117 / 131
113
しおりを挟むウィンクラーの怪物を乗りこなすレヴィの姿に、民は度肝を抜かれていた。
かつて魔王討伐を成し遂げた際の凱旋パレードでは、部隊を率いたエミールがクローディアスの母馬に騎乗していたこともあり、今のレヴィの姿は、次代の英雄のように映っている。
しかし、国民の大歓声など聞こえていないレヴィは、死ぬ気で手綱を握っていた――。
『僕に意地悪したベアテルなんか、置いていくもんね~!!』
(っ、ひいいぃぃぃぃーーーーッ!!!! 助けてっ、ベアテル様……っ)
飛ぶように景色が変わり、クローディアスに跨るレヴィの足は、恐怖からガクガクと震え続ける。
スピードが速すぎて、目も口も開けることすらできない。
クローディアスは大興奮だが、初めて馬に乗ったレヴィにとっては、酷な仕打ちであった――。
しかし、ベアテルが追いかけてきてくれており、なんとか合流することに成功していた。
ベアテルに背後から抱きしめられる体勢で相乗りし、今度は景色を見る余裕もある。
気温は低いものの、ベアテルと密着していることで、とても暖かい。
「怖い思いをさせたな、もう安心していい」
「はいっ」
ドキドキしたまま乗馬を楽しむことになったレヴィは、くたりとベアテルによりかかる。
本当に心配してくれていたようで、背に感じるベアテルの鼓動は、とても速かった。
レヴィが背後を振り返れば、瞬く間にベアテルの目尻が垂れ下がる。
互いに引き寄せられるように唇を重ねた、が。
『おっそろしい顔して追いかけてきた、お前が言うかあ? 魔王よりやべぇ顔してたから』
わざとらしく震えたロッティがぼやく。
人間が全力疾走する馬に追いつけるはずはないのだが、レヴィにとってのベアテルは、勇敢な王子様でしかないのだ――。
愛おしいとばかりに、ベアテルがレヴィの頬にキスの雨を降らせる。
まるでロッティのように高速な口付けで、レヴィはくすぐったくて笑っていた。
その後、ベアテルとロッティにコッテリとしぼられたクローディアスがゆっくりと歩き、夜は近くの宿に泊まる。
レヴィの噂は国中に広まっており、どこへ行っても大歓迎だった。
レヴィの姿を一目見ようと、多くの人が集まり、街は夜もお祭り騒ぎである。
『ふんっ。ようやくご主人様を敬う気になったか。遅いんだよ』
宿屋の窓から人々を見下ろすロッティが、「まあ、悪い気はしねぇな」と鼻を鳴らす。
大きく手を振る民に、レヴィが手を振り返せば、大歓声が上がった。
「アカリ様がいなくなったけど、みんなが笑顔でよかった……。でも、近所迷惑じゃないかな?」
『っ、気にするところは、そこかぁ~!?』
呆れた口調のロッティに、頬を突かれる。
だが、ロッティが誇らしげな顔をしているように見えたのは、レヴィの気のせいではないだろう。
レヴィがロッティにお返しのキスをすれば、全身を纏う炎がごうっと燃え盛る。
『っ……不意打ちはやめろッ!!』
急に怒鳴ったロッティが、我先にと毛布に潜り込み、レヴィはベアテルと顔を見合わせた。
(……もしかして、照れてるのかな?)
