召喚された最強勇者が、異世界に帰った後で

ぽんちゃん

文字の大きさ
上 下
124 / 131

120

しおりを挟む


 魔王討伐部隊が、凄まじい勢いでドラゴンを追いかける。
 だが、リンドヴィルムは魔王のもとまで真っ直ぐに飛んでいた。

(そっか! この子の容姿がベアテル様に似ていたら、可愛い耳があるかもしれないっ! だからリンドヴィルム様は、先に釘をさしたんだ……)

 ベアテルも、幼少期は耳を隠すことができなかったと話していたのだ。
 レヴィの子は注目を集めることになる。
 耳を隠せないまま姿を見せれば、民がパニックに陥るかもしれない。
 その時のために、リンドヴィルムは助言してくれたのだろう。

『己のことを獣と蔑まれても、ベアテルは声を上げないだろう。だが、レヴィとの子のことになると、話は別だ。レヴィを溺愛しているベアテルが、許すと思うか?』

「っ……つまり、先程の助言は、リンドヴィルム様が天罰を下すわけじゃなくて、ベアテル様が鉄槌を下す、ということですか……?」

『うむ。近い未来、そうなるだろう。まあ、勘違いしている民は、我を恐れているかもしれぬが……。その方がいいだろう』

 レヴィのためなら悪役にでもなる、と語ったリンドヴィルムは、とてものんびりと空を舞っている。
 心優しいドラゴンを、レヴィはますます好きになっていた。

(でも……。ベアテル様が本気で怒ったところなんて、僕は見たことがないけど……。我が子のことになると、鬼になるのかな?)


 なかなか想像できないレヴィだったが、現在、不死鳥の吐いた炎を剣に纏わせるベアテルは、躊躇なく出会した魔物の首を刎ねていた。
 異世界最強勇者でも足元にも及ばない勇姿だったと、後に語られることとなる。
 だが、リンドヴィルムの口内で守られていたレヴィだけは、ベアテルが鬼神となった姿を見逃していた――。


 リンドヴィルムは、未来が見えるだろうか。
 もしそうであったならと、レヴィは我慢しきれずに我が子のことを問う。

「僕の子は、可愛い耳がはえますか……?」

『さて、どうだろうな?』

 楽しみはとっておけと、リンドヴィルムがくつくつと笑い出す。

「もうっ。本当にお茶目なドラゴンなんだからっ」

『…………我が、おちゃめ…………』

 リンドヴィルムが愕然と呟く。
 レヴィはぷりぷりしていたが、リンドヴィルムが大音量で笑ったことで、多くの民に目撃されることとなっていた。

「ベアテル様に似た子だったらいいなあ。それで、頭には可愛い耳があったら、もう最高っ!! でも、無事に生まれてきてくれたらそれでいいっ」


 この度の魔王討伐には、リンドヴィルムが参戦することが瞬く間に知れ渡っていたことなど知らぬまま、ベアテルに似た赤子を想像するレヴィは、ひとり悶絶していた――。





 日が暮れた頃。
 リンドヴィルムが周辺の安全を確認し、レヴィはようやく地に降りる。

 誰ひとり欠けることなく、順調な旅だった。
 なにせ、魔王が潜伏する場所は、『死の森』の奥にある。
 旅に出る前から、ベアテルは死の森の凶暴な魔物を制圧しているため、一月とかからず魔王のもとまで迫っていた。

(僕にまだ活躍の場はないけど、これも僕の大切な役割だっ!)

 使用人たちが天幕を張っている間に、レヴィは栄養のあるスープを作る。
 辺境伯領に来てから、大量のスープを用意することに慣れているレヴィは、テキパキと働く。
 まずはリンドヴィルムが、大鍋に入ったスープをぺろりと平らげ、だらしなく横たわる。
 そして次にロッティも現れ、ドラゴンの隣でゴロゴロし始めた。

「おじさんが増えた……」

『あん? なにか言ったか? ゲプッ』

 ロッティが、くあっと欠伸をする。
 常にレヴィがそばにいるため、不死鳥は余力がありあまっていた。

(見た目は、とても神々しい伝説の生き物たちだけど……。だらけた姿は、民には見せられないや)

