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 レヴィの手のひらより、少し大きな鱗だ。
 ドラゴンは、どれほど大きな体なのだろうか。
 想像しただけでわくわくするレヴィは、ぱあっと笑みを浮かべていた。

『キモチイイー!!』

 そこへ、番犬たちが一斉に湖に飛び込む。
 ベアテルが水遊びをしたと思ったのか、真似をしているらしい。
 犬が器用に泳ぎ始めたことに感心するレヴィだったが、内心ドキドキが止まらなかった。
 ぽっと頬を染めるレヴィは、咄嗟に守ってくれたベアテルをちらりと見上げる。

「「…………」」
 
 ベアテルに抱き寄せられて、全身が熱くなってしまうのだが、レヴィの顔はひんやりと濡れていた。
 上着を羽織らせてもらっていたため、服は濡れていないのだが、今し方泳いだベアテル自身がびしょ濡れだったのだ。
 項垂れるベアテルは、やらかした、と顔に書いてあった。

(少しくらい顔が濡れても、拭けばいいだけだ。それも、後ででいい……)

 どんな時でも、ベアテルはレヴィを最優先で守ってくれる。
 長らくテレンスを守っていたのだから、ベアテルにとっては、単に仕事の癖なのかもしれない。
 それでも今は、このまま過ごしたい――。
 ベアテルの濡れた白いシャツを、レヴィは控えめに握りしめた。

「あの子たち、すごく気持ちよさそうですね……」

「っ、ああ……」

 ぐっと、ベアテルの腕にも力が入る。
 なんとか平常心を保とうとするレヴィだったが、心の中では「ふぁっ!」と叫んでいた。
 普段は滅多にレヴィに触れて来ないベアテルが、今は強く抱きしめてくれているのだ。
 少しのふれあいで、レヴィは胸がときめく――。

『ベアテル! ハヤク、コイヨ!』

『シーーーーッ!!!!』

『ジャマ、ダメ!』

 暫く楽しそうに泳ぐ犬たちを眺めていたのだが、気遣いのできる犬たちは、そそくさとレヴィたちから離れていった――。

(~~っ、もう! なんであんなに賢いの!?)

 またしても犬に気を遣われていることに気付いてしまったレヴィは、急ぎベアテルから距離を取る。

 なんとも言えない空気が流れたのだが、ベアテルが徐に濡れたダークブラウンの髪を掻き上げる。
 とても自然な仕草だったが、ベアテルはエミールに似て色気があった。

「服は、濡れていないか?」

「っ、は、はい。ベアテル様が守ってくださったおかげで……。ありがとうございますっ」

 あっ、と思い出したように声を上げたレヴィは、ポケットに入れっぱなしだった小箱を取り出す。
 おそらく高価な指輪なため、錆びることはないだろう。
 だが、念のために確認しておくことにした。

「大丈夫そうですね」

「――……これは、俺が預かってもいいか?」

 おずおずと差し出された手に、レヴィは小さな箱を乗せていた。
 もし、逆の立場だったなら、いい気はしないと思ったからだ。

(ベアテル様が、元婚約者との指輪を大切に持っているところを想像しただけで、僕はもやもやするもん……)

 ベアテルにレヴィへの気持ちがなくとも、嫌な気分にさせてしまったかもしれない。
 そう考えただけで不安に襲われるレヴィは、ベアテルの顔色を窺っていた。

「処分する気はないから、安心してくれ。これは、マティアス妃に返したいと思う」

 ベアテルを疑っているわけではないというのに、なにやら誤解している様子のベアテルは、「後で確認してくれても構わない」と告げた。

(……どうしてテリーじゃなくて、マティアス様なんだろう?)

 疑問に思い、ベアテルに尋ねようとしたが、レヴィは勢いよく顔を背けていた。

「……ッ!」

 ベアテルのシャツが透けていたのだ。
 目のやり場に困るレヴィがおずおずと上着を差し出せば、ベアテルはすぐに察したのか、濡れた上着を羽織った。

(……ふ、腹筋が凄かった。同じ男性なのに、僕とは全然違うっ)

 見てはいけないものを見てしまった気分になっていたレヴィは、湖を眺めて心を落ち着かせる。

「……あなたも、湖に足を入れてみるか?」

 ベアテルの方を見られる状況ではないから、レヴィは湖を見ていただけなのだが……。
 ベアテルは、レヴィが犬たちと水遊びをしたがっていると勘違いしていた。

「っ……それはダメッ」

 魅力的な提案だったが、レヴィはまだ膨らみのない腹を守るように触れる。
 もし子を身篭っていたなら、体を冷やすことはよくない。
 そう思って拒否したのだが、ベアテルはレヴィの前で片膝をついた。

「体調が悪いのなら、邸に戻ろう」

 自身がびしょ濡れで、風邪を引くかもしれないというのに、レヴィを心配してくれている。
 ベアテルの優しさに、レヴィは胸を打たれた。

「また明日来たらいい。今日はもう帰ろう」

 レヴィに手を差し出すベアテルは、当たり前のように手を繋ごうとしてくれている。
 ドキドキと高鳴る胸を押さえ、レヴィがベアテルの手を取れば、そっと抱き上げられていた。

「ぁっ!」

 過去に抱き上げられたことはあったものの、何度されても慣れない。
 ドキドキさせられっぱなしのレヴィは、頭がどうにかなりそうだった――。
 




 それから邸に戻れば、大騒ぎになっていた。
 ぐったりとするレヴィを抱えるベアテルが、びしょ濡れで帰ってきたのだ。

「レヴィが湖に落ちたのか!?」

「ベアテル! お前は何をやっていたんだ!」

 マクシムとエミールは、ドラゴンの鱗が発見されたことより大事件だと、騒ぎ立てる。
 ここには、レヴィを心配してくれる人が大勢いる――。
 胸がほっこりとするレヴィは、満面の笑みを浮かべていた。

「ふふふっ。湖で水遊びをしていたのは、ベアテル様と犬たちですよ? とても泳ぎが上手で、素敵でした」

「……なんだ、ベアテルか」

 我が子より、レヴィを心配するマクシムとエミールに、代わる代わる抱きしめられる。

「っ、いい加減にしてください」

 相変わらずベアテルが、レヴィに触れるなと怒っていたが、ふたりを止められる人は誰もいない。
 それにレヴィも、本当の両親のように心配してくれるふたりと、熱い抱擁を交わしていた。







 そして仕事を終え、夕飯後に、レヴィはエミールのもとへ向かう。
 ドラゴンの鱗は、エミールが保管しているのだ。
 もしアカリやロッティに会うことがあるのなら、伝言を頼みたい。
 そう思い、エミールの滞在する部屋に向かえば、何人かの話し声が聞こえて来る。
 誰が、ドラゴンの鱗を王都まで運ぶのかを決めているようだった。

(途中で盗まれたりでもしたら、大変なことになっちゃうもんね……。って、英雄から盗みを働こうとする命知らずなんて、この世にいないと思うけど)


「俺は、あのお方に、愛されたいなどと思っていない――」


 普段より低い声に、レヴィは息を呑んだ。
 決して聞き間違うことのない人の声だった――。




















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