなんでもないでしょ」
「お。まだってことは、これからがあるって期待していいんだな」
「そ、それは……!」
もごもご。
未知花は盛大に口ごもった。
そんなの、わからない。
でも志賀のことは……もしかしたらもう好きなのかもしれなかった。
ああ、好きってどんなだろう。
誰にも相談できないよね、付喪神との恋なんて。
未知花はすこし照れながら、家に向かって無言で歩いた。志賀も黙って隣にいてくれる。
――この付喪神との間に始まるかもしれない、恋。
そんな予感に未知花の心臓が鳴った。
✻ ✻ ✻
短いですが、これにてひとまず完、とさせていただきます(現在続きを書く余裕がないだけです。すみません)
この先も読んでみたいと思って下さったら、コンテスト投票などで応援していただけると大変励みになります!
ここまでお目通しいただき、ありがとうございました。
夏休みを鬱々と過ごしていた深山奏人は、スマホの通知で飛び起きた。
アンティーク〈宵待堂〉です
彩りの葉のお皿は、まだ売れていません
お客さまへの伝言をお預かりしています
「今までありがとう」
「大好き」
とのことでした
送信元は、もちろん未知花だ。
既読になったのを確認し、すぐに削除する。誰からのメッセージなのか詮索されては困るから。
これを見たら、奏人はどうするだろう。
皿を買い戻しに来てくれるといいな、と未知花は他人事ながらドキドキした。
思い出を整理するのはそんなに簡単なことではないと未知花は知っている。母の形見にすがりつくように生きてきた未知花だから。
だから。
急いで忘れなくてもいいと伝えたかった。
苦しいのなら、まだ抱えていてもいいじゃないかと背中を押したかった。
自分が、そう信じたいから。未知花は母を忘れたりはできない。絶対に。
「相手、きっと来るぞ」
スマホを操作し終えた未知花の隣で志賀が無責任な発言をした。
「わからないでしょ」
「いいや。男はな、惚れた女をすぐに諦めたりできやしないのさ」
口調はいたずらっぽかったけれど、まなざしは熱く未知花をとらえている。思わず鼓動が速くなって、未知花はちょっと困った。
どうしよう、私、この人のこと好きになったりするの? わけのわからない付喪神なのに。
自分の気持ちにとまどって、未知花はわざとツーンと横を向いた。
「またそんなことばっかり。私のどこがいいのよ」
「……こうして見知らぬ幽霊のために頑張るところ、とか?」
「それは……あなただってそう」
「お、俺たち気が合うな。あとは、物を大事にするところ。てことはつまり思い出とか人の心とかを大切にしてるってことだろ。未知花は他人のことを思いやれるんだよ」
あまりにがっつり分析された。ほめられて、未知花はどんな顔をすればいいかわからなくなる。
「私、そんないい人じゃないよ……気持ちの踏ん切りがつかなくて、しつこいとも言えるでしょ」
「それでいいだろ、〈宵待堂〉の子なんだから」
「……どういうこと?」
アンティークショップ〈宵待堂〉。
そういえば店の名の意味など考えたことがない。
「なんでこの店〈ヨイマチ〉なんだろ、て思ったことはある。マツヨイグサって花はあるけど」
「ヨイマチってのは、昔の詩人で絵描きが作った唄からだろうな。待っても待っても来てくれない人を想い続ける、ていう」
「ふうん……」
「古い道具には、人の想いがこもってる。大切にされてきた物によく似合う店の名だと、俺は思うぜ」
「そう、だね」
たくさんの人の手を経てここにたどり着いたアンティークたち。ただの道具ではなく、誰かの心がこもったものなのだ。
それに〈宵待堂〉の名は、奏人を想い続ける彩葉の気持ちにもぴったりで――。
「俺も、待ってるよ。未知花を」
「ちょっ……!」
しんみりしていたら志賀の告白をブチこまれた。隙あらば、というやつだ。
油断していた未知花はうっかり頬を赤らめてしまい――それを見て、志賀はなんだか嬉しそうだった。
✻ ✻ ✻
それからすぐ、奏人は〈宵待堂〉にあらわれた。未知花は店に出て行かなかったが、紅葉の絵皿を買い戻したいと頭を下げて申し出たそうだ。
売値と同額で返そうと祖父は言った。なので取り引きそのものがなかったことになる。
そして不思議なショートメールのことは、怪訝な顔の祖父相手に奏人が根掘り葉掘りできず、うやむやになった。
店を出る彩葉がつぶやいた言葉は、根津が聞いていて伝えてくれた。
「奏人くんがわたしを忘れないでいてくれて、やっぱり嬉しいの。〈宵待堂〉のみんな、ありがとう」
だそうだ。女心は揺れ動くねえ、と根津はクスクス笑っていた。
チラ、と未知花に視線をくれたのはたぶん、「未知花ちゃんの気持ちだってどう動くかわからないんだよ」という意味だと思う。
そんなのわかっているけれど。
まだまだ未知花には解決しなければならないことが山積みだから。
恋なんて、している場合じゃない。
「長々お世話になりました!」
夏休みも残り少なくなり未知花は自宅に帰ることになった。ちょっと、いや、かなり憂鬱だけど仕方ない。
「別に、ここはおまえの家みたいなもんだ。いつでも来い」
「ありがと、お祖父ちゃん」
「本当にそうよ。なんならうちの聖のお嫁さんになっちゃいなさいよ。未知花ちゃんなら大歓迎だわ」
「伯母さん、何言ってるの!?」
今日はサークルの用事があるとかで聖はいない。それをいいことに息子をネタにする伯母に未知花は慌てた。
「聖だって未知花ちゃんのこと満更でもないと思うのよねえ」
平然と言われ、未知花は笑ってごまかした。
「まずは進路、ちゃんと決めなくちゃ」
「そうしなさい。相談があれば電話してこい」
祖父と伯母に見送られ、未知花は北鎌倉駅から電車に乗った。その隣には、当たり前の顔であらわれた志賀がいたりする。
「ねえ、なんで今日は着物じゃないの」
「今風は嫌いか? おまえと並ぶならこの方が似合いだと思ったんだが」
志賀はダークブラウンのパンツとグレーのTシャツだ。後ろに束ねた髪は変わらないけど、この格好だとちょっとチャラいお兄さんになる。でも……正直いうと、素敵だと思ってしまった。悔しい。
未知花は黙って足もとのスーツケースを見下ろした。母の形見を祖父の家に置いてきたので軽くなっている。持って帰るのは、勉強道具と着替え、それから信楽焼の茶碗だけだ。
「俺を連れて帰ってくれて、ありがとうな」
「歩いて追いかけるとか脅すからでしょ」
「脅しじゃなく、本気だぜ」
「そんなことされて迷子になられたら茶碗もどこかに行っちゃうじゃない。むちゃくちゃ言うんだから」
未知花はむすぅ、と唇をとがらせた。
出発前、信楽焼も祖父に預けてしまおうかと迷った。だけど志賀は「絶対おまえから離れない」とゆずらないのだ。
みずから茶碗を抱えて後を追うとまで宣言されても、無一文の志賀には歩くしかできない。そんなことさせられるわけがなかった。
「家ではおとなしくしててね」
「わかってる」
余裕ありげに微笑む志賀は、世間の基準で見てもなかなか男前なのかもしれない。近くに立っていた女性たちがチラチラと視線を送ってきては何かささやきあっていた。
地味な高校生の未知花では、志賀に釣り合わないのではないか。
その気持ちは、自宅の最寄り駅で降りても強まるばかりだった。なんとなくいつもより道行く人から見られている気がして落ち着かない。
ひょいとスーツケースを持ってくれた志賀に、こそっとお願いした。
「もう茶碗に戻ったら? 知り合いに会っちゃったら困るし」
「そんなの先輩って言っときゃだいじょうぶなんだろ?」
「根津さんはそういうことにしたけど」
何か根にもっているのだろうか。言い方にトゲを感じる。
志賀は本当にヤキモチ焼きだ。他の男性と話しただけでウジウジする。
根津が付喪神仲間だから? いや、人間の聖にもうるさく言うし。
「あっれー、お姉ちゃん!?」
未知花はギクリと立ちどまった。
横のコンビニから出てきて大声をあげたのは義理の妹の萌奈だった。面倒な子に見られたな、とげんなりする。
「帰ってきたんだあ、ふうん」
「今日帰るって連絡してあったでしょ」
「そうだけど。あれ、この人お姉ちゃんの友だちなの?」
微妙に嫌味っぽかった声が、志賀を見てあらたまった。未知花のスーツケースを持って立っている志賀にやっと気づいたらしい。一気に笑顔が愛想よくなった。
「こんにちは、妹の萌奈でぇす」
きゅるん、と挨拶され未知花はため息をかみ殺した。
萌奈とはあまり外で話すこともなかったけど、男性相手だと態度が変わるタイプの子だったのか。なんだか納得した。
「未知花の妹のことは知ってるよ」
鼻で笑って、志賀は言った。未知花の部屋に忍び込んで棚をあさっていた萌奈を至近距離で見ているのだから、めちゃくちゃ知っているのだ。
「ええー、お姉ちゃんたら、何を言ったんですかぁ。変なこと教えられてたらどうしよう」
「何も聞かなくても、男に媚びるような女なのは見りゃわかる。子どものくせに育ちが悪いぜ」
志賀は必要以上に大きな声でしゃべった。周りから好奇の視線が寄せられ、萌奈はぷるぷる震えると早足で逃げ出した。
「おし、行こう」
「ちょっと、あんな言い方」
平気な顔で歩き出す志賀に、未知花は慌てて追いついた。地元で妙に目立ってしまうのは困るんだけど。
「駄目だったか?」
「う……スカッとは、した。正直」
「ならよかった」
屈託なく笑われて、未知花も苦笑いしてしまった。
もういいか、この町からは半年ぐらいしたら出て行く予定だし。受験がうまくいったらだけど。
「ありがと」
はにかみながら礼を言ってみる。未知花が言えないことをビシリとぶつけてくれたのだから、それぐらいは。
「水くせえことはいい。俺と未知花の仲だからな」
「どういう仲よ、まだなんでもないでしょ」
「お。まだってことは、これからがあるって期待していいんだな」
「そ、それは……!」
もごもご。
未知花は盛大に口ごもった。
そんなの、わからない。
でも志賀のことは……もしかしたらもう好きなのかもしれなかった。
ああ、好きってどんなだろう。
誰にも相談できないよね、付喪神との恋なんて。
未知花はすこし照れながら、家に向かって無言で歩いた。志賀も黙って隣にいてくれる。
――この付喪神との間に始まるかもしれない、恋。
そんな予感に未知花の心臓が鳴った。
✻ ✻ ✻
短いですが、これにてひとまず完、とさせていただきます(現在続きを書く余裕がないだけです。すみません)
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