雨のち雨のレイ

山田あとり

文字の大きさ
上 下
14 / 36
ペンギンが飛ぶ空

第14話 二人だけで

しおりを挟む

 誘われて私はペンギン水槽の前に撫子と並んで立った。たくさんのペンギンが嬉しそうにこちらを見ながら飛びまわっている。

「行こ」
「……うん」

 私の手を握る撫子は、迷いなく水槽のアクリルガラスに入っていった。引かれて私も続こうとする。その時駆け寄ってきたレイくんが、黙って撫子とは反対の腕を取った。え、と思う間もなく体をぴったり私に寄せて、レイくんは一緒にガラスをくぐる。
 ズズ、とあの不思議な感覚があって、私たちは水槽にもぐり込んでいた。見上げると水面がキラキラしている。ちゃんと水の中。でもやっぱりしゃべることはできるみたいだ。

「きれい――」
「なんであなたも来るの?」

 撫子は私を振り向いて、ついてきたレイくんをとがめた。憎らしそうににらみつける。どうしてそんなに嫌うんだろう。

「ナデシコ、別にいいでしょ」
「私ハコベちゃんと二人でいたい!」

 私の腕にしがみつく撫子に、私はくらくらした。
 少しつらいよ、撫子。さっきからあの日のことばかり思い出す。




『ずっとこうしていたい。こうしてはこべちゃんとおしゃべりしてるのがいい』
『そうだね、こんな放課後っていいよね』
『二人だけって落ち着くんだもん』

 ただなんの予定もない放課後の過ごし方の話だと思っていた。でも撫子にとってはそうじゃなかったんだろうか。
 ずっと二人で。その意味は。
 そうなの、撫子? 他の誰もいない世界で、二人だけ?

『私だけじゃなくて、撫子のこと気にしてる人なんていっぱいいるじゃない。平子先輩とかさ』
『だから、そういうのよくわからないんだってば』

 唇をとがらせてすねる撫子がかわいくて、私は笑ったんだ。
 私だって、まだそんなことよくわからない。女の子同士、気楽にしている方が楽しいのは同じだった。だけどそんな時間は変わっていくものだとも知っている。

『撫子かわいいし、この先モテるかもよ。あーあ、私も大人になったら、そーゆー気持ちわかるかな』
『うーん。わからない、かナ』
『ひどーい!』

 ぶつフリをする私にコロコロと笑いながら、撫子は窓の方を見た。
 空はうっすらと夕方の色になりかけている。透きとおる空に、撫子はつぶやいた。

『大人になんてならなくてもいいの、私』
『――どうして?』
『なんだか、嫌』

 私を見ようともせずに言いつのる撫子の頬。そうだ、冷たい風にあたるより前からもう、ほんのり赤かったんだ。何かの熱に浮かされているように。




 私たちが立つ岩場には水を通して降りそそぐ光がゆらゆらと映っていた。夏のプールのような、でもそれよりもやわらかくて心地よい、不思議な水底。
 上や横ではペンギンたちが人間を遠巻きにして泳いでいる。私の腕を取ったままの撫子に挑戦的に笑い返して、レイくんは言った。

「こいつ、ドンくさいからさ。あぶないだろ。もあるかもしれないし」

 それは通路から落ちかけたことだろうか。でもここは水の中、もうそんなことはないはず。

「ハコベと二人になってどうするんだよ? 俺がついてこれないようにガラスを通さないつもりだった? おまえとハコベだけにするなんて、危なくてしょうがねえや」
「……え、何言ってるのレイくん」

 きょとんとした私を引きずって、撫子はレイくんから離れた。レイくんは私ではなく撫子から目をそらさない。監視するように。

「ここはおまえの心の中なんだろ。おまえの自由になる世界だ。なんだってできる。さっきのだっておまえがやったんだ!」
「うるさいわよ!」

 撫子が叫んだとたん、一羽のイワトビペンギンがレイくんめがけて突っ込んだ。レイくんはギリギリでよける。

「ナデシコ!?」

 悲鳴のように言った私を撫子は放さなかった。撫子はぶるぶるとふるえ、息が荒い。

「いくらハコベがマヌケでも、何もないところでなんで転ぶんだよ。しかも手すりの向こうにむかって。足を持ち上げられるみたいな感じがしたろ、ハコベ」
「え、うん……」

 そう、なぜか足を取られたんだった。レイくんは断言する。

「ナデシコがやったんだよ」
「私はハコベちゃんを助けたでしょ!」
「ハコベに恩を売りたかったんだろ、もっと好きになってほしくて、自分のものにしたくて!」
「やめてよ!」

 またペンギンがレイくんに飛び込んだ。顔をかばったレイくんの腕に一羽が当たる。

「レイくん!」
「ほらな。ペンギンだってこいつの思う通りに動くんだ。だから勝手に行進してくるし、カピバラのプールだってお湯になる。なんでもできる、ここはナデシコの世界なんだよ」

 そうなの?
 私が青ざめて撫子を見つめるのに、撫子は私を見ない。私をつかまえたまま泣きそうな顔でレイくんをにらんでいた。

「――あなたのせいで、ハコベちゃんと離ればなれになっちゃったのよ」

 そう言われて、レイくんは撫子をにらみ返した。

「ああ、そうだな」
「なんてことしてくれたの。せっかくずっと一緒のはずだったのに!」
「そんなことさせるかよ!」

 二人が何を言い争っているのか私にはわからない。おろおろするのを無視されて、私は必死で割って入った。

「何? どういうことなの? レイくんのせいでって、ナデシコはレイくんを知ってるの?」
「いいんだハコベ、今その話はできない!」
「そうよハコベちゃん、もうそんなのいい。言うとおり、ここは私の世界だもん、思うようにするんだから! ハコベちゃん、私と一緒に行こう! 私と来て!」

 大声で争う三人の人間の周りを、ペンギンたちがグルグルと群れ飛んでいる。
 降りそそぐ光が揺らぐ水槽の底に立って、私はどうすればいいのかわからなくなっていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

オタクな俺のことを嫌いな筈の幼馴染を振ったら ~なぜかタイムリープしてデレデレになっていた~

ケイティBr
青春
『アタシはアタシだよ』幼馴染が本当の事を教えてくれない。  それは森池 達也(モリイケ タツヤ)が高校最後のクリスマスを迎える前の事だった。幼馴染である、藤井 朱音(フジイ アカネ)に近所の公園に呼び出されて告白された。 けれど、俺はその告白を信じられなかったのでアカネを振ってしまう。  次の日の朝、俺はなぜか高校最初の登校日にタイムリープしていた。そこで再会した幼馴染であるアカネは前回と全く違う態度だった。  そんな距離感が近い俺たちを周囲はお似合いのカップルだと言うんだ。一体どうなってるんだ。そう思ってアカネに聞いても。 「たっくんが何言ってるのか分かんないよ。アタシはアタシだよ」  としか言ってはくれない。  これは、タイムリープした幼馴染同士が関係をやり直すラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

歌にかける思い~Nコン最後の夏~

ユキウサギ
青春
学校の中でも特に人気のない部活、合唱部。 副部長の時田 優良(ときた ゆら)は合唱部がバカにされるのが嫌だった。 気がつけばもう3年生。 毎年出てたNコンに参加するのも、もう今年で最後。 全部員11名、皆仲がいい以外に取得はない。 そんな合唱部の3年生を中心に描いた、Nコンにかける最後の夏の物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...