71 / 131
67
しおりを挟む悪妻としての第一歩を踏み出し、浪費することに成功したレヴィは、ベアテルと共に先代辺境伯夫夫のもとへ向かっていた。
「なんと絵になるおふたりなのでしょう!!」
「「…………」」
使用人たちに勧められるがまま、レヴィはベアテルが用意していた衣装を着ていた。
(……どうしてこんなことになったのだろう?)
困惑するレヴィをエスコートするのは、これまた着飾っているベアテルである。
左利きのベアテルが剣を使いやすいよう、右肩にのみマントをかけた姿は、ミステリアスな風貌の王子様でしかない。
レヴィとは違い、長身のベアテルは、なにを着ても似合うのではないだろうか。
「…………ふぁッ!!」
(っ、そ、そんなに僕の機嫌を取りたいの?!)
着飾ったベアテルに、うっかりと見惚れてしまうレヴィは、慌てて視線を逸らしていた。
くしゃりとダークブラウンの髪を掻き上げ、レヴィに魅惑的な流し目を送るベアテルは、己の美貌を武器にしてきたとしか思えない。
そして、その策にまんまとハマってしまうレヴィは、自分が情けなくて仕方がなかった。
「――耳までつけなくてもいいのにっ」
不貞腐れるレヴィは、可愛い耳まで装備したベアテルを、真っ赤な顔で睨みつけていた。
しかし、レヴィに睨まれたところで、痛くも痒くもないのだろう。
ベアテルは涼しい顔をしている。
(本物そっくりだけど、偽物の耳だもの。しゅん、って、ちょっとだけ耳が垂れていたように見えたのは、僕の気のせいだよね……?)
レヴィの治癒の力が目当てのベアテルとは、良き夫夫にはなれないだろう。
だから、離縁した方がいいに決まっている。
それがお互いのためだ。
(でも……僕は、ベアテル様を傷付けたいわけじゃない――)
わざわざ伴侶にならずとも、ウィンクラー辺境伯領のためなら、レヴィはベアテルに協力するつもりだった。
出来ることなら、円満に離縁したいと願うレヴィは、もう一度ベアテルと話し合いたいと思っていた――。
晩餐会が開かれる部屋の前に立ち、レヴィは気を引き締める。
これからレヴィは、先代辺境伯夫夫に叱られることになるだろう。
マクシムとは良好な関係だとは思うが、英雄とまで呼ばれ、責任感の強い人だ。
加えて夫人のエミールは、魔王討伐部隊を率いた経験もあり、マクシムの上官でもある。
(責任感の強いおふたりなら、きっと仕事を放棄する人間を嫌うはず……。覚悟はしているけど、やっぱり怖いっ)
過去に、貴族たちから吊し上げられた苦い経験を思い出すレヴィは、自然と体が震えていた。
「体調が悪いなら、後日でもいい。両親には俺から話しておくから、部屋に戻るか?」
ベアテルが、レヴィの異変にいち早く気付く。
(……こんな時に、優しくしないでほしいっ)
縋りつきたくなる気持ちを堪えていると、勢いよく扉が開く。
驚くレヴィの前に、マクシムが現れたのだ。
「レヴィッ!! 会いたかったぞ!!」
「……父上、気安く触れないでください」
満面の笑みを浮かべるマクシムは、レヴィに抱擁しようとするが、ベアテルに制される。
前回会った時と同じような会話をするふたりの背後から、長身の男性が顔を出した。
「おいおい。俺の嫁は、こんなに可愛い子に成長していたのか?」
彫りの深い顔立ちの男性――エミールが、切れ長の目を丸くする。
肩に触れる長さの黒みを帯びた茶色の髪は、指通りが良さそうだ。
獅子のような金茶色の瞳に、全身をじっくりと眺められるレヴィは、急ぎ頭を下げていた。
「ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありませんっ」
「いや。俺たちのために、わざわざおめかししてくれたんだろう? すごく似合ってる」
「っ……ぇ?!」
「本来なら、レヴィの衣装は、ベアテルが用意すべきだったというのに。気が利かない息子で悪いな」
咎められるどころか、エミールに謝罪されてしまい、レヴィは混乱していた。
他を圧倒するようなオーラを放つ三人に囲まれるレヴィは、場違いのような気がしてならない。
だが、その後はレヴィの想像より、遥かに和やかな食事会となった。
先代辺境伯夫夫は、誰の目から見てもレヴィを歓迎していたのだ――。
なにせ、もりもりと肉を食すマクシムは、レヴィと目が合う度に、可愛い可愛いと口にする。
そして頬杖をつくエミールは、うっとりとしながらレヴィを見ているだけで、お腹がいっぱいになったそうだ。
(……もしかして、ふたりも僕の治癒能力が目当てなのかな?)
親切にしてくれる人を疑ってしまったレヴィは、慌ててかぶりを振る。
ベアテルに裏切られたことで、レヴィは随分と疑り深くなってしまったようだ。
「レヴィ、少しいいかい?」
レヴィが浮かない顔をしていたことに気付いたのか、エミールに誘われて席を立つ。
なにか言いたげにするベアテルと目が合ったが、レヴィは無言で視線を逸らしていた。
「甘いものは好きかい? 俺はずっと、レヴィとお茶をするのが夢だったんだ」
わざわざ茶菓子を用意してくれていたエミールと共に、談話室へと向かう。
引き締まった体と余裕のある態度のエミールは、大人の色気を感じさせる人だった。
「それにしても、本邸が、ここまで清らかな場所になっているとは思わなかった」
対面のソファーに腰を下ろしたエミールが、朗らかに笑う。
厳しい人なのだろうと緊張していたレヴィだが、エミールは物腰が柔らかく、話しやすい人だった。
「なかなか会いに来れなくて悪かったね。王都で色々とあって、陛下に呼び出されていたんだ」
「そうでしたか……」
テレンスとアカリ、もしくはロッティのことだろうか。
皆のことが気になるものの、レヴィは名ばかりだが辺境伯夫人だ。
テレンスの話は聞くべきではないだろう、とレヴィは口をつぐんでいた。
「レヴィは、今まで毎日、動物の治癒をしてきたんだろう? 無理はしていないか?」
「はい……」
レヴィを気を遣ってくれるエミールは、心配そうに眉を下げている。
自由にさせてもらっています、と言いかけたレヴィは、誤魔化すように紅茶を口に含んだ。
「ベアテルが悪かったね。あの子が無口なせいで、誤解しているかもしれないから話しておくが……。決して、レヴィの治癒の力を頼りにしているわけではないんだよ。だからここでは、好きに過ごしていいんだ」
「っ……でも、僕を待っている人たちが……」
「ああ。だからといって、無理をする必要はないよ。俺たちは、レヴィが嫁いできてくれただけで嬉しいんだ。あとは、ベアテルに任せておけばいい」
なんでも話してくれと、エミールは頼もしい言葉をかけてくれる。
ベアテルがレヴィに婚姻したことを秘密にしていた事実を、エミールは知っているのだろうか。
(ベアテル様は、僕の治癒能力を利用しようとしているんです! ……なんて言ったとしても、きっと息子を庇うだろうなあ)
もし、レヴィがエミールの立場だったなら、息子を信じたいと思うだろう。
悩みを打ち明けようとしたレヴィだが、思いとどまっていた――。
そして他愛のない会話をし、エミールと別れたレヴィは、自室に向かう。
(マクシム様もエミール様も、こんな僕を歓迎してくれている……。早いうちにベアテル様と話した方が良さそうだ)
先代辺境伯夫夫に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいになるレヴィは、来た道を戻る。
すると、レヴィの耳に怒鳴り声が聞こえて来た。
「……なにかあったのかな?」
こっそりと晩餐会場を覗けば、椅子に座るエミールの前に、ベアテルが立たされていた。
142
お気に入りに追加
2,078
あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います
緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。
知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。
花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。
十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。
寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。
見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。
宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。
やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。
次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。
アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。
ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。


巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。

婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません
くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、
ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。
だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。
今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる