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94 テレンス

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 テレンスがこの世で最も価値のないと思う者は、平凡な者だ。
 よって、レヴィが有能な聖女に成長すれば、自慢の伴侶。
 万が一にも目立った能力がなく、落ちこぼれだったとしても、平凡でなければ構わなかった。
 周囲の者たちからは、テレンスは無能な伴侶を切り捨てることなく、優しく接する慈悲深い者、と判断されるのだから――。

 奥ゆかしいレヴィは、自身にテレンスの隣に並ぶ資格はないと、分を弁えていた。
 いくら努力をしても無駄だとわかっているのにもかかわらず、テレンスのために必死に足掻くレヴィが、たまらなく愛おしいのだ。
 身分の高さや容姿が美しいからと奢ることなく、テレンスを引き立たせることのできるレヴィこそ、完全無欠の己に相応しい。

 ずっとそう思っていた――。

 だが、本当にレヴィでいいのだろうか?
 己に最も相応しいのは、伝説の不死鳥が吐き出した炎を剣に纏わせ、魔物を貫いている歴代最強の勇者ではないだろうか。
 そう思った瞬間に、テレンスの心は動いていた。
 伝説の不死鳥を従えた初代国王アーデルヘルムの肖像画を、幼き頃から見てきたテレンスは、どんな手を使っても勇者を伴侶として迎えたい欲が出た。

 だが、その判断は間違っていたのだと、今なら理解できる。
 異世界に帰ってしまう者より、生涯ドラッヘ王国の為に尽力してくれる者を、重宝すべきだった。
 他の者たちとは違い、テレンスは一歩先の未来を見据えているつもりでいたが、実際には目先の利益しか見えていなかった――。

「っ、この私が、凡庸な人間だと……?」

 誰か嘘だと言ってくれ――。
 ヴィルヘルムとマティアスが、勇者アカリを連れて去っていく。
 アカリには、テレンスにとって不利益となることを話されては困る。
 すぐに追いかけなければならない。
 だが、現実を受け入れられないテレンスは、呆然と立ち尽くしていた――。



 どれくらい時間が経ったのだろうか。
 自室に戻る足取りは重い。
 リュディガーと出会さなかったことだけが、幸いだった。
 扉を閉めた瞬間に、テレンスは目につく物を投げつけ、椅子を蹴り飛ばす。

「――どうして、私とレヴィの立場が逆転しているんだっ!!」

 聖女として落ちこぼれだったレヴィは、皆に慕われるテレンスにとっては、最高級の飾りでしかなかったというのに――。
 今やドラッヘ王国の者たちにとって、魔王討伐部隊を率いたテレンスより、レヴィの方が価値のある者だと判断されている。
 レヴィが婚約者のままであったなら喜ばしいことだったが、そうではない。

 自ら至宝を手放したというのに、テレンスは身勝手な憤りを感じていた――。







 異世界に戻る前に、魔王を討伐したアカリの祝賀パーティーが開かれる予定だが、テレンスは王宮を抜け出していた。
 秘密裏に抜け出すことに成功したが、以前のテレンスだったならば、間違いなく引き止められていたはずだ。
 つまり、今のテレンスは誰の関心も得ていないということだ。

「クソがっ!!」

 ウィンクラー辺境伯領まで馬を走らせるテレンスは、暴言を吐く。
 だが、レヴィさえ手に入れれば、再度ヴィルヘルムの信頼を取り戻すことができるかもしれない。

(この私がユリアンと同格の公爵位だなんて、許せるはずがないっ!)

 歴代最強の勇者を伴侶に迎えたというのに、何の意味もなかった。

 苛立ちが収まらないテレンスは、宿に泊まる度に娼夫を呼びつけ、荒々しい行為を繰り返す。
 平民の中でも最下層に属する娼夫など、テレンスにとっては家畜同然だった。
 金だけをしっかりと受け取り、娼夫たちが逃げるように去っていく。


 娼夫もドラッヘ王国の民だ。
 民の人気だけは絶大だったというのに、娼夫をぞんざいに扱ったテレンスは、この時すでに、自ら破滅の道に向かっていることに、気付いていなかった――。





 ウィンクラー辺境伯邸に辿り着けば、何百名と人が集まっていた。
 テレンスを歓迎していない、不届者ばかりだったが、レヴィの人気はとどまるところを知らない。
 今はレヴィとは、無関係な人間だということも忘れ、テレンスは誇らしく思っていた。

「レヴィ! 会いたかった!」

 久方ぶりに見たレヴィは、以前よりも愛らしく、聖女のローブが誰よりも似合う、まごうことなき天使であった。

 だが、魅力的な紫水晶のような大きな瞳は、ベアテルばかりを見つめている。
 テレンスと再会したことで、伴侶であるベアテルを気にかけているのだろう。

(レヴィは、相変わらず優しい子だね……。でも、私を優先しないだなんて、あとでお仕置きしなければならない)

 リュディガーが立太子することや、ヴィルヘルムの期待を裏切ったこと。
 優しいマティアスに怒鳴られたことなど、テレンスのプライドが傷つけられるような様々な出来事が起こった。
 そしてトドメに、レヴィがベアテルを優先したことにより、テレンスは冷静さを取り戻せないまま、レヴィの説得を始めていた――。


「ベアテル様は、テレンス殿下を悪く言ったことは一度もありませんっ!」


 怒りをあらわにするレヴィだが、今にも泣き出しそうになっている。
 とても魅力的な表情だが、テレンスは信じられない面持ちのまま、ベアテルを見ていた。

(っ……そんな馬鹿なっ!! 私に殺されかけたというのに、情に訴えてはいなかったのか!?)

 テレンスがベアテルの立場ならば、あることないことをレヴィに吹き込んでいただろう。
 己の考えが正しいと決めつけて話を進めていたテレンスは、パニックに陥る。
 自ら、己がベアテルを殺害しようとしたことを暴露してしまったのだ。

「レヴィは、私を裏切っていたの?」

 完全に冷静さを失ったテレンスは、レヴィを責めていた。
 間違った判断だと思うのに、止められない。
 テレンスの思いのままに操ることができたレヴィに対し、情に訴えかける。

 しかし、レヴィには幻滅されるばかり。
 アカリと婚姻したことを怒っていたとしても、レヴィならば理解してくれるはず。
 その上で、生涯テレンスだけを愛し続けてくれるだろうと、高をくくっていたのだ。



 最終的に、テレンスは人前で股間を光らせ、性病男というレッテルを貼られていた。

(こ、この私にこんなことをして、ただで済むと思うなよ……っ!!)


 憎きベアテルに地獄を見せるどころか、テレンスは赤っ恥をかかされ、人生最大の屈辱を味わっていた――。



















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