召喚された最強勇者が、異世界に帰った後で

ぽんちゃん

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 取り急ぎ、魔王討伐部隊の編成が行われ、アカリが魔王討伐に向かうまでの期間、ドラッヘ王国について学ぶこととなり、レヴィは教師として王宮に通っていた。
 稽古のための訓練場に行けば、すぐにアカリが駆け寄ってくる。
 そして、満面の笑みで言うのだ。

「レヴィくんっ! 今日は迷わなかった?」

 一月、共に過ごしてわかったこと。
 アカリは過保護だった――。

 気さくなアカリとの時間はとても楽しいのだが、世間知らずなレヴィでは、力不足だと囁く者がいないわけではない。
 テレンスがいないことをいいことに、初日はわざと遠回りをさせられて、レヴィはまたしても遅刻する羽目になったのだ。
 だが、嫌がらせも初日だけだった。

 言い訳はせず、必死に謝罪したレヴィを見つめたアカリは、澄まし顔の案内役の人々を見回し、言ったのだ。

『私ね。自分の仕事を疎かにする、無責任な人が大嫌いなの』

 アカリに睨まれた者たちが、顔面蒼白になる。
 その姿を見て、ようやくレヴィは嫌がらせをされたことに気付いたわけだが……。
 洞察力の鋭いアカリのおかげで、レヴィは咎められることなく、一月経っても教師として役目を果たせていた――。



 稽古後、レヴィはアカリと共に貴賓室に向かう。
 ドレスは性に合わないと、アカリは普段から黒地の騎士服を愛用している。
 細身のアカリなら、スレンダーラインのドレスも似合うとレヴィは思うのだが、アカリは常に動きやすい格好を好んでいた。

「ベアテルくんには敵わないけど、今日はジークくんに勝てたよ!」

 ぐっと親指を立てたアカリは、剣術の授業の内容をレヴィに教えてくれるのだ。
 人生で初めて剣を握ったそうだが、アカリには剣の才能があった。
 勇者だからか、飛躍的に上達しているそうだ。
 それでもレヴィは、アカリの何事にも熱心に取り組む姿勢が、結果として現れているのだと思っている。
 頼もしいアカリに、レヴィは拍手を送った。

「っ、凄いですっ! 努力の賜物ですね? でも、テレンス殿下はもっと強いですよ?」

「……それはどうかなぁ?」

 テレンスの過去の功績を伝えたものの、アカリは苦笑いを浮かべていた。

「多分、ベアテルくんが一番強いと思う。だって、手加減されてる気しかしないしね? 剣を交えるとわかるっていうか……。さりげない優しさってやつ? 容姿もミステリアスな感じで、あの子がモテる理由がわかるっ」

(……それって、テリーの話じゃないのかな?)

 ベアテルの実力を知らないレヴィは首を傾げたが、アカリはベアテルのことばかり褒めていた。

 そして、次に行われるマナーの授業までの休憩時間に、レヴィはアカリと共に王宮を探検する。
 アカリに指導する役目を任されているのだが、レヴィも最近になって、外の世界を知ったばかり。
 素直にその事実を話せば、アカリが共に学ぼうと誘ってくれたのだ。
 とても素敵な人だと思っていると、ふとアカリが足を止めた。

「この人が、アーデルヘルム国王陛下だよね?」

『そうだ。酒