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想い残り
第23話 平気だよ
しおりを挟む私とせりくんが保健相談室に行くと、萩野先生はいなかった。いない方がいいと私が思ったからだろうか。だって、あの先生はニヤニヤしてせりくんのことをからかってきそうなんだもん。そっとしておいてほしい。
「この頃、ここに登校してるんだ」
「あー、なんか静かでいい」
置いてあるのは長机とパイプ椅子だけど、ひとりで使えるんだからぜいたくだ。せりくんは開けた窓からの風に目を細めた。
「俺もこの学校、来るはずだったんだな……」
「そうだね……ちょっとあまり、いいとこ見せてないけど。本当はもっと、楽しいこともあるよ」
私が抱えていた嫌な部分ばかり紹介してしまったかも。
せりくんとはできれば同級生になりたかったな。クラスにいてくれれば、また教室でがんばれたかもしれない。
「でもおまえ、さっきちゃんと怒れたじゃん。ナデシコのために、ケンカできたろ。もう平気だな」
「そう、かな」
そうだといい。なかなか自信は持てないけど。それでも私は笑ってみせた。
「私のことは元の世界でなんとかするからいいの。それよりセリくんのためにここに来たんだよ? 教室に戻ろう。知ってる子、何人かいたでしょ」
「ああ、すぐわかっておもしろかった! レンと、ヨッシーと、アオ。女子でもさ、スズナとかいたな」
「あのちょっとの間でそんなにわかったの? すごい。やっぱり戻ろう、せっかくだから楽しまなくちゃ」
その時、相談室のドアが小さく叩かれた。向こうにザワザワと気配がする。
「ハコベちゃん、いる?」
「セリもいんだろ、おーい」
女子と男子、両方だ。今せりくんが名前をあげた、幼稚園からの同級生たちの声。せりくんはニッコリしてドアを開けた。
「やっぱりセリもいるじゃねーか。なんだよおまえらさあ」
「ハコベちゃん、元気? だいじょうぶ?」
入ってきた数人は、みんなホッとしたような顔だった。私たちのことを心配していたみたいだ。わざわざ探しに来てくれたのか。
「あ……わりと平気。ありがと」
「なら良かった。さっきはゴメン、割り込めなくて。これからね、あの子たちがなんか言ったら私のとこ来て」
「おう、俺らのとこでもいいぜ」
私はびっくりして固まってしまった。みんなだって巻き込まれたくないだろうし、元には戻れないと思っていたから。そんな私を横目で見てせりくんが笑った。
「ハコベ。マヌケづらしてんなよ」
「う、うるさいな」
口をへの字にして言い返す私とせりくんを見比べて、みんなも笑う。
「ま、セリくんがいればだいじょうぶなのかもしれないけどねー」
「な。こいつらホント仲いいし」
「これでつきあってないとか、信用ならねえ」
「ハアッ!?」
口々に言われて私は大声をあげてしまった。顔がホカホカする。チラリと見ると、せりくんも少し赤くなっていた。みんなは笑いながら目くばせする。
「ハア? じゃねえわ」
「そうだよー。平気なら私たち戻るね。セリくん、あとよろしく」
「よろしくって、おまえら!」
さすがにせりくんも抗議の声を上げたのに、彼らはさっさと行ってしまった。相談室に二人だけで取り残される。
き、気まずい。
つきあってるとか、いないとか、そんなんじゃないのに。そもそもせりくんとは、この魂揺らの世界でしか会えていないし、現実ではせりくんはもういない。
だけどそう、幼稚園の終わりには結婚しようと言われたこともあるんだった。あと――しばらく意識していなかったけど、おぼれかけた時に助けられたりもしている。あれはキ……いや、ううん、救命活動だからノーカン!
開けっ放しのドアからは保健室の外のざわめきが流れ込んでくる。授業ではなく休み時間のような音だった。もじもじしていた私に、せりくんは声をかけた。
「大丈夫なら、出ようぜ。校内を案内しろよ」
さすがに二人でいることに耐えられなかったらしい。私もそれにはまったく同意だった。
廊下には生徒たちが普通に歩いていた。やっぱり休み時間みたいで首をひねる。一時間目じゃないの?
「ハコベの心の中の学校って、授業ないのかよ」
せりくんが眉を寄せながら言った。おかしいなあ、勉強だってしてるんだけど、私。
「あと、先生も誰もいない。おまえ、おまえってホント」
せりくんは耐えられなくなったように大笑いし始めた。
「学校に何しに来てんだ。すげーわかりやすいな」
「いいでしょうが! 勉強だけが人生じゃないの!」
「勉強だけじゃないけどさあ、勉強もした方がいいんじゃないの?」
やってるもん! ……それなりに。
すこしはまともなところを見せるために、私は図書室に行った。去年は撫子が委員だったから、当番の日は私もよく顔を出していたんだ。本だってたくさん読んだ。
私たちが入っていくと、カウンターの中にいた当番の二人が、あ、という顔をした。去年、図書委員だった顔ぶれ。
現実のこの人たちが今年も図書委員なのかどうかわからないんだけど、ここは私の心の中の学校だから仕方ない。目が合ったのでペコリとしておいた。
「……大変だったね」
「あ、はい」
小声で話しかけられてびっくりする。別に嫌な感じではなかったので返事はしたけど。
「今年はあなたが図書委員をやるのかと思ってたけど。四月に登校してないんじゃできないもんねえ」
「……はあ」
「ほら去年、ずいぶん首つっこんでたじゃない。コニタさんじゃなくてあなたが図書委員なんじゃないの、てみんな言ってたんだ」
その人は悪気などなさそうにクスクス笑った。
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