 だが、リラックスしている姿は、心を開いてくれている証だろう。

「ロッティさん、今日もよく頑張りました。ゆっくり休んでくださいね」

 膨れた腹に毛布をかけ、優しく頭を撫でる。
 レヴィが子守唄を歌えば、ロッティは瞬く間に眠りについていた。
 眠る時も炎はチリチリと燃えているが、不思議と毛布が燃えることない。

(口は悪いけど、寝顔は可愛い……)

 レヴィの手にすりすりと頬を寄せるロッティを、レヴィは微笑ましく思っていた。
 そして見守っていた使用人たちは、レヴィの歌声に聞き惚れていたのだが――。

『グガァァァ』

 静かな夜の森に、地鳴りのようないびきが響く。
 魔物は音に敏感だ。
 そのことを思い出すレヴィは、慌てふためく。
 それでも、力を貸してくれている不死鳥を叩き起こすことなど、レヴィにはできなかった。

「…………ロッティさんの大いびきで、魔王に気付かれちゃうよ」

 レヴィがガックリと項垂れれば、使用人たちが笑い出す。
 魔王討伐の旅ではなく、まるで家族旅行を楽しんでいるかのような朗らかな雰囲気だった。



 それから、レヴィは天幕へ向かう。
 食事を用意して待っていれば、水浴びを終えたベアテルが顔を出した。

「ベアテル様っ、お疲れ様です」

「ああ、怪我はないか? 体調はどうだ?」

 誰よりも動いているベアテルが、まずレヴィの体調を気にかけてくれる。
 その優しさに、レヴィは胸を打たれた。

(どんな劣悪な状況でも、ベアテル様は変わらず優しい……)

 疲れを微塵も感じさせないベアテルだが、レヴィは祈りを捧げていた。

「レヴィがいてくれるだけで、俺は無敵になった気分だ……」

 ベアテルに抱きしめられ、石鹸の爽やかな香りに包まれる。
 わざわざ魔物の血を洗い流してから、ベアテルはレヴィに会いに来る。
 レヴィを怖がらせないよう、気を遣ってくれていることに、レヴィは気付いていた。

「ふふっ。僕より、ロッティさんのおかげでは?」

「……それは否定できないな?」

 レヴィを膝に乗せ、器用に食事をするベアテルが小さく笑った。
 子の名前を考えたり、魔王を討伐した褒美には、長期休暇を取って新婚旅行に行こうと話したりと、とてもまったりとした時間だ。

(でも……戦闘後だからか、気分が高ぶっているみたい)

 片時も離れたくないといった甘い態度のベアテルだが、黄金色の瞳はギラついている。
 膝の上でもじもじとするレヴィは、ベアテルの胸に顔を埋めた。
 だが、すぐに顎を掬われ、口付けを交わす。

「んっ……」

 レヴィの唇を啄んだままベアテルが立ち上がり、寝台に向かう。

「レヴィ、おやすみ」

「はいっ……ベアテル様も……いい夢を……」

 優しく髪を撫でられ、眠気に襲われる。
 不死鳥たちを寝かしつけたレヴィは、夜はベアテルに甘やかされていた。
 幸せな気持ちで微睡むレヴィは、ベアテルを見つめてふにゃりと笑った。

「おやすみなさぃ……ベア……」

 最後まで名を呼べないまま、目を閉じる。

「っ、」

「……ん……ふ、ぁ……」

 唇に、熱を感じ続ける。
 何度もおやすみと告げるベアテルだが、本当はレヴィを寝かせる気がないのかもしれない。
 おやすみのキスは、日に日に長くなっていた。
















しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

【完結】婚約破棄したのに幼馴染の執着がちょっと尋常じゃなかった。

天城
BL
子供の頃、天使のように可愛かった第三王子のハロルド。しかし今は令嬢達に熱い視線を向けられる美青年に成長していた。 成績優秀、眉目秀麗、騎士団の演習では負けなしの完璧な王子の姿が今のハロルドの現実だった。 まだ少女のように可愛かったころに求婚され、婚約した幼馴染のギルバートに申し訳なくなったハロルドは、婚約破棄を決意する。 黒髪黒目の無口な幼馴染(攻め)×金髪青瞳美形第三王子(受け)。前後編の2話完結。番外編を不定期更新中。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

処理中です...