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「レヴィ。兄上と、なにを話したの? どうして兄上と踊ることになったんだい? 詳しく聞かせてくれるよね?」

 ご立腹のテレンスに問い詰められるレヴィは、返事もできないまま、テラスに向かって引きづられていた――。

 レヴィを待つテレンスが、勇者アカリとの関係に興味津々の者たちに囲まれている間、レヴィは、エルネストとユリアンと踊っていた。
 その結果、テレンスとは踊れなかったのだ。
 テレンスが怒るのも無理はない。

 だが、アカリと踊ってから機嫌の良いユリアンのことが、レヴィはどうしても気になったのだ。
 もしユリアンが、アカリに好意を抱いたのなら、恋人である聖女アニカを悲しませることになる。
 レヴィの心配は杞憂に終わったが、その確認をしたかったのだ。

『ご主人様っ!! 大丈夫だったか!?!?』

 レヴィがテラスに出た途端、突風が吹いた。
 凄まじい勢いの黄色っぽい物体に、突撃されていたのだ。

「うわっ!」

 レヴィのローブに張り付くロッティは、何度声をかけても決して離れようとはしなかった。

(ほんの数時間離れただけだったのに、寂しかったみたい……。可愛いっ)

「レヴィ。私がレヴィとファーストダンスを踊らなかったことが、そんなに気に食わなかった?」

 ロッティを優しく撫でていたが、テレンスの刺すような視線に、レヴィは息を呑んだ。
 別人のように鋭くなる青い瞳に、背筋に冷たいものが走る。
 カタカタと震えるレヴィを暫く眺めていたテレンスは、満足そうに顔を綻ばせた。
 笑うところではないというのに、幸せそうに笑うテレンスが、レヴィは怖くてたまらなかった。

「私たちは、レヴィに仲直りしたところを見せたくて踊ったんだよ? 私だって、レヴィと踊りたかったのに……。どうしてそんな意地悪するの?」

「っ、い、意地悪だなんて……。僕、そんなつもりじゃ――」

「今回は許すけど、もう二度と同じことはしないで? いいね」

 ガラリと雰囲気が変わったテレンスが、愛おしそうにレヴィの目尻に口付けを落とす。
 優しく頭を撫でられ、頷いたものの、レヴィはなぜだかモヤモヤとしていた。
 ふたりが仲良くなってくれたらいい、とは思っていた。
 だが、いくら仲直りしたところを見せたかったとはいえ、ファーストダンスを婚約者以外と踊る行為は、間違ったことだと思ったからだ。

「レヴィにダンスを拒否されて、すごく傷ついた……」

 ハッとしたレヴィが顔を上げれば、悲しげに微笑むテレンスに、抱き寄せられていた。
 レヴィが納得していないことに気付いたのか、テレンスに再度お願いをされたレヴィは、今度こそ深く頷いていた。

「っ、僕、テリーを傷つけるつもりじゃなかった。ただ、約束を守らないとって思って……。テリーを傷付けて、ごめ――」

『レヴィ、謝るな!!』

 怒りの孕む声に、レヴィは息を呑んだ。

『なぁにが仲直りしたところを見せたかった、だ。テメェの魂胆は見え見えなんだよ! 兄貴を差し置いて、国王になりたいんだろ? だから、アカリとファーストダンスを踊ったんだよ。ご主人様、コイツに騙されるな』

(……え? テリーは、国王になりたいの?)

 テレンスが玉座を望んだことはないと思っていたレヴィは、ロッティの言葉に困惑するしかない。
 『レヴィ、よく聞け』と、ロッティの真剣な声が届き、レヴィはごくりと唾を飲む。

『ご主人様の婚約者は、無能な男か?』

 テレンスに気付かれないよう、レヴィは小さく首を横に振る。

『それなら、王子が勇者とファーストダンスを踊れば、周りがどんな目でふたりを見るのか。コイツはそれをわかっていて、アカリの手を取ったんだ。コイツは、玉座を望んでいる』

「っ……」

『俺様を信じろとは言わない。だが、レヴィがコイツを信じたいのなら、次はレヴィを選ぶように約束させろ。コイツが玉座を望まず、本当にレヴィを愛しているのなら、二度とアカリとはファーストダンスを踊らないと誓うはずだ』

 パニックになりかけているレヴィだが、ロッティもテレンスも、どちらのことも信頼している。
 そして国王は、フワイト王国の王子を婚約者に迎えている、リュディガーでなければならない。
 いくらテレンスに国王の器があったとしても、エルネストが王妃にならなければ、フワイト王国と戦になってしまう。

(……それに、兄弟で争ってほしくない……)

 意を決したレヴィは、テレンスを見上げた。

「それなら、テリーも、もう同じことはしな――んんっ!?!?」

 身動きが取れないレヴィは、これ以上言葉を紡ぐことができなかった。
 レヴィの口は、テレンスによって塞がれていたのだ――。
 なにが起こったのかわからない。
 呆然としている間に、そっと離れたテレンスが、指先でレヴィの唇を撫で、うっとりと微笑んだ。


「なにか言った?」

「――――…………ッ!!」


 驚愕するレヴィは、開いた口が塞がらなかった。
 信じられない思いのまま、テレンスを見上げる。
 恍惚とした表情のテレンスが話し続けているが、レヴィはまったく頭に入ってこない。


 レヴィの言葉は、聞かなかったことにされているのだから――。


「それで、兄上とは何を話したの?」

「…………家族として、認めてくれたよ」

「――ふふっ、そっか。婚姻する日が待ち遠しいよ。必ず幸せにするからね、レヴィ」

 頬を染めるテレンスは、どう見ても嘘をついているようには見えなかった。
 

(テリーは、僕を騙してる? アカリ様を、利用したの……?)


 この時レヴィは、全幅の信頼を寄せるテレンスに対して、初めて不信感を抱いていた――。










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