雨のち雨のレイ

山田あとり

文字の大きさ
上 下
23 / 36
想い残り

第23話 平気だよ

しおりを挟む

 私とせりくんが保健相談室に行くと、萩野先生はいなかった。いない方がいいと私が思ったからだろうか。だって、あの先生はニヤニヤしてせりくんのことをからかってきそうなんだもん。そっとしておいてほしい。

「この頃、ここに登校してるんだ」
「あー、なんか静かでいい」

 置いてあるのは長机とパイプ椅子だけど、ひとりで使えるんだからぜいたくだ。せりくんは開けた窓からの風に目を細めた。

「俺もこの学校、来るはずだったんだな……」
「そうだね……ちょっとあまり、いいとこ見せてないけど。本当はもっと、楽しいこともあるよ」

 私が抱えていた嫌な部分ばかり紹介してしまったかも。
 せりくんとはできれば同級生になりたかったな。クラスにいてくれれば、また教室でがんばれたかもしれない。

「でもおまえ、さっきちゃんと怒れたじゃん。ナデシコのために、ケンカできたろ。もう平気だな」
「そう、かな」

 そうだといい。なかなか自信は持てないけど。それでも私は笑ってみせた。

「私のことは元の世界でなんとかするからいいの。それよりセリくんのためにここに来たんだよ? 教室に戻ろう。知ってる子、何人かいたでしょ」
「ああ、すぐわかっておもしろかった! レンと、ヨッシーと、アオ。女子でもさ、スズナとかいたな」
「あのちょっとの間でそんなにわかったの? すごい。やっぱり戻ろう、せっかくだから楽しまなくちゃ」

 その時、相談室のドアが小さく叩かれた。向こうにザワザワと気配がする。

「ハコベちゃん、いる?」
「セリもいんだろ、おーい」

 女子と男子、両方だ。今せりくんが名前をあげた、幼稚園からの同級生たちの声。せりくんはニッコリしてドアを開けた。

「やっぱりセリもいるじゃねーか。なんだよおまえらさあ」
「ハコベちゃん、元気? だいじょうぶ?」

 入ってきた数人は、みんなホッとしたような顔だった。私たちのことを心配していたみたいだ。わざわざ探しに来てくれたのか。

「あ……わりと平気。ありがと」
「なら良かった。さっきはゴメン、割り込めなくて。これからね、あの子たちがなんか言ったら私のとこ来て」
「おう、俺らのとこでもいいぜ」

 私はびっくりして固まってしまった。みんなだって巻き込まれたくないだろうし、元には戻れないと思っていたから。そんな私を横目で見てせりくんが笑った。

「ハコベ。マヌケづらしてんなよ」
「う、うるさいな」

 口をへの字にして言い返す私とせりくんを見比べて、みんなも笑う。

「ま、セリくんがいればだいじょうぶなのかもしれないけどねー」
「な。こいつらホント仲いいし」
「これでつきあってないとか、信用ならねえ」
「ハアッ!?」

 口々に言われて私は大声をあげてしまった。顔がホカホカする。チラリと見ると、せりくんも少し赤くなっていた。みんなは笑いながら目くばせする。

「ハア? じゃねえわ」
「そうだよー。平気なら私たち戻るね。セリくん、あとよろしく」
「よろしくって、おまえら!」

 さすがにせりくんも抗議の声を上げたのに、彼らはさっさと行ってしまった。相談室に二人だけで取り残される。

 き、気まずい。
 つきあってるとか、いないとか、そんなんじゃないのに。そもそもせりくんとは、この魂揺たまゆらの世界でしか会えていないし、現実ではせりくんはもういない。
 だけどそう、幼稚園の終わりには結婚しようと言われたこともあるんだった。あと――しばらく意識していなかったけど、おぼれかけた時に助けられたりもしている。あれはキ……いや、ううん、救命活動だからノーカン!

 開けっ放しのドアからは保健室の外のざわめきが流れ込んでくる。授業ではなく休み時間のような音だった。もじもじしていた私に、せりくんは声をかけた。

「大丈夫なら、出ようぜ。校内を案内しろよ」

 さすがに二人でいることに耐えられなかったらしい。私もそれにはまったく同意だった。




 廊下には生徒たちが普通に歩いていた。やっぱり休み時間みたいで首をひねる。一時間目じゃないの?

