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しおりを挟む悪妻としての第一歩を踏み出し、浪費することに成功したレヴィは、ベアテルと共に先代辺境伯夫夫のもとへ向かっていた。
「なんと絵になるおふたりなのでしょう!!」
「「…………」」
使用人たちに勧められるがまま、レヴィはベアテルが用意していた衣装を着ていた。
(……どうしてこんなことになったのだろう?)
困惑するレヴィをエスコートするのは、これまた着飾っているベアテルである。
左利きのベアテルが剣を使いやすいよう、右肩にのみマントをかけた姿は、ミステリアスな風貌の王子様でしかない。
レヴィとは違い、長身のベアテルは、なにを着ても似合うのではないだろうか。
「…………ふぁッ!!」
(っ、そ、そんなに僕の機嫌を取りたいの?!)
着飾ったベアテルに、うっかりと見惚れてしまうレヴィは、慌てて視線を逸らしていた。
くしゃりとダークブラウンの髪を掻き上げ、レヴィに魅惑的な流し目を送るベアテルは、己の美貌を武器にしてきたとしか思えない。
そして、その策にまんまとハマってしまうレヴィは、自分が情けなくて仕方がなかった。
「――耳までつけなくてもいいのにっ」
不貞腐れるレヴィは、可愛い耳まで装備したベアテルを、真っ赤な顔で睨みつけていた。
しかし、レヴィに睨まれたところで、痛くも痒くもないのだろう。
ベアテルは涼しい顔をしている。
(本物そっくりだけど、偽物の耳だもの。しゅん、って、ちょっとだけ耳が垂れていたように見えたのは、僕の気のせいだよね……?)
レヴィの治癒の力が目当てのベアテルとは、良き夫夫にはなれないだろう。
だから、離縁した方がいいに決まっている。
それがお互いのためだ。
(でも……僕は、ベアテル様を傷付けたいわけじゃない――)
わざわざ伴侶にならずとも、ウィンクラー辺境伯領のためなら、レヴィはベアテルに協力するつもりだった。
出来ることなら、円満に離縁したいと願うレヴィは、もう一度ベアテルと話し合いたいと思っていた――。
晩餐会が開かれる部屋の前に立ち、レヴィは気を引き締める。
これからレヴィは、先代辺境伯夫夫に叱られることになるだろう。
マクシムとは良好な関係だとは思うが、英雄とまで呼ばれ、責任感の強い人だ。
加えて夫人のエミールは、魔王討伐部隊を率いた経験もあり、マクシムの上官でもある。
(責任感の強いおふたりなら、きっと仕事を放棄する人間を嫌うはず……。覚悟はしているけど、やっぱり怖いっ)
過去に、貴族たちから吊し上げられた苦い経験を思い出すレヴィは、自然と体が震えていた。
「体調が悪いなら、後日でもいい。両親には俺から話しておくから、部屋に戻るか?」
ベアテルが、レヴィの異変にいち早く気付く。
(……こんな時に、優しくしないでほしいっ)
縋りつきたくなる気持ちを堪えていると、勢いよく扉が開く。
驚くレヴィの前に、マクシムが現れたのだ。
「レヴィッ!! 会いたかったぞ!!」
「……父上、気安く触れないでください」
満面の笑みを浮かべるマクシムは、レヴィに抱擁しようとするが、ベアテルに制される。
前回会った時と同じような会話をするふたりの背後から、長身の男性が顔を出した。
「おいおい。俺の嫁は、こんなに可愛い子に成長していたのか?」
彫りの深い顔立ちの男性――エミールが、切れ長の目を丸くする。
肩に触れる長さの黒みを帯びた茶色の髪は、指通りが良さそうだ。
獅子のような金茶色の瞳に、全身をじっくりと眺められるレヴィは、急ぎ頭を下げていた。
「ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありませんっ」
「いや。俺たちのために、わざわざおめかししてくれたんだろう? すごく似合ってる」
「っ……ぇ?!」
「本来なら、レヴィの衣装は、ベアテルが用意すべきだったというのに。気が利かない息子で悪いな」
咎められるどころか、エミールに謝罪されてしまい、レヴィは混乱していた。
他を圧倒するようなオーラを放つ三人に囲まれるレヴィは、場違いのような気がしてならない。
だが、その後はレヴィの想像より、遥かに和やかな食事会となった。
先代辺境伯夫夫は、誰の目から見てもレヴィを歓迎していたのだ――。
なにせ、もりもりと肉を食すマクシムは、レヴィと目が合う度に、可愛い可愛いと口にする。
そして頬杖をつくエミールは、うっとりとしながらレヴィを見ているだけで、お腹がいっぱいになったそうだ。
(……もしかして、ふたりも僕の治癒能力が目当てなのかな?)