ベアテルが照れた時は、頭に耳が飛び出る。
そしてロッティの場合は、炎が燃え上がる。
なんと分かりやすく、可愛らしいのだと、レヴィはひとり悶えていた――。
そうしてレヴィは、突然のことにも対応してくれた宿だけでなく、近隣の家をまわり、動物の治癒を施す。
レヴィはお騒がせしたお礼に治癒をしただけだったが、レヴィの評判はうなぎのぼりだった。
◇◆◇
早朝、レヴィが宿屋を出立する際には、多くの民が集まっていた。
レヴィの人気はとどまるところを知らず、ベアテルも誇らしく思う。
そして代表として、世話になった宿屋の店主が、深々と頭を下げる。
「お代はいただけません。レヴィ様にお目にかかれただけでも光栄だというのに、病を患う家畜の治癒までしていただいて……。なんとお礼を言ったらいいのかっ」
「そんな、気にしないでください。僕はただ、快適に過ごせたお礼をしただけですので……」
感動に涙する店主が、「天使だ……っ」と呟く。
自慢の伴侶の肩を抱くベアテルは、多くの民に見送られ、颯爽と宿屋を後にしていた――。
「レヴィとロッティが宿泊したとなれば、今後は予約が殺到するだろうな?」
「僕……? うーん、僕より、不死鳥効果はありそうですよね?」
謙遜するレヴィだったが、人気店になれば嬉しいと、ベアテルに同意する。
安宿ばかりだったというのに、レヴィは文句ひとつ言わず、素朴な家庭料理がおいしかったと、よいところばかりを挙げている。
人は短所や欠点に目が行きがちだが、レヴィのそういった内面が、ベアテルは好きだった。
(俺の醜い耳も、レヴィにとっては可愛い耳になるのだから……)
レヴィを大切に抱き上げたベアテルは、クローディアスに乗る。
普段から暴走気味の巨大馬だが、今は随分と大人しい。
なにせ、今までのベアテルは、クローディアスには優しく接してきたのだが、レヴィを連れ去った時には「レヴィに擦り傷のひとつでもつけようものなら、あの世に送ってやる」と、脅してやったのだ。
ベアテルの本気度が伝わったのか、今ではレヴィの言う通りの、素直で可愛い馬と化していた――。
ふと視線を感じ、路地裏に顔を向ける。
多くの人に紛れ、ベアテルに対して深々と頭を下げている者たちがいた。
(レヴィのおかげで、民の笑顔が戻ったな……)
再会する日も近いだろうと、彼らに片手を上げたベアテルは、笑みをこぼした。
「……ベアテル様。浮気ですか?」
「っ、は?」
すうっと目を細めるレヴィに、ベアテルは素っ頓狂な声を上げていた。
「彼らは、花街の方ですよね?」
「っ……」
ベアテルが言葉に詰まり、レヴィはむうっと頬を膨らます。
男娼のことを知らないはずのレヴィに追求され、ベアテルは驚いただけなのだが。
そっぽを向いたレヴィは、どうやら勘違いをしているらしい。
(……ロッティと、クローディアスの仕業か)
溜息を飲み込むベアテルは、必死に否定する。
ウィンクラー辺境伯領に向かう途中、ベアテルたちが立ち寄った宿は、全てテレンスが利用した宿だった。
後日、スザンナが治癒に訪れる予定だが、テレンスの被害者の現状を把握するためである。
端金で病をうつされ、職を失った娼夫は、心も体も傷付いている。
治癒の後は、ウィンクラー辺境伯領で療養しないかと、声をかけていた――。
「レヴィ、誤解だ」
「…………」
「っ、俺は、よそ見などしたことがない。好きになった相手も、深い関係になりたいと願った相手も、レヴィだけだっ。信じてくれ……」
無言のレヴィに、ベアテルが縋り付く。
それでもレヴィが振り返ることはなく、捨てられてしまうのかと、ベアテルは全身から血の気が引くのを感じていた。
「「「おかえりなさいませっ!!」」」
まっすぐに前を向くレヴィが、単純に照れているだけだと気付かぬまま、ウィンクラー辺境伯領に帰還すれば、ここでも多くの民に出迎えられる。
ドラゴンが姿を見せることはなかったが、レヴィがいれば、会えるかもしれない。
期待に胸を躍らせる人々の囲まれるレヴィを、ベアテルがガッチリと掴んで離さない。
片時も離れないふたりは、国一番のおしどり夫夫だと噂が流れることとなっていた。
132
お気に入りに追加
2,078
あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います
緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。
知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。
花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。
十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。
寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。
見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。
宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。
やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。
次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。
アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。
ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。


劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。
まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。
転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。
ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。
「本当に可愛い。」
「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」
かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。
「お願いだから、僕にもう近づかないで」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる