上 下
45 / 131

43 アカリ

しおりを挟む


 いよいよ出立する日を迎え、王宮の前では魔王討伐部隊を見送るため、大勢の者たちがずらりと整列していた。
 ヴィルヘルム国王陛下から激励を賜った明里は、次にすらりとした体型の金髪碧眼の美丈夫――マティアスと抱擁を交わす。
 シミひとつない色白のマティアスは、四十手前とは思えない程の美貌の持ち主だ。

「体に気をつけて。無理はしないようにな」

 美しい碧眼に涙を浮かべるマティアスに、明里は強く頷く。
 頭を撫でられて、うっかり頬を染めてしまった明里だが、今だけは許してほしい。
 テレンスと明里が、親公認の仲であることを見せつけているわけではない。

 若者たちはテレンスを持て囃しているが、明里の推しはマティアスだった――。

 勇者と第二王子が親密な仲だと囁かれていたが、根も葉もない噂である。
 王族の中でアカリが最も親しくなったと思っている人物は、テレンスではなく、テレンスの母親――マティアスだ。
 それもそのはず、アカリとマティアスは六つしか歳が違わない。
 男性ではあるが、子育ての経験のあるマティアスとは、すぐに意気投合した。

 それでも話してみるまでは、明里を注意深く観察するような目で見ていたマティアスのことが、明里は苦手だった。

(マティアス様に警戒されていた頃のことが、懐かしいわね……)

 内密にマティアスに呼び出された日のことを思い出す明里は、小さく笑った。



『俺は、テレンスの伴侶はレヴィしかいないと思っているんだ。だから、勇者様がテレンスに好意を抱いていたとしても、諦めてほしい』

 その代わり、自分にできることはなんでもすると頭を下げたマティアスに、明里は好感を抱いた。
 明里と同じく、愛する息子のためならなんだってできる、強い母親だったからだ。

 ドラッへ王国に来た時に、明里には大切な家族がいることを話していた。
 だが、明里を十代の若者だと思い込んでいる者たちは、明里が魔王討伐に尻込みしていると勘違いし、大半の者が明里の話を信じていなかった。

 だから明里は、愛する夫と子がいることを再度話すことにした。
 そして明里はレヴィのことを、本当の息子のように思っている。
 だからテレンスとは、レヴィのために仲良くしているだけであって、恋愛対象として見たことなど一度もないと、正直に話したのだ。

(口だけで、全然仕事をしないムカつく上司に似てる……とまでは、さすがに言わなかったけど)

 その結果、唖然としていたマティアスだったが、大真面目な明里を見て、暫く笑い転げていた。
 明里とマティアスは、レヴィとテレンスの仲を応援する、同士でもあったのだ――。



「絶対に死ぬなよ」

「っ……はいっ」

 役目を果たし、愛する家族のもとへ帰るんだと、鼓舞してくれたマティアスに、明里は元気に返事をしていた。


 この時、親しげなふたりを黙って見つめているレヴィが、複雑な心境だったなんて、マティアスを『ママ友』だと思っている明里は、想像だにしなかった――。


 そして明里は立派な馬に跨り、テレンスは目立つ白馬に乗る前にレヴィに指輪を渡した。

「帰還したら、すぐに婚姻しよう」

「…………待ってるね」

 テレンスがレヴィにプロポーズしている姿を眺める明里は、ふたりの母親のような気持ちで見守っていた。
 大きな瞳に涙をいっぱいに溜めているレヴィを見た瞬間、明里は馬から飛び降りていた。
 ふたりの邪魔をしてしまったかもしれない。
 だが、もしかすると、レヴィとはもう会えなくなるかもしれないのだ。

「レヴィくんっ。私、絶対に魔王を倒すからっ。テレンスのことも、必ず無傷で返すからねっ!」

 レヴィと熱い抱擁をかわす明里は、涙が止まらなくなっていた。

(魔王を討伐したら、この世界はハッピーエンドを迎えるはず……。そうなれば、私はそのまま、日本に瞬間移動している可能性だってある……っ)

「……いつか、夢でもいいから会いに来て――」

「っ、アカリ、様……?」

 今まで明里の癒やしの存在だったレヴィとの別れは、想像以上に辛いものがあった。
 涙を堪え、明里にしがみつく震える小さな体を強く抱きしめる。

「そろそろ行くよ、アカリ」

 若干不機嫌なテレンスに促されて顔を上げた明里は、息を呑んだ。
 レヴィも泣いていたのだろう。
 目元が赤く腫れているのだが、紫水晶のような瞳には強い決意のようなものが感じられた。

(一緒に旅立つわけじゃないけど、王都で私たちの無事を祈り続けてくれるのね……)

 再度レヴィを抱きしめた明里は、気合を入れた。
 大勢の人たちの期待を一身に背負う明里は、笑顔で手を振る――。

(バイバイ、夢の国の人たち……。バイバイッ、レヴィくん……っ!)

 涙を拭った明里は前を向き、少数精鋭の魔王討伐部隊は旅立った。



 彼らを見送る者たちは、食糧を積んだ馬車に、レヴィの信頼する者が乗り込んでいることに、誰も気付いていなかった。
 その者が、魔王の棲家まで、安全かつ最短ルートに導いてくれる、伝説の不死鳥であることも――。















しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。 フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。 前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。 声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。 気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――? 周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。 ※最終的に固定カプ

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

王家の影一族に転生した僕にはどうやら才能があるらしい。

薄明 喰
BL
アーバスノイヤー公爵家の次男として生誕した僕、ルナイス・アーバスノイヤーは日本という異世界で生きていた記憶を持って生まれてきた。 アーバスノイヤー公爵家は表向きは代々王家に仕える近衛騎士として名を挙げている一族であるが、実は陰で王家に牙を向ける者達の処分や面倒ごとを片付ける暗躍一族なのだ。 そんな公爵家に生まれた僕も将来は家業を熟さないといけないのだけど…前世でなんの才もなくぼんやりと生きてきた僕には無理ですよ!! え? 僕には暗躍一族としての才能に恵まれている!? ※すべてフィクションであり実在する物、人、言語とは異なることをご了承ください。  色んな国の言葉をMIXさせています。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

処理中です...