上 下
53 / 131

50

しおりを挟む


「汚染された水で作ったスープを、ベアテル様や使用人の方々だけでなく、クローディアスくんも口にしているってことですよね? それなのに、安心なんて、できるはずがないじゃないですか」

「「「――……ッ!!」」」

 なぜ、皆が驚いているのか、レヴィにはさっぱりわからなかった。
 よく見れば、皆の顔色も良いとは言えない。
 そんな中、ひとりだけ安全な食べ物を口にすることなど、できるはずがないというのに――。

 それに、問題は食事だけではない。
 汚染された水を使用して掃除しているからこそ、邸全体も悪臭を放っているのだ。
 皆が気付いていないだけで、きっと体にも悪影響を及ぼしている。
 こんな劣悪な環境で、ベアテルだけでなく、彼に仕える者たちが、安心して休めるはずがない。

「僕、魔物の住む森に行きたいです」

「っ、危険です!!」

 直様コンラートに反対されたが、レヴィは引き下がらなかった。

「危険なことは重々承知しています。でも、今の話を聞いて、じっとなんてしていられない。実際に森を見て、なにか解決策を見つけ出したいっ」

 安全な場所にいるように、と昔からテレンスに言われている。
 それでもレヴィは、テレンスとの約束を破っても構わないと思っていた。

(ここで僕がなにもせずに王都に帰ることの方が、僕自身が自分を許せない……。きっと後悔する)

「僕なんかじゃ、何のお力にもなれないかもしれません。でも、辺境伯領の民を守るために、みなさんはここで戦っている。そんな勇敢な方々の体調を心配することは、いけないことなんですか?」

「「「っ…………」」」

 なにやら考え込んでいるベアテルの気持ちはわからないが、きっとコンラートと同じく、賛成しかねているのだろう。
 もしレヴィの身になにかあれば、ベアテルが責められる可能性があるのだ。
 他の使用人たちは発言を控えているため、ここは当主であるベアテルを説得すべきだと、レヴィは判断していた。

「僕がいる間は、ベアテル様や、クローディアスくんを治癒することはできます。でも、それでは根本的な解決にはならないと思うのです」

「…………」

「それにベアテル様の体調が良くなったとはいえ、体に良いものを食べてほしいです。僕、水を綺麗にして、ベアテル様が安心して食べられる料理を作りたい……」

「っ、わかった。森には俺がつれていく」

 ベアテルが即答し、コンラートは絶句する。
 急にベアテルが許可する気になった理由は、レヴィにはわからない。
 だが、頭を抱えるコンラートをよそに、ベアテルの説得に成功したレヴィは笑みを浮かべていた。
 
「だが、夜の森は危険度が増す。明日の朝、出発しよう。だから今は――」

「はいっ。わかりました! では、僕は今から掃除をしますね?」

「っ……は? そ、掃除?」

 休むように告げようとしたベアテルが、呆気に取られていることに気付かないレヴィは、コンラートに話しかけていた。

「ユリアンお兄様がくれたお水は、どれくらいありますか? あ、その前に、新鮮なお水を追加で持ってきてもらえるかも聞かないと! まずは手紙が優先ですね!」

「…………ふふっ、はい。ありがとうございます。ですが、手紙は必要ないでしょう。ユリアン・シュナイダー様にいただいた新鮮な水は、我々三十名が、使用できる量でございます」

「っ、さ、三週間ではなく? 三年も!? さすがユリアンお兄様だっ!」

 話を聞けば、ユリアンは水だけでなく、衣類等も用意してくれていたのだ。

(もしかすると、ユリアンお兄様は、ウィンクラー辺境伯領の現状を知っていたのかな……?)


 ユリアンが、どんな想いで愛する弟の生活に必要なものを用意したのかを知らないレヴィだったが、心から兄に感謝していた――。


「では、早速お掃除を始めますね? まずは、ベアテル様の休む、このお部屋から取り掛かりたいと思います」

 どんどん話が進む中、置いてけぼりになっていた使用人たちは、腕まくりをしたレヴィを見た瞬間に悲鳴を上げる。

「掃除は私たちがやりますので、お休みになられてください!」

「っ、本当ですか? ありがとうございますっ! すごく助かりますっ! 掃除は、お任せしてもよろしいでしょうか?」

「「「はいっ!!」」」

 移動やベアテルの治癒で、疲労しているであろうレヴィを気遣ってくれる者たちに、レヴィはにっこりと笑みを浮かべていた。

「では、僕は洗濯をしてきますね?」

「「「…………え!?」」」

 ベアテルの服とシーツ、カーテンまでもテキパキと回収するレヴィは、休む気などさらさらなかった――。

















しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。

白(しろ)
BL
神様曰く、これはお節介らしい。 僕の身体は運が悪くとても脆く出来ていた。心臓の部分が。だからそろそろダメかもな、なんて思っていたある日の夢で僕は健康な身体を手に入れていた。 けれどそれは僕の身体じゃなくて、まるで天使のように綺麗な顔をした人の身体だった。 どうせ夢だ、すぐに覚めると思っていたのに夢は覚めない。それどころか感じる全てがリアルで、もしかしてこれは現実なのかもしれないと有り得ない考えに及んだとき、頭に鈴の音が響いた。 「お節介を焼くことにした。なに心配することはない。ただ、成り代わるだけさ。お前が欲しくて堪らなかった身体に」 神様らしき人の差配で、僕は僕じゃない人物として生きることになった。 これは健康な身体を手に入れた僕が、好きなように生きていくお話。 本編は三人称です。 R−18に該当するページには※を付けます。 毎日20時更新 登場人物 ラファエル・ローデン 金髪青眼の美青年。無邪気であどけなくもあるが無鉄砲で好奇心旺盛。 ある日人が変わったように活発になったことで親しい人たちを戸惑わせた。今では受け入れられている。 首筋で脈を取るのがクセ。 アルフレッド 茶髪に赤目の迫力ある男前苦労人。ラファエルの友人であり相棒。 剣の腕が立ち騎士団への入団を強く望まれていたが縛り付けられるのを嫌う性格な為断った。 神様 ガラが悪い大男。  

最強S級冒険者が俺にだけ過保護すぎる!

天宮叶
BL
前世の世界で亡くなった主人公は、突然知らない世界で知らない人物、クリスの身体へと転生してしまう。クリスが眠っていた屋敷の主であるダリウスに、思い切って事情を説明した主人公。しかし事情を聞いたダリウスは突然「結婚しようか」と主人公に求婚してくる。 なんとかその求婚を断り、ダリウスと共に屋敷の外へと出た主人公は、自分が転生した世界が魔法やモンスターの存在するファンタジー世界だと気がつき冒険者を目指すことにするが____ 過保護すぎる大型犬系最強S級冒険者攻めに振り回されていると思いきや、自由奔放で強気な性格を発揮して無自覚に振り回し返す元気な受けのドタバタオメガバースラブコメディの予定 要所要所シリアスが入ります。

【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8) 和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。 この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか? 鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。 もうすぐ主人公が転校してくる。 僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。 これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。 片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

処理中です...