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しおりを挟む翌朝、ウィンクラー辺境伯領では、ちらほらと雪が降り始めていた。
刺すような風も冷たく、吐く息も白い。
だが、レヴィは寒さなんてへっちゃらだった。
なにせ、日頃の感謝と、ベアテルと結ばれた祝いの品として、使用人たちから暖かなコートをプレゼントしてもらったのだ。
(すごく可愛いし、とってもあったかいっ……。僕の宝物だっ!)
ふわふわと軽い、ミルクティー色のコートは、使用人たちが意見を出し合いデザインした、特別なコートだ。
喜びが爆発しているレヴィは、意気揚々と馬車に乗り込んでいた。
「レヴィ様、またあとでっ!」
笑顔で手を振るマリアンナが、スザンナと共に後方の馬車に乗り込む。
ベアテルとレヴィを祝福してくれたマリアンナにも、良い縁があればと、共にパーティーに出席することにしたのだ。
そしてスザンナは、テレンスの被害者たちの治癒を希望しており、アニカの許可を得る為に、共に王都に向かう予定であった。
「少し寒いですね? みんな、大丈夫かな?」
窓の外を見れば、凛と背筋を正す使用人たちが、馬で並走している。
ドラゴンの鱗を運んでいる為、使用人三十名全員がついてきてくれているのだ。
レヴィは手を振ったものの、皆が視線を彷徨わせていた。
「…………僕、何かみんなの気に触ることをしちゃったのかな?」
「アイツらのことは気にしなくていい。レヴィに見惚れているだけだろう。……俺の色が、よく似合ってる」
さらりと告げたベアテルが、窓の外の景色を見ることもなく、レヴィだけを見つめている。
(っ……ベアテル様のことだ。きっとお世辞じゃないから、余計に恥ずかしいっ!)
ベアテルが、自身の瞳の色を連想させる、金糸の刺繍が美しい衣装を褒めてくれ、レヴィはたまらず両手で顔を隠していた。
本日、レヴィが着ている衣装は、以前、悪妻化していたレヴィが購入したものだ。
急なパーティーの時に必要になるだろう、と助言してくれていた商人たちに、レヴィは心から感謝していた。
一方のベアテルは、白を基調とした衣装だが、所々にレヴィの瞳と同じ、薄紫色のものを取り合わせている為、普段より柔らかな雰囲気にも見える。
だが、レヴィの瞳に映るベアテルは、大人の色気のある王子様でしかなかった。
「そういえば、勇者様からの手紙があったな」
すっかり忘れていたと、ベアテルから封筒を預かる。
ぱあっと笑みを浮かべたレヴィは封を切ったが、読み進めるにつれて、レヴィは胃がムカムカとし始めていた。
なにせ手紙には、テレンスとアカリが想い合っていないことや、アカリはベアテルを愛しているから離縁してほしいなどといった、世迷言が綴られていたのだ――。
そして、レヴィがなにより腹立たしかったのは、アカリの字ではなかったことだった。
字を書くことが苦手なアカリのために、テレンスが代筆したと書いてあるが、真っ赤な嘘だろう。
「こんなもので、僕を騙せるとでも思っていたのでしょうか……? 僕は、アカリ様と一緒に授業を受けていたんですよ?」
最初こそ、読み書きができないことに苦戦していたアカリだが、彼女は努力家なのだ。
あっという間に習得していた。
だが、アカリが寝る間も惜しんで、読み書きの練習をしていたであろうことを知っているレヴィは、偽りの文を寄越したテレンスに対する怒りで、手紙を思い切り丸めていた。
(馬車の中でも、ベアテル様と幸せな時間を過ごせると思っていたのに、最悪な気分……)
レヴィはむっとしていたが、レヴィの隣に座り、長い足を持て余しているベアテルは、ふっと笑みをこぼした。
「俺の予想通りだったか……。レヴィに渡すタイミングを間違えなくて、本当によかった……」
そうでなければ、むしゃくしゃとした気分のまま初夜を迎えていただろう。
そう言外から汲み取ったレヴィは、瞬く間にテレンスのことなど忘れてしまっていた。
「これは、何かあった時の為に取っておこう。だが、さすがに勇者様には見せられないな」
「……そうですね。我が国の恥を晒すことになりますし、なによりアカリ様の気分を害すると思います」
手紙を懐に仕舞い、苦笑いを浮かべるベアテルが、レヴィに同意する。
王都に到着する前から、重い気分にさせられてしまった。
会話がぷつりと途切れ、沈黙が流れる。
(っ、せっかくベアテル様と一緒にいられるのに、僕が暗い顔をしてちゃ、ダメだっ)
暗い空気を変えるべく、ミルクティー色のふわふわとしたフードを被ったレヴィは、ベアテルに耳打ちする。
「僕も、ベアテル様と同じ、熊さんになっちゃいましたっ! お揃いですね?」
フードについたふたつの耳に触れるレヴィが、にっこりと微笑めば、ベアテルは鋭い瞳を見開く。
羽織るだけでテディベアに変身できるコートは、小柄なレヴィによく似合っていた。
「――……クハッ」
「っ、ベアテル様!? 大丈夫ですか!?」
「…………心臓がいくつあっても足りない」
苦しそうに胸を押さえているものの、ベアテルの顔は真っ赤だ。
レヴィをじっくりと見ていたかと思えば、無言で頭を撫でられる。
だが、ベアテルの頭にも耳が飛び出していた。
「そういえば、婚姻前は、一度も耳が飛び出たことはありませんでしたよね? それなのに、今はどうして……」
「――……幼少期は、うまく制御できなかったが、成長するにつれて隠すことができるようになった。だが、愛する人の前では制御不能になる」
「っ、」
レヴィの前でだけだ、と。
ベアテルが、レヴィを特別に想っているからだと伝わったレヴィは、嬉しいやら恥ずかしいやらで、フードを深く被り、火照る顔を隠していた。
「ククッ。俺自身が、一番驚いているんだぞ? だから、パーティーでは愛らしい姿を見せないでほしい。俺もなるべく、レヴィを見ないように努力はするが……」
レヴィはベアテルの耳を可愛いと思うが、他の者たちはきっと驚くだろう。
(今まで耳を隠していたベアテル様は、自分の耳があまり好きじゃないのかもしれない。もしくは、他の人たちを怖がらせてしまうから、かも……)
優しいベアテルであれば、おそらく後者だろう、とレヴィは思った。
人喰い熊の異名もある為、仲睦まじくするのは、ふたりきりの時だけにしようと、約束した。
「やっぱり、本物には敵わないやっ!」
「――……誰の目から見ても、俺よりレヴィの方が似合っていると思うが……」
互いに耳を触り合い、大好きな人と戯れつくレヴィは、失念していた。
テレンスの人気が落ち着いた今。
有能な獣医として名を馳せるレヴィだけでなく、荒れた領地を蘇らせた領主として、ベアテルも高く評価されていることを――。
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