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しおりを挟む十日程馬車に揺られ、王宮に到着する。
日は暮れており、出席者は既に会場入りしていることだろう。
会場に近付くにつれ、以前は、壁の花になった苦い思い出が蘇る――。
その瞬間、とんとん、と、ベアテルの左腕に添えていたレヴィの手を、ベアテルが撫でる。
レヴィを寝かしつける時のような、優しい仕草だった。
(僕が不安に襲われていることに、いち早く気付いてくれて、大丈夫だって伝えてくれたんだ……)
真っ直ぐに前を向く、凛々しい横顔を見上げて、レヴィは落ち着きを取り戻す。
隣にベアテルがいてくれるだけで、不安な気持ちは吹き飛んでいた。
(とっても緊張するけど、僕はベアテル様の伴侶なんだっ。大好きなベアテル様に、恥をかかせるわけにはいかない。……胸を張れ! 僕っ!)
己を鼓舞するレヴィは、ベアテルにエスコートされ、パーティー会場に足を踏み入れていた――。
「「「――……ッ!!」」」
話に花を咲かせていた者たちの視線が、一斉に突き刺さる。
長らく社交界に顔を出していなかった為、驚いているのだろう。
(今の僕は聖女のローブ姿ではないし、衣装が珍しいからかな……?)
ウィンクラー辺境伯領に近い領主たちは、ベアテルに対し尊敬の念を抱いていることを、瞳や姿勢から感じ取れる。
しかし、関わりのない者たちの視線は、レヴィに集中していた。
「っ、なんとお美しいお方なんだ……」
レヴィより歳下であろう青年が、レヴィと目が合っただけで頬を染める。
その隣に立つ人物は、第一王子の派閥の者。
かつてレヴィを吊し上げたうちのひとりだった。
しかし、その過去を忘れているかのように、レヴィを見る目は違っていた。
「あのお方が、聖女レヴィ様だ。辺境伯領での活躍ぶりは、お前の耳にも届いているだろう」
「っ……あれほどまでに美しいお方が、なぜ辺鄙な田舎に? 辺境伯領には、聖女スザンナ様がいらっしゃるのだから、レヴィ様には我々の領地に来てほしかった……」
レヴィの容姿、もしくは能力に惹かれている者の熱い視線や話し声……。
普通の人なら喜ばしいことなのかもしれないが、レヴィは浮かれた気分になることはない。
持て囃された後、地の底に落とされる恐怖を知っているレヴィは、複雑な心境になっていた。
「テレンス殿下との婚約が白紙になった情報を、早くに掴めていたなら……」
既に婚姻しているというのに、レヴィを求める声が多いことに、内心驚く。
それも、伴侶であるベアテルの前でだ。
ベアテルは英雄の息子だが、この度の魔王討伐では早々に帰還している。
詳しい事情を知らぬ者たちは、若くして爵位を継承したベアテルを、認めていないのかもしれない。
(本当は、ベアテル様も英雄なんだぞっ! って教えてあげたい……っ)
敢えてベアテルにぎゅっと密着するレヴィは、お手本のような微笑みを浮かべていた――。
「静粛に」
その後すぐに、王族が壇上に姿を現し、ざわついていた場が静まり返る。
出席者の中には、未だレヴィたちに目が釘付けになっている者も見られたが、表彰式が始まった。
(っ、アカリ様だっ!)
