召喚された最強勇者が、異世界に帰った後で

ぽんちゃん

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 ピリピリとした空気が漂っており、レヴィは声をかけることもできない。
 レヴィには優しい表情を見せていたエミールが、今はベアテルに鋭い視線を向けていたのだ。

「レヴィはこれまで、聖女として生きてきたのだから、普段の生活のことは、お前が導いてやらなくてどうする。お前がしっかりしていなければ、頼りない伴侶を持つことになったレヴィが恥をかくんだ」

「はい」

「わかっているのなら、なぜ衣装を用意しておかない。それから、コンラート。お前たちがついていながら、今まで一体なにをやっていたんだ」

 咎められるはずのレヴィ以外の人間を、エミールが叱り飛ばす。
 信じられない光景に、レヴィは息を呑んでいた。
 そして、すっと立ち上がったエミールが、厳しい表情のままベアテルの前に立つ。
 レヴィの目には、ふたりは親子ではなく、まるで上官と部下のように映っていた。

「ベアテル。お前、愛しの君を迎えられたことに、浮かれていたのか?」

「っ、」

(…………いとしのきみ? 誰のことを言っているんだろう?)

 説教をするエミールの鋭い声を聞きながら、レヴィは首を傾げた。
 無言のベアテルは、何を考えているのだろうか。
 母親に叱責される羽目になり、レヴィを恨んでいるのかもしれない。
 皆と共に叱られている気分になっていたレヴィは、いつのまにか姿勢を正していた。

「今のままでは、レヴィに離縁したいと言われてもおかしくない。そうなってもいいのか?」

「――いいえ。あのお方以外は考えられません」

 今まで黙って叱られていたベアテルが即答し、レヴィは驚愕する。
 まるで愛の告白のように聞こえたのは、レヴィの気のせいだ。
 レヴィに治癒能力がなければ、見向きもされないだろう。
 だが、どうしてかレヴィの胸は高鳴ってしまう。

(ううぅっ。静まって、僕の心臓ッ!!)

 顔が火照り出していたレヴィだったが、その後に聞こえてきた衝撃的な発言に、レヴィの顔色は真っ青に変わっていた。

「だよな? だが、もしその時が来たら……俺がお前たちを八つ裂きにしてやるからな。覚えておけ」

「「「はっ!!」」」

(ひぃっ!? ぼぼぼ、僕が離縁したいって言ったら、みんなが八つ裂きにされちゃうの!? ど、どうしよう……っ?!)


 離縁を目標とするレヴィの悪妻への道は、前途多難なスタートを切ることになってしまった――。







 そして一週間後――。

 ベアテルと離縁はしたい。
 だが、レヴィから離縁を申し出れば、おそらく使用人たちの命はない。
 そして、マクシムとエミールを失望させることなどできないレヴィは、強力な助っ人を呼び出すことに成功していた。

(マリアンナ様なら、きっといいアドバイスをしてくれるはずっ!)

 談話室でベアテルに見張られている中、レヴィは今か今かとその時を待つ。
 そして、マリアンナが通される。
 久方ぶりの再会を喜んだのも束の間、マリアンナのやつれきった姿に、レヴィは悲鳴を上げていた。

「マリアンナ様ッ!!」

「っ、レヴィ様ッ!! お会いしたかったッ。ずっと心配していたのですよ!? 何度お手紙を出しても返事は来ないしっ。私、レヴィ様に見捨てられたとばかり……」

 幼子のように涙するマリアンナに、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
 とんでもなく心配をかけてしまったことに、胸が痛くなるレヴィも目頭が熱くなっていた。

「っ、ごめんなさい。色々と事情があって……」

「ちょっと。わたくしを差し置いて、ハグをするだなんて。あなた、いい度胸ね」

 第三者の声に驚いて顔を上げれば、不機嫌そうにそっぽを向くスザンナの姿があった。

「っ、スザンナ様も来てくださったのですねっ。嬉しいっ」

「~~ッ。あ、当たり前ですわ!? 辺境伯夫人に招待されたのだから、辺境伯領の聖女のわたくしが訪問するのは当然のこと。それなのに、なにをそんなに喜ぶ必要があるのですッ!?」

 どうしてかベアテルに向かって喋っているスザンナは、真っ赤な顔で怒っていた。

(……僕の手紙は、最初の一通しか届いていなかったみたいだし、スザンナ様が怒るのも当然だ)

 相変わらずのスザンナだが、トレードマークの水色のリボンをつけていない。
 長かった髪は、レヴィと同じくらいの長さに短く切られていた。

「短い髪も、とても素敵です。……やっぱり凄いな、スザンナ様は」

「~~ッ。褒められるようなことなんて、していないわ。わたくしは、与えられた役目を全うしているだけっ!!」

 レヴィは本心を語ったのだが、お世辞だと思われたのかもしれない。
 レヴィが少しでも話すと、スザンナのボルテージがどんどん上がってしまう。
 死の森にまで届きそうな大声である。
 
 落ち着くために、ふたりにはソファーに座ってもらい、レヴィは紅茶を用意する。
 まずは、ふたりの近況を聞く。
 そしてレヴィのことを知りたそうにしているふたりを前にし、レヴィは本題に入った。

「実は、僕、当分、動物たちの治癒をお休みしたいと思っているのです」

「「っ……」」

 役目を放棄する、と宣言したレヴィに、ふたりは度肝を抜かれる。
 教会で過ごしていた頃、誰よりも熱心に学んでいたレヴィは、治癒をする機会が訪れることを待ち望んでいた。
 そんなレヴィが、休みを欲したのだ。
 ふたりが驚愕するのも無理はなかった。

 ただ、レヴィは仕事を休むつもりはない。
 動物たちと相談した結果、代理の者を用意することにしたのだ。
 そうすれば、治癒の力を欲しているベアテルは、スザンナかマリアンナを伴侶に望むだろう。
 だが、もしエミールの話す通り、レヴィの持つ治癒の力を利用するつもりがないのであれば、レヴィとは離縁しない道を選ぶはず――。

「僕の代わりに、動物の治癒をお願いできないかと……」

「ええ、もちろんですわ!」

 後で事情を説明するつもりだが、今は何も知らないスザンナが、すぐに了承した。
 レヴィが目を見張れば、さっと顔を逸らしたスザンナが咳払いをする。

「聖女の仕事を放棄するだなんて、アニカ様に知られたら大変なことになりますもの。話を聞いてしまった以上、やるしかないわね」

 渋々といった感じに話したスザンナだが、レヴィの目にはきらきらと輝いて見えている。

「わ、私も……。自信はありませんが、レヴィ様のためなら、なんだってできますッ!!」

「ふたりとも、ありがとうございます。このご恩は、一生忘れません」

 マリアンナにも笑顔を向けたレヴィだが、スザンナに期待していた。
 スザンナの治癒能力が高いからではない。
 琥珀色の髪の根元から十センチほどが、アニカと同じ、金色の髪に変わっているのだから――。

















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