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34 リュディガー
しおりを挟む勇者アカリにつけていた影の報告を受けたリュディガーは、紫色の双眸を細める。
詭弁を弄するテレンスは、アカリの友人であるレヴィ・シュナイダーをいい口実に、勇者とファーストダンスを踊っていた――。
幼い頃は、兄上、兄上、と慕ってくれていたテレンスが、いつからかリュディガーに対抗心を抱くようになっていた。
今も『兄上の右腕になります』と、微笑んで近付いてくるが、腹の底では己こそが国王に相応しいと思っているに違いない。
半分しか血は繋がっていないが、プライドの高いテレンスの考えていることは、リュディガーにはお見通しだった。
「勇者様を言いくるめたか」
共に話を聞いていたエルネストが、ははっと笑っている。
だが、これ以上好き勝手をするのなら、容赦はしないといったところだろう。
エルネストは、王妃の座に収まることを条件に、リュディガーと婚約したのだ。
テレンスが玉座を望めば、約束を違えたと、エルネストの母国の者たちの怒りを買うことは目に見えていた。
(テレンスが己の欲望のままに動けば、魔物の前に、フワイト王国の者たちに攻め込まれてしまうな……)
落ち着かない様子で会場の隅に立つ天使を視界の端に入れたリュディガーは、溜息を飲み込む。
テレンスの方は悪い知らせではあったが、教会に隠されていた天使が夜会に現れたのだ。
長らくテレンスに洗脳されていたレヴィ・シュナイダーが、だ。
ユリアンと親交のあるリュディガーは、この日を待ち望んでいた――。
……だが。
「寂しそうだ」
信頼する婚約者に放置されているレヴィに熱い視線を送っていれば、エルネストが深く頷いた。
「そうだな、行こうか。ようやくレヴィと話せる機会が訪れたんだ。この好機を逃してなるものか」
テレンスに執着され、囲われていたレヴィと、ようやく言葉を交わすことができる。
興奮を抑えきれなかったリュディガーは、レヴィがふたりに怯えていることに気付いていたものの、ダンスに誘っていた。
皆が道を譲り、ホールの中央に向かう。
「ひゃっ」
細い腰に、ほんの少し触れただけなのだが、レヴィの口から小さな悲鳴が上がる。
「こ、このような場でのダンスは、初めてなので……。足を引っ張ってしまうかもしれませんが、全力で頑張りますっ」
醜態を晒したと思っているのか、レヴィは必死に隠そうとしている。
その初心な反応を決して見逃さなかった真顔のリュディガーが、レヴィを心底愛らしいと思っていることを、初めてのダンスに緊張しているレヴィが気付くはずもなかった。
ウィンクラーの怪物――クローディアスの治癒を施したレヴィは、ドラッヘ王国の宝である。
聖女としては劣等生だと囁かれているが、リュディガーとエルネストは、レヴィはまだ見ぬ可能性を秘めていると、大いに期待していた。
(しかし、目障りだな)
ダンスを楽しむレヴィは気付いていないが、忌々しそうに見ている者たちがいる。
レヴィが一部の者たちから嫌がらせをされているのは、聖女候補として劣等生だからでも、テレンスの婚約者だからでもない。
シュナイダー公爵夫妻が原因であった。
当時の聖女――ラウラが、生後半年のレヴィを一目見た時から、将来有望な者だと判断した。
その結果、レヴィに釣書が殺到することになる。
欲深いシュナイダー公爵夫妻は、レヴィを望む者たちを競わせていた。
最も金を積んだ者に、レヴィを売り飛ばすつもりだったのだ。
そして、鉱山を三つ用意したウィンクラー辺境伯家が、その座を勝ち取った。
彼らは聖女を欲していたわけではない。
引っ込み思案だったベアテルが、レヴィとの出逢いで変わったからだ。
今のベアテルからは想像できないが、幼い頃は頑なに剣を握ることを拒んでいた。
魔物の住む森の近くに邸を構え、辺境の地を守る両親に反発していたのかもしれない。
それが、なにがきっかけかは定かではないが、レヴィを守る騎士として、剣を取ったのだ。
向かう所敵なしと言われる、辺境伯夫夫の才能を継ぐベアテルは、瞬く間に立派な後継に成長した。
当時のウィンクラー辺境伯夫夫の喜びようは、凄まじいものだったと聞く。
だが、テレンスもレヴィを欲したのだ。
良き婚約者――ユリアン・シュナイダーがいたというのに……。
(これでテレンスが勇者を選び、レヴィとも婚約を白紙にしたなら、今度こそユリアンが牙を剥くだろう)
異母弟の我儘で、婚約が白紙となったユリアンには迷惑をかけている。
負い目があったリュディガーは、ユリアンには度々手を貸していた。
そしてユリアンは、可愛い弟を商品のように扱う両親を、現在引退に追い込んでいる。
年内には、ユリアンが当主となるだろう。
(レヴィがいつ我が家に帰ってきてもいいように、長い年月を奔走していたユリアンの努力が、ようやく報われる時が来る――)
「リュディガーお義兄様っ」
可愛らしい声で呼ばれ、リュディガーの思考は、容易く停止した。
慣れないダンスを踊り、少し息の乱れたレヴィの頬は桃色に染まっている。
身長差故に上目遣いとなるレヴィの爆発的な愛らしさに、リュディガーは胸を撃ち抜かれていた。
(…………くっ。地上に舞い降りし、天使だッ!!!!)
レヴィがテレンスの婚約者であろうとなかろうと、リュディガーにとっては既に弟のような存在。
テレンスよりも大切に思っている、と言っても過言ではない。
勝手に弟のように思っていたわけだが、そんなレヴィに、お義兄様と呼ばれたのだ。
感極まり、ダンスの足が止まってしまったが、誰にも咎められないだろう。
「――レヴィ」
エルネストのもとへ戻れば、笑顔のテレンスが待っていた。
どういうつもりだ、と青い瞳が訴えている。
(勇者の手を取り、玉座を望むか。それとも愛すべき者を選ぶのか……。強欲なテレンスであれば、どちらも選ぶと言い出しそうだな)
リュディガーから離れたレヴィが、急ぎテレンスのもとへ向かう。
未だ洗脳は解けていないのだろう、と察したリュディガーは天を仰いだ。
「レヴィ、待たせてごめんね? 踊ろうか」
「あっ。えっと……。僕、次はエルネストお義兄様と踊る約束なので……」
「「「っ、」」」
最悪な未来を予想し、頭痛がするリュディガーだったが、従順だったレヴィに断られたテレンスの間抜けな面を眺めて、小さく吹き出していた。
そしてエルネストが歓喜していたことは、言うまでもない。
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