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しおりを挟むベアテルを見れば眉間に皺を寄せており、ジークフリートは無表情を貫いている。
だが、呆然とするレヴィと目が合った瞬間、ジークフリートから視線を逸らされた。
(っ……テルくんって、もしかして……ベアテル様のこと!? ベアテル様の、愛称……?)
ジークフリートの態度からピンときたレヴィは、テレンスの話が真実である可能性を察していた。
あれだけ嘘ばかり話していたテレンスが、こんな時に真実を話すだなんて――。
ベアテルに支えられていなければ、今頃レヴィは膝から崩れ落ちていただろう。
(アカリ様からだと預かった手紙は、偽りのものだと思い込んでいたけど……。そうじゃなかったのかもしれないっ)
それでもアカリが、レヴィとベアテルに離縁を迫るようなことを言うはずがない。
そうレヴィは信じたかったが、皆の視線はベアテルとアカリに向けられていた。
「ちょっと待って。なにか勘違いしてない……? 確かに私は、毎日のようにテルくんに会いたいって願っていたけど――」
「ほら!! 認めたぞ!! はははははっ!!」
アカリの言葉を遮るテレンスが、大笑いする。
伴侶であるアカリが、密かに他の者を想っていたかもしれないというのに、テレンスは狂ったように笑っていた。
(っ、こ、怖い……。怖すぎるっ)
腹を抱えて笑うテレンスの狂気に、周りで見ていた者たちが後退る。
「勇者様は、私の側近にご執心だったのだっ! 私は、国のため、勇者様のためを思って婚姻したというのにっ。このザマだっ!」
「……は!? 側近?」
「私は、長年、想いを通わせていた人も失ったというのに……っ。そんな私をひとり残して、異世界に帰る決断をするだなんて……っ。本当に酷いことをするっ」
テレンスが声を張り上げ、涙を流し始めた。
ぎょっとするアカリは、目を白黒とさせている。
なにせ、先程まではテレンスが狂ったと思っていた者たちが、どこか気の毒そうにテレンスを見ているのだ――。
「っ、魔王討伐の裏では、そんなことがあったのか……」
「死と隣り合わせの日々の中で、信頼する者にまで裏切られては、心を病んでしまってもおかしくはないな」
「……お可哀想に」
普段は取り乱すことのないテレンスが、悲痛な叫びを上げたのだ。
テレンスの頬が腫れ上がっていることもあり、痛ましい目が集まっていた。
「レヴィ、あの男の戯言に耳を貸すな」
ベアテルに耳を塞がれ、レヴィはなんとも言えない気持ちで頷く。
いつのまにか俯いていたようで、顔を上げるように促されたレヴィは、今にも泣きそうな顔でベアテルを見上げていた。
「っ……レヴィ。俺が、今も昔も愛しているのは、レヴィだけだ」
「――……ッ!」
人前にもかかわらず、ベアテルがレヴィの額に口付けを落とした。
ふたりきりの時のような甘い雰囲気に包まれる。
レヴィが頬を染めれば、きつく抱きしめられていた。
「っ、今は愛らしい顔をしないでくれ……。他の奴に見られたくない」
ベアテルの可愛いお願いに、レヴィは余計に顔が火照ってしまう。
(ううっ、人前で恥ずかしいけど……すごく、嬉しい……っ)
愛を確かめ合う。
レヴィが幾分か落ち着いた頃に、アカリが声を上げた――。
「レヴィくん、聞いて!! テルくんは、異世界にいる私の息子――輝明のことよっ!? 誤解しないでっ!!」
(……っ、む、息子!? えええっ? どういうこと? アカリ様は、既婚者だったの!?)
レヴィはびっくり仰天していたのだが、他の者たちは違った。
「っ……これだけテレンス殿下を傷付けておきながら、息子だと……?」
「この状況で、よくもそんな見え見えの嘘がつけたものだっ!!」
貴族たちに非難され、狼狽えるアカリだが、「嘘じゃないっ!」と言い返す。
しかし、彼らの勢いは止まらなかった。
「それなら、どうしてテレンス殿下と婚姻したのだっ! 異世界に伴侶がいるというのに、おかしいだろうっ!」
「っ、それは……」
「――……もうやめてくださいっ!!」
アカリがベアテルを想っていたとしても、大勢から責められているアカリを見ていられない。
レヴィはたまらず叫んでいた――。
しかし、部外者は引っ込んでいろとばかりに睨まれる。
ベアテルが庇ってくれたのだが、レヴィは内心恐怖に震え上がっていた。
『よう。俺様がいない間に、随分と面白いことをしてるじゃねぇか』
会場に、どよめきが起こる。
全身に炎を纏った不死鳥が現れたのだ。
「あっ、あれはっ、バルドヴィーノ様ッ!!!!」
初めて伝説の不死鳥の姿を目にした者たちが、歓喜に身を震わせる。
ゆったりと旋回するバルドヴィーノを見上げる人々は、その神々しさに、誰ひとりとして目を逸らすことができなかった。
『会いたかったぜ、ご主人様』
ハスキーな声が、レヴィの耳に届く。
間違いなく、ロッティの声だ。
しかし、レヴィもまた周りの者たちと同じように、目をかっぴらいていた。
(……本当に、ロッティさんなの……?)
信じられない思いで不死鳥を見上げるレヴィは、ロッティの成長した姿に度肝を抜かれていた。
なにせ、手のひらサイズだったロッティが、幼児ほどの体長に、急激に成長していたのだ。
金色に光る長い尻尾も含めれば、おそらくレヴィの背丈を越えているだろう。
「「「――……ッ!!」」」
ふうっと、不死鳥が優しく息を吐けば、金色の嘴からは巨大な炎が吐き出される。
会場が熱気に包まれ、興奮冷めやらぬ人々が、手を叩いて喜び始めた。
過去には、マッチをつけた時のような小さな火を噴いたことはあったが、今は広い会場の隅から隅までを、焼き尽くせそうなほどの炎を噴いたのだ。
レヴィが驚くのも無理はなかった。
しかし、不死鳥が炎を噴いた瞬間に、貴族たちがざわめき始める。
「っ、そうか。勇者様の危機に現れたのだっ!」
「バルドヴィーノ様がお怒りだっ!!!!」
先程まではアカリを詰っていた者たちが、急に態度を一変させる。
皆一斉に膝をつき、許しを乞う。
「ゆ、勇者様、お許しくださいっ!!」
「我々が愚かでしたっ。国を滅ばすようなことだけはっ!!」
「どうか、お助けをっ!!」
特大の炎を噴いた不死鳥は、大好きなご主人様との再会を喜んでいただけなのだが、不死鳥を怒らせたと勘違いする人々が、アカリの前で涙ながらに謝罪していた――。
「「「――――…………ッ!!!!」」」
『コイツら、なにやってんだ?』
呑気に告げたロッティが、勇者アカリではなく、レヴィの肩に止まる。
あんぐりと口を開ける貴族たちの視線が、レヴィに集中したことは言うまでもない。
「――……とりあえず、みんながアカリ様に謝罪してくれてよかった」
『……相変わらず、おっとりしてるな?』
そう言ったロッティが、レヴィに頬擦りをする。
呆れたような口調ではなく、懐かしいといった響きだった。
しかし、皆は「ヒィッ!?」と悲鳴を上げる。
なにせ、真っ赤な炎に包まれた不死鳥の全身は、今もなおメラメラと燃え上がっているのだ。
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