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66 商人
しおりを挟む噂の救世主からの呼び出しに、ウィンクラー辺境伯領の商人たちは、他の仕事を放り出し、我先にとレヴィのもとへ集っていた。
「聖女スザンナ様は、レヴィ様を『天下無双の天使様』だと仰っていたが、本当だろうか……?」
辺境伯領の聖女スザンナと、王都の者たちから見たレヴィの評価は、全く違うものだった。
まず、レヴィの両親であるシュナイダー公爵夫婦は、社交界から追放されている。
そして当主となったユリアンもまた、冷血な男として名を馳せていた。
だが、レヴィに関しての噂は届いていない。
テレンス第二王子の元婚約者だというのに、王都では、レヴィの存在はすっかりと忘れ去られていた――。
「ハーバル男爵領の聖女マリアンナ様は、レヴィ様は聖女としての力はあまりないと話していたけどさぁ。それはデマだっただろ?」
「そうだな。きっとレヴィ様を妬んだマリアンナ様が、悪い噂を流していたんだろう」
「マリアンナ様は、レヴィ様やスザンナ様とは違って、目立った活躍はしていないし」
「最近じゃ、治癒も満足にできなくて、聖女かどうかも怪しいらしいからな」
「まあ、そのおかげで、ハーバル男爵領の人たちがレヴィ様を頼りに辺境伯領に集まっているんだ。辺境伯領は潤うことになったし、俺はある意味、マリアンナ様には感謝してるぜ?」
話に花を咲かせる商人たちは、レヴィが辺境伯夫人に迎えられたことを、誇りに思っていた――。
レヴィが動物の治癒をしてからというものの、辺境伯領は活気ある領地に変わっているのだ。
動物の治癒という偉業を成し遂げているにもかかわらず、レヴィは金銭を要求することはない。
助けた動物のミルクや卵を購入し、その食材で絶品の郷土料理を作ってくれたおかげで、今や各地で販売されているのだ。
危険な魔物が出没する地で、極貧生活を送っていた民の懐も潤いつつある。
そしてレヴィに会うために、各所から人が集まっていることで、経済も好調の波に乗っているのだ。
辺境伯領に住む人々は、もれなく全員、レヴィのことを歓迎していた。
◇
「急な呼び出しだったのに、よく来てくれました。今日はよろしくお願いします」
「「「っ、」」」
絶世の美人であるレヴィを、初めて間近で見た者たちは揃って息を呑んだ。
肩口で切り揃えられている白に近い金色の髪は、室内でも光り輝き、天使の輪が見える。
紫水晶のように煌めく瞳は、宝石を扱う商人たちでさえ、見たことのない程の美しさだった。
(聖女スザンナ様の話を大袈裟だと思っていたが、真実だった――ッ!!)
レヴィ・ウィンクラー辺境伯夫人は、心の清らかな者であることは間違いなかった。
しかし、伴侶であるベアテルに、これでもかと溺愛されているレヴィが、これまで邸から出ることはなかったのだ。
天使のような容姿と、おっとりとした話し方も相まって、愛らしさの塊のような人物であった。
「……ふふっ。今日は忙しくなると思うけど、最後まで付き合ってね?」
どこか申し訳なさそうに話したレヴィだったが、可愛らしくお願いされた気しかしない。
その場にいた全員が、レヴィの愛らしさに虜にされていた。
「ではまず、辺境伯夫人の瞳の色と同じ生地で仕立てましょうっ!!」
レヴィを溺愛していると噂のベアテルであれば、何百着でも用意するだろう。
商人たちは治癒のお礼として、無償で衣装を仕立てる予定であった。
レヴィのために自慢の商品を持ち込んだ商人たちは、次々と高級な布を出して行く。
だが、衣装をたんまりと欲しがっていたはずのレヴィの表情は強張っていく。
「あ、あの……一日一着でいいから、七着もあれば充分だと思うのだけど……。ああ、でも、予備も含めたら、十着は必要かな?」
(……なにを仰っておられるのだろう?)
商人たちの心の声が一致した。
辺境伯夫人として、お茶会やパーティーに参加するための衣装の必要性を伝えるが、レヴィはイマイチ理解していないようだった。
レヴィを着飾りたい商人たちが、既製品を用意し、ああでもないこうでもないと話し合う。
いつのまにか押し売りのようになっており、着せ替え人形と化すレヴィは、たじたじであった。
「も、もう、僕はいいから、使用人たちの分も用意してくれる……?」
(……使用人全員の衣装を用意する夫人など、この世にいるのだろうか?)
今までの言動から、レヴィが商人を呼んだのは、おそらく経済を回すためである。
そう判断した商人たちは、国王陛下から褒美をたんまりと受け取っているベアテルから、一括で支払いを済ませてもらった。
「あのお方は、今まで聖女のローブを着回しておられた。またあのお方に似合いそうなものがあれば、持って来てくれ。全て俺が買い取る」
淡々と話したベアテルだが、瞳はレヴィへの愛を隠しきれてはいなかった。
辺境伯夫人として相応しいものを身につけようとする健気な伴侶を、愛おしく思わずにはいられないだろう。
笑顔で了承した商人たちは、伴侶を溺愛するベアテルと契約を交わした。
互いに見ていない時に、こっそりと視線を送っているふたりを、初々しい夫夫だと思っていた。
人生で、初めてたくさん買い物をしたレヴィは、浪費に成功したものの、ウィンクラー辺境伯領を心から愛していることが伝わる出来事であった――。
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