雨のち雨のレイ

山田あとり

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まだ雨はやまない

第20話 望んでいるのは

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 真面目な顔をして考えていたせりくんは、うん、とうなずいて顔を上げた。私の方を向いて話し始める。

「俺さ、前の家に戻ることになったんだ。だからハコベと同じ学校に転校するはずで」
「そうなの? じゃあ同級生?」
「……になる予定だったんだよ」
「あ。ああ……」

 そうだった。せりくんは死んでしまったんだっけ。すごく元気で普通にしてるから忘れそうになる。

「それで幼稚園の時の写真とか見てさあ。だいたい友だちは男なんだけど、そういやハコベっていう元気な泣き虫がいたよなと」
「失礼な」
「――じゃあ、カワイクてしっかりモノでケナゲな女の子が」
「いや、腹立つし気持ち悪いからやめて」

 せりくんがわざと無表情に棒読みして私は笑った。ああそうか、この感じ。昔からお互い言いたい放題やりたい放題だったから、ともこうだったんだな。

「めっちゃ楽しみだったんだよ。みんなどんなんなったかな、俺のことわかるかな、てさ」
「あー、しばらくわからなくてごめん」
「ほんとひでえや」

 せりくんはブーブー言うけど、仕方ないと思うんだよね。大きくなっちゃってさ、もうヘアピンつけてかわいくしようとは思えないもん。

「じゃあセリくんの想い残りは、学校でみんなと再会したかった、てことなの?」
「んーまあ、それもあるんだと思う」

 せりくんは目をそらした。

「自分でも、よくわかんないんだよな。俺なんでこんなんなってんだろ」
「……そっか」

 そんなものなの? でもそうかもしれない。
 今私がやりたいこと、これだけはやっておきたいこと、て考えた時にスルッとは出てこないよ。いつだって目標に向かって生きている、なんて人の方が少ないんじゃないかな。病気で苦しんだりしていれば、こうしたいああしたい、と考えるんだろうけど。

「セリくんて、どうして死んじゃったの」

 ふと気になって口にしてしまったけど、嫌な質問だったかもしれない。言ったとたんに後悔したけど、せりくんは肩をすくめただけで平気そうにしてくれた。

「――事故」
「そっか。突然だったんだね。ごめん」
「いーんだよ。仕方ないことだから」

 中途半端に笑うせりくんを見て、私はなんだか悲しくなった。
 やっぱりさ、いきなり死んじゃうなんて納得できるわけないよ。仕方ない、て言うしかないんだろうけど、つらいに決まってる。

「学校か……幼稚園から一緒の子たちもいるよ。行ってみよう」

 幼稚園からなら歩いて行けるし、私は元気よく立ち上がった。なのにせりくんは首を横に振る。

「ここは俺の世界だぞ。ハコベの中学なんて知らないし、大きくなったみんなのこともわからないから、ここにはいない」
「……そうなんだ」

 私は呆然とした。言われてみれば当たり前だけど、知らない所にはたどりつけないし、知らない人には会えない。この世界にもルールがあるらしい。

「じゃあどうすればいいの」
「――ハコベの、心に入れないかな」

 難しい顔で考えながら、せりくんは言った。

「――はい?」
「おまえの中になら、中学もみんなも存在する。そこに行けたら会えるはずだ」
「――いやいや、そうかもしれないけど。どうやって行くの?」

 そこなんだよなあ、とせりくんは上を向いてしまった。ずる、と椅子にだらしなく座る。

 私の心。心の中。私の中の世界。
 そんなもののこと、考えてもみなかった。そうだね、これまでに私たちは豆だいふくの心、撫子の心をたどってきた。そして今、せりくんの想いの中にいる。ならば私の心にも入り込めるんだろうか。だけどどうやって?

「そもそもさあ、私はどうやってこんな、わけわかんない場所に来てるのよ?」
「えー? そうだなあ」

 感覚的にやってるから伝わらないかもしれないんだけど、と前置きしてせりくんは説明してくれた。右手と左手を見せられる。

 誰かの心にいる私が、片手。
 現実の私は、反対の手。
 二つの私を、手のひらを介して重ねる。つなげる。

「――うん、わかんない」
「デスヨネー」

 両手を合わせたまま、ははは、とせりくんの笑いが乾いた。

「だいたいこの理論だと、俺の存在がどうして仲介役に入るのかがわからないしさ、不完全なんだよな」
「……へ?」
「ほら、ナデシコが言ってたろ、そんなことできるのは俺だけって。教えないとか言って楽しそうにしやがって、あいつ」
「ああ、なんか言ってたね」
「ハコベの心に入るんだとこれまでと逆方向になるから、その場合どこと何をつなげればいいのか迷うし――でも、このハコベはすでに実体じゃないからいけるのか」
「へ?」
「ハコベが俺のこと考えて、呼ばれた俺とつながる……でもどっちも影すぎて弱いだろ。もう一つ、何か媒介する物とかあるといいかもしれないよな。影と、実体がほしいかなあ」
「あ、あの、ちょっと」
「ん?」

 私は考えに沈むせりくんを引き戻した。なんか難しいことつぶやいてるんだもん。

「もしかしてセリくん、頭いい?」
「え、別に。成績は悪くないけど」

 あ、これぜったい成績もそこそこいいやつだ。
 いるよね、学校のテストは必死にならないせいでトップ取らずに終わるけど、実は地頭がいい人! そんなタイプでしょ。なんか腹立つ。

「あー、うそみたい。ケッコンも知らなかったおバカがさあ」
「うるせえな! なに、ハコベ成績悪いの?」

 煽るような目で見てくるせりくんに、私は思いきりしかめっ面をした。

「だいじょうぶです!」
「ああ。、ね」

 ぐぬぬ。
 うっかり言ったひと言で、私の成績はバレたようだった。


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