以前と同様、騎士服を身に纏うアカリは、大勢の人の前でも堂々としていた。
ずっと気にかけていたアカリの、元気そうな姿を見ることとなったレヴィは、自然と笑みが浮かぶ。
「魔王を討伐した勇者殿には、褒美として願いを叶えることを約束している」
「ありがとうございます。私は、異世界に帰りたいと思っています」
「よかろう」
「「「っ……」」」
アカリの願いを叶えると、ヴィルヘルムが了承したことで、貴族たちがざわつき始めた。
アカリはテレンスと婚姻している為、ドラッヘ王国に残ると思い込んでいたのだろう。
久しぶりに見たザシャなど、細い目をこれでもかと見開いていた。
そして、部隊の者たちも表彰されたが、テレンスの顔を見て、皆が息を呑んだ。
「っ、酷いお顔……」
「一体、なにがあったというのだ?」
テレンスの左頬が腫れ上がっており、自慢の美貌が台無しになっていたのだ――。
「っ……まさか、勇者様を怒らせるようなことをしたのではないか?」
そんなことは絶対にあってはならないと、言外に告げたのは、銀髪の美丈夫。
先日、爵位を継承したシュナイダー公爵だ。
レヴィの兄――ユリアンの一言で、祝いの場は不穏な空気に包まれる。
騒ぎ始めた人々の視線が、互いに目も合わせないアカリとテレンスに集まっていた。
ヴィルヘルムとマティアスは、テレンスを溺愛している。
よって、テレンスに手を出せる人物は、ひとりしかいないのだ。
貴族たちは、伴侶であるアカリがテレンスに手を上げたのだと判断していた――。
「なるほど。それで勇者様は、異世界に帰りたいと願い出たのか……」
「なんということをっ! 勇者様の態度を見るに、相当お怒りなのだろう」
「テレンス殿下は、どうなさるおつもりなのだ? 単なる夫婦喧嘩では済まされないぞ」
普段であれば、皆に笑顔を振りまいているテレンスだが、貴族たちがコソコソと話していることに気付いたのか、なにもかもが気に入らないといった態度である。
祝いの場に相応しくないテレンスの態度に、レヴィはベアテルと顔を見合わせていた――。
平和が訪れたことに祝杯を上げたものの、不穏な空気のまま表彰式が終了する。
ベアテルと話す間もなく、レヴィは身構える。
貴族たちが、この度の主役であるアカリではなく、ベアテルとレヴィのもとへ集まり始めたのだ――。
勇者が異世界に帰ることが決定したことで、高位貴族たちは次代の有望な者として、レヴィに目をつけていた。
「ベアテルッ!」
そこへジークフリートの声が響いた。
第一声は、元気だったか、とベアテルの体調を気にかけていた。
この度、エミールの率いる特別部隊の副官に昇進したジークフリートは、ベアテルに会いたくとも、なかなか休暇を取ることができなかったそうだ。
先程までは笑みを浮かべていたジークフリートだが、どこか緊張した面持ちでレヴィに向き合った。
なにやら口をもごもごとさせている。
(……もしかして、ジークフリート様は、テレンスのことで、僕に引け目を感じているのかも)
テレンスがアカリの伴侶に名乗り出たところを、ベアテルが目撃しているということは、おそらくその場にはジークフリートもいたはずだ。
真面目なジークフリートであれば、暴走するテレンスを諭していた可能性もある。
その行動は、主人であるテレンスの為であって、レヴィを思ってのことではなかったかもしれないが……。
(それでもベアテル様の友人は、僕の大切な人でもあるんだっ)
ジークフリートが話しやすいよう、レヴィは柔らかく微笑んだ。
「またお会いすることができて嬉しいです、ジークフリート様。それから、おめでとうございます」
「っ、レヴィ様……」
「騎士の皆様の憧れである、エミール様の部隊の副官に就任なされたと伺いました。部隊の方々も、満場一致だったとも。僕もとても誇らしく思います。ジークフリート様の今後のご活躍を、心からお祈りいたします」
レヴィが笑顔を見せれば、揺れるエメラルドグリーンの瞳には、薄らと膜が張っていた。
(わわっ!)
レヴィの言葉で感極まったのか、ジークフリートに抱きしめられる。
再会の抱擁をした瞬間に、背筋がぞくりとするような殺気を感じ取った。
レヴィが恐る恐る辺りを見回せば、会場の隅にひとり佇むテレンスの姿があった。
(っ……すごく睨まれてるっ!)
前回会った時にレヴィが反抗したからか、テレンスは憤慨しているのだろう。
復讐でもする気なのかと聞きたくなる程の鋭い目付きだった。
「っ、ベアテル様っ。僕、消されちゃうかも……」
「「…………」」
レヴィは小声で訴えたが、ベアテル同様、ジークフリートまでもが目が点になっている。
異様な雰囲気を纏うテレンスに怯えるレヴィは、殺気を放った張本人にしがみついていた――。
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