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 お座りをしていても、レヴィより背の高いクローディアスは、きちんと前脚を揃えていた。

(っ、か、可愛すぎるぅぅ~ッ!!!!)

 とんでもない状況なのだが、赤い瞳をきらきらとさせ、撫でられる時をじっと待つクローディアスの姿があまりに可愛くて、レヴィは悶えた。

「「「…………」」」

 しかし、地面にどしっと腰を下ろすクローディアスに、皆があんぐりと口を開けている。
 周囲は誰も言葉を発することなく、ウィンクラー辺境伯すら驚愕がひととおりではない。
 クローディアスがお座りをする姿は、大変珍しい格好なのかもしれない、とレヴィは察していた。

「さ、さすがベアテル様だッ! クローディアスくんが、とてもいい子にお座りしていますね?」

 凄い凄い、と拍手をしたレヴィは、ささっとベアテルの隣に移動していた。
 倒れ込んでいるウィンクラー辺境伯のもとへアカリが駆けつけており、アカリの後を追うように、テレンスもいたことに気付いたのだ。

 レヴィが積極的にクローディアスと関わってしまえば、後でテレンスに何を言われるかわからない。
 ウィンクラー辺境伯にも迷惑をかける可能性を考えたレヴィは、クローディアスの飼い主であるベアテルを褒めていた。

「お利口さんですね? ベアテル様っ」

 レヴィは必死に同意を求めたのだが、ベアテルは呆然としている。

「…………お座りなんてしたことは、一度も――」

「あああっ! そ、そっか! ベリーの実が好物だから、僕の前でお座りしてたんだっ!」

 ベアテルの言葉を遮ったレヴィは、咄嗟にポケットに入れていた紫色の小果実を取り出す。
 おそらくクローディアスの好物であり、ロッティのオヤツとして持っていたものだ。

『わあ! ご主人様が、僕のために用意してくれていたの? 嬉しいっ! 僕の大好物だっ!』

 興奮気味に告げたクローディアスが、長い尻尾をべしんべしんと地面に叩きつける。

「な、なんだ!? 地震かっ!?」

「ヒィッ!! ウィンクラーの怪物が、暴れて……る?」

「………いや、お座りしてないか?」

 建物が揺れるような地響きが立ち、何事だと集まってきた王宮の使用人たちが悲鳴を上げた。
 しかし、ベリーの実がクローディアスの好物だとわかったレヴィだけは、興奮している。

(っ、ロッティさんの言う通りだった!)

 さあさあ、と、レヴィがベアテルに小果実を差し出したものの、ベアテルは唖然としている。
 目の前にいる馬は、本当にクローディアスなのかと、疑っているような目である。
 その間に、大好物を前にするクローディアスの鼻息が荒くなり、皆が怯え始めた。

(こ、このままじゃ、せっかくクローディアスくんと再会できたというのに、話もできないまま離されてしまうっ)

 焦るレヴィをちらりと見下ろしたベアテルは、小果実を手に取った。

「この実は、俺の好物だ」

「…………へ?」

「俺の好物だから、クローディアスも好きになったのかもしれない」

「そ、そうですっ! きっと! そうです!」

 しどろもどろになってしまうレヴィだったが、ベアテルは早速クローディアスに小果実を与える。
 迷わず食べ始めたクローディアスを見たベアテルは、なぜか息を呑んでいた。

(ベアテル様は、クローディアスくんはお肉が好きだって勘違いしていたし、驚いたのかな?)

 なにか言いたげにするベアテルだったが、その前に、レヴィはハンカチを差し出す。
 ベアテルの手は、クローディアスの涎でベトベトになっていた。

『よう。元気だったか?』

 レヴィがベアテルを気にかけていると、クローディアスのアーチ状の白く太いツノの間に、ロッティが座っていた。

『あっ! 不死鳥のおじさんっ!』

『……小僧。おじさんじゃねぇって、何度も言ってるだろ? 俺様にもっと敬意を示せっ!』

 ロッティに頭をツンツンと突かれているが、ベリーの実を美味しそうに咀嚼しているクローディアスは、されるがままである。

『ごめんね、また間違えちゃった。でも、くすぐったいよっ。バルドヴィーノさん!』

『フン。俺様の今の名は、ロッティだ。ご主人様がつけてくれたんだぜ? 羨ましいだろ』

『ええ!? ズルイズルイズルイ!! 僕もロッティがいいっ!!』

『…………はあ~。それだと、同じ名前になっちまうじゃねぇか』

 ロッティの名付け親は、ジークフリートである。
 だが、仲良く戯れ合う二匹の可愛さに悶えるレヴィは、今は黙っておくことにした。
 そんなレヴィの前に、影ができる。
 ゆうに二メートルを超える、巨人のようなマクシムが、気配なく現れたのだ。

「おお。クローディアスが、随分と懐いているな? 私より好かれているんじゃないか?」

 目を丸くするマクシムだったが、さすが自慢の息子だと、胸を張る。
 それから、なんとも言えない顔をしているベアテルの背を、バシバシと力強く叩いていた。
 剣を握ったことのないレヴィの目から見ても、マクシムが猛者もさであることは、一目瞭然だった。
 それでも勇気を振り絞ったレヴィは、マクシムに声をかけていた。

「あのっ! レヴィ・シュナイダーと申します。先日は、素敵な贈り物をありがとうございましたっ」

「ああ。こちらこそ、感謝している」

 首が痛くなる程に見上げていたレヴィは、仰け反りそうになっていた。
 そんなレヴィの体を軽々と支えたマクシムが、その場で膝をつく。

「っ……父上、手を離してください。軽々しく触れていいお方では――」

「魔王討伐に向かうベアテルを見送る、という名目で王都に来たが。本当は、クローディアスを助けてくれた恩人に会いたかったんだ」

 苦言を呈するベアテルを、さらっと無視するマクシムは、色素の薄い茶色の瞳をとろんと蕩けてさせていた。

「私がこちらにいる間、ロッティの話も聞かせてほしい。いいだろうか?」

 マクシムが、ニッ、とどこか悪戯っぽく笑った。

「っ……は、はいっ!」

(それってつまり、マクシム様がいる間は、僕がクローディアスくんと一緒にいられるように、配慮してくれた……ってことだよね?)

 マクシムの意図を正しく理解したレヴィは、笑顔で頷いていた。

「だが、格好良く登場するつもりが、クローディアスに振り落とされて、あなたには恥ずかしい姿を見せてしまったな……? これでも、辺境伯領では人気があるんだぞ?」

 照れ臭そうに頭を掻くマクシムが笑い、つられてレヴィも笑ってしまう。



 おろおろと成り行きを見守っていた者たちは、レヴィが気難しいドラッへ王国の英雄のひとりと、あっという間に打ち解けたことに、本日一番の驚きを見せていた――。




















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