「ハコベの心の中の学校って、授業ないのかよ」

 せりくんが眉を寄せながら言った。おかしいなあ、勉強だってしてるんだけど、私。

「あと、先生も誰もいない。おまえ、おまえってホント」

 せりくんは耐えられなくなったように大笑いし始めた。

「学校に何しに来てんだ。すげーわかりやすいな」
「いいでしょうが! 勉強だけが人生じゃないの!」
「勉強だけじゃないけどさあ、勉強もした方がいいんじゃないの?」

 やってるもん! ……それなりに。
 すこしはまともなところを見せるために、私は図書室に行った。去年は撫子が委員だったから、当番の日は私もよく顔を出していたんだ。本だってたくさん読んだ。
 私たちが入っていくと、カウンターの中にいた当番の二人が、あ、という顔をした。去年、図書委員だった顔ぶれ。
 現実のこの人たちが今年も図書委員なのかどうかわからないんだけど、ここは私の心の中の学校だから仕方ない。目が合ったのでペコリとしておいた。

「……大変だったね」
「あ、はい」

 小声で話しかけられてびっくりする。別に嫌な感じではなかったので返事はしたけど。

「今年はあなたが図書委員をやるのかと思ってたけど。四月に登校してないんじゃできないもんねえ」
「……はあ」
「ほら去年、ずいぶん首つっこんでたじゃない。コニタさんじゃなくてあなたが図書委員なんじゃないの、てみんな言ってたんだ」

 その人は悪気などなさそうにクスクス笑った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

【完結】ツインクロス

龍野ゆうき
青春
冬樹と夏樹はそっくりな双子の兄妹。入れ替わって遊ぶのも日常茶飯事。だが、ある日…入れ替わったまま両親と兄が事故に遭い行方不明に。夏樹は兄に代わり男として生きていくことになってしまう。家族を失い傷付き、己を責める日々の中、心を閉ざしていた『少年』の周囲が高校入学を機に動き出す。幼馴染みとの再会に友情と恋愛の狭間で揺れ動く心。そして陰ではある陰謀が渦を巻いていて?友情、恋愛、サスペンスありのお話。

BUZZER OF YOUTH

Satoshi
青春
BUZZER OF YOUTH 略してBOY この物語はバスケットボール、主に高校~大学バスケを扱います。 主人公である北条 涼真は中学で名を馳せたプレイヤー。彼とその仲間とが高校に入学して高校バスケに青春を捧ぐ様を描いていきます。 実は、小説を書くのはこれが初めてで、そして最後になってしまうかもしれませんが 拙いながらも頑張って更新します。 最初は高校バスケを、欲をいえばやがて話の中心にいる彼らが大学、その先まで書けたらいいなと思っております。 長編になると思いますが、最後までお付き合いいただければこれに勝る喜びはありません。 コメントなどもお待ちしておりますが、あくまで自己満足で書いているものなので他の方などが不快になるようなコメントはご遠慮願います。 応援コメント、「こうした方が…」という要望は大歓迎です。 ※この作品はフィクションです。実際の人物、団体などには、名前のモデルこそ(遊び心程度では)あれど関係はございません。

はりぼてスケバン

あさまる
青春
※完結済、続編有ります。 なぜこうなってしまったのだろう。 目の前の惨劇は、確かに自身が起こしてしまった。 しかし、それは意図したものではない。 病弱で、ろくに中学生生活を送ることの出来なかった鼬原華子。 そんな彼女は志望校に落ち、滑り止めとして入る予定のなかった高校に入学することとなる。 ※この話はフィクションであり、実在する団体や人物等とは一切関係ありません。 また、作中に未成年飲酒、喫煙描写が含まれますが、あくまで演出の一環であり、それら犯罪行為を推奨する意図はありません。 誤字脱字等ありましたら、お手数かと存じますが、近況ボードの『誤字脱字等について』のページに記載して頂けると幸いです。

意味がわかると下ネタにしかならない話

黒猫
ホラー
意味がわかると怖い話に影響されて作成した作品意味がわかると下ネタにしかならない話(ちなみに作者ががんばって考えているの更新遅れるっす)

心がささやいている

龍野ゆうき
青春
相手の心の声が聞こえてしまう能力に悩み苦しむ少女は、ずっと人との接触を恐れ避けながら生活してきた。そんな中、出会った彼らは特別で…?

ありがとうまぁ兄…また逢おうね

REN
青春
2022年2月27日 わたしの最愛の人がガンで命を落としました。 これはわたし達家族の物語です。 わたし達家族は血の繋がりはありません。 幼い頃に児童養護施設で出会い、育った4人が家族として血の繋がりよりも強い絆で共に生きてきました。 さまざまな人たちとの出会い、出来事、事件を経て、成長していきます。 やがてそれが恋に変わり、愛へと発展していきました。 他界した愛するひとに向けて、またガンなどの病気と闘っておられる方にも是非読んで頂きたいと思っております。 ※この物語はノンフィクション小説です。 ※更新は不定期となります。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

処理中です...