親切にしてくれる人を疑ってしまったレヴィは、慌ててかぶりを振る。
ベアテルに裏切られたことで、レヴィは随分と疑り深くなってしまったようだ。
「レヴィ、少しいいかい?」
レヴィが浮かない顔をしていたことに気付いたのか、エミールに誘われて席を立つ。
なにか言いたげにするベアテルと目が合ったが、レヴィは無言で視線を逸らしていた。
「甘いものは好きかい? 俺はずっと、レヴィとお茶をするのが夢だったんだ」
わざわざ茶菓子を用意してくれていたエミールと共に、談話室へと向かう。
引き締まった体と余裕のある態度のエミールは、大人の色気を感じさせる人だった。
「それにしても、本邸が、ここまで清らかな場所になっているとは思わなかった」
対面のソファーに腰を下ろしたエミールが、朗らかに笑う。
厳しい人なのだろうと緊張していたレヴィだが、エミールは物腰が柔らかく、話しやすい人だった。
「なかなか会いに来れなくて悪かったね。王都で色々とあって、陛下に呼び出されていたんだ」
「そうでしたか……」
テレンスとアカリ、もしくはロッティのことだろうか。
皆のことが気になるものの、レヴィは名ばかりだが辺境伯夫人だ。
テレンスの話は聞くべきではないだろう、とレヴィは口をつぐんでいた。
「レヴィは、今まで毎日、動物の治癒をしてきたんだろう? 無理はしていないか?」
「はい……」
レヴィを気を遣ってくれるエミールは、心配そうに眉を下げている。
自由にさせてもらっています、と言いかけたレヴィは、誤魔化すように紅茶を口に含んだ。
「ベアテルが悪かったね。あの子が無口なせいで、誤解しているかもしれないから話しておくが……。決して、レヴィの治癒の力を頼りにしているわけではないんだよ。だからここでは、好きに過ごしていいんだ」
「っ……でも、僕を待っている人たちが……」
「ああ。だからといって、無理をする必要はないよ。俺たちは、レヴィが嫁いできてくれただけで嬉しいんだ。あとは、ベアテルに任せておけばいい」
なんでも話してくれと、エミールは頼もしい言葉をかけてくれる。
ベアテルがレヴィに婚姻したことを秘密にしていた事実を、エミールは知っているのだろうか。
(ベアテル様は、僕の治癒能力を利用しようとしているんです! ……なんて言ったとしても、きっと息子を庇うだろうなあ)
もし、レヴィがエミールの立場だったなら、息子を信じたいと思うだろう。
悩みを打ち明けようとしたレヴィだが、思いとどまっていた――。
そして他愛のない会話をし、エミールと別れたレヴィは、自室に向かう。
(マクシム様もエミール様も、こんな僕を歓迎してくれている……。早いうちにベアテル様と話した方が良さそうだ)
先代辺境伯夫夫に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいになるレヴィは、来た道を戻る。
すると、レヴィの耳に怒鳴り声が聞こえて来た。
「……なにかあったのかな?」
こっそりと晩餐会場を覗けば、椅子に座るエミールの前に、ベアテルが立たされていた。
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