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「ふたりは、なんで指輪をつけていないの……?」

 アカリの素朴な疑問に、レヴィはハッとする。
 皆の視線は、グラスを手にするレヴィとベアテルの左手に注がれていたのだ。

「他の人たちに誤解されないためにも、ふたりの仲をきちんと示せるものを身につけておいた方がいいよ。ふたりが相思相愛なら、余計にっ!」

「っ、」

 レヴィのためを思ってのアカリの言葉が、遠くに聞こえる。
 剣を握る時に邪魔になる為、騎士であるベアテルが、婚姻指輪を身につけていないことは不自然ではない。
 だが、レヴィが身につけていなければ、不仲だと誤解されてもおかしくはなかった。
 それに加えて、ふたりは視線を合わせることもなく、ベアテルはレヴィを守る騎士のような態度。

 よって、ベアテルに群がる人々は、レヴィとは王命で婚姻したまでで、愛のない結婚だと勘違いしていたのだ――。

 そして、ウィンクラー辺境伯領でドラゴンの鱗が発見された今。
 ふたりが愛し合っていたとしても、ベアテルの伴侶の座を望む者は、ごまんといたのだ。

(っ……ベアテル様が、僕以外の人に興味を持ったら、どうしよう……っ)

 いくら無口でも、ひとたびベアテルに微笑みかけられれば、たちまち虜になってしまう。
 ベアテルの笑顔に心を鷲掴みにされた経験があったレヴィは、不安に押し潰されそうになっていた。

「ウィンクラー辺境伯領では、様々な動物が住んでいると伺いましたっ」

「王都では動物と触れ合う機会もありませんし、是非ともお話を聞きたいですわ」

 レヴィの真似をしているのか、動物に興味があると話している者ばかりだ。

「実は私も、鳥を三羽も飼っておりますの。王都ではなく、広々とした場所で羽ばたかせたいと、常々思っておりました」

 ベアテルにアプローチする若い令嬢が、きらきらと瞳を輝かせて返事を待っている。
 ウィンクラー辺境伯領に招待してほしいと、言外に告げているわけだが、ベアテルがなんと答えたのかは、レヴィがいる位置からは聞き取れなかった。

(っ、今すぐに、ドラゴンの鱗で指輪を作ると、陛下に報告したい……。でも、そうしたら、パーティーの主役が僕たちになってしまう……)

 本来であれば、すぐに報告すべき事案だが、本日は魔王討伐部隊が主役である。
 よってパーティー終了後に、国王陛下にドラゴンの鱗を献上する予定だった。

 今この場でレヴィが声を上げれば、誤解は解けるだろう。
 だが、レヴィは予定を変更するつもりはない。
 ドラッヘ王国の為に貢献してくれたアカリのことを、皆には最後まで英雄として尊重してほしいと、レヴィは思っていた。


 自身の容姿に自信のある若者たちから、誘惑されているベアテルを見ているだけで、不安でたまらないのだが、レヴィはアカリの為に沈黙を貫くことに決めていた――。


「ちょっと待ってて! 私がベアテルくんを呼んでくるから!」

 見て見ぬふりなどできないと、肩を怒らせるアカリを、レヴィは慌てて引き止める。

「っ、アカリ様っ! 僕は大丈夫ですっ。滅多に会う機会がないので、みなさんベアテル様とお話ししたいのでしょう」

「っ……でも、あれはどう見ても、ベアテルくんにアプローチしてるよ!? 親も止めないだなんて、おかしいよっ」

 正論を述べたアカリが、憤慨している。
 アカリの気持ちが嬉しいと思うのに、レヴィの笑顔は引き攣っていた。
 ベアテルのことになると、レヴィは冷静でいられなくなってしまう。
 
 結局、ひ弱なレヴィが勇者を止めることなどできず、アカリが令息令嬢に囲まれるベアテルのもとへ向かった。

(っ、ああ、どうしようっ! 喧嘩したりしないよね……?)

 レヴィがそわそわしている間に、集まっていた若者たちが、渋々その場を離れる。
 アカリに何か言われたのか、不機嫌そうな顔を隠そうともしていなかった。

(あれだけアカリ様に頼っておきながら、異世界に帰るからと、コロッと態度を変えるだなんて……。アカリ様に失礼だっ)

 アカリが嫌な思いをしていないかと、気が気ではなかったレヴィは、急ぎアカリのもとへ向かおうとしたのだが――。

「バケモノ同士、やはりあのふたりはお似合いだ。レヴィもそう思うだろう?」

「っ、」

 背後から聞こえた声に、息を呑む。
 レヴィが恐る恐る振り返れば、テレンスが機嫌よさそうに微笑んでいた。
 それも、普通に話しかけてきたのだから、レヴィはテレンスの神経を疑った。

(……どうして笑っていられるの?)

 レヴィの大切なふたりを、テレンスはバケモノ、と呼んだのだ。 
 左頬が腫れており、痛々しいのだが、レヴィは同情できなかった。

 そもそも、第二王子であれば、聖女が優先して治癒を施してくれるはずだ。
 それなのに放置しているということは、わざと治癒をしていないのだろうかとも、疑ってしまう。
 レヴィは訝しげな目を向けていたが、テレンスは得意げに笑った。

「あの女は、レヴィの為に動いているように見せているけど、本心では違う。他の者たちと同じように、ベアテルの興味を引きたいだけだよ?」

「っ……そんなはずがありませんっ。アカリ様を悪く言うのはやめて――ッ」

 逞しい腕に引き寄せられ、レヴィは硬い胸板に顔を打ち付ける。
 相手が誰なのかは、顔を見なくてもわかった。
 ベアテルが助けに来てくれたのだ。

「レヴィ、大丈夫か?」

 優しく声をかけたベアテルが、レヴィの顔色を確認する。
 ベアテルが来てくれたことで安堵するレヴィは、こくこくと頷いたものの、顔中を撫で回されて、とにかく擽ったかった。

「取り乱してしまいましたが、もう大丈夫ですっ。ベアテル様が、来てくれたから……」

「っ、レヴィのそばを離れてすまなかった。俺の判断ミスだ……」

 力強く抱き寄せられ、こんな状況でもドキドキしてしまうレヴィは、ベアテルにしがみつく。

「――……俺のレヴィに何の用だ」

「「っ、」」

 レヴィが怖い思いをしたと勘違いしたのか、ベアテルが凄みのある声で告げる。
 恐ろしい剣幕のベアテルに、テレンスは頬を引き攣らせた。
 ベアテルが、テレンスを敬わない態度が気に食わないのか、小刻みに体を震わせている。
 だが実際には、ベアテルに威圧されて動けないだけかもしれない。

「っ……ウィンクラー辺境伯が、レヴィ様を溺愛しているとの噂は、やはり真実だったのか……」

 遠巻きに見ている者たちは、ベアテルの態度が急変したことに、目を見張っていた。
 気付いた時には、レヴィの周りを魔王討伐部隊の者たちが守るように囲んでおり、誰もレヴィには手を出せない状況だったのだ――。

「レヴィには近付くなと、警告したはずだが?」

 リュディガーが間に入り、テレンスは笑顔で両手を上げる。
 手を出す気はないと示しているが、チッ、と舌打ちをした音が聞こえた気がした。


「レヴィ。私の話が信じられないなら、アカリに直接聞いてみるといいよ? 毎晩のように話していたよ。……に会いたい、とね?」

「――……ッ!!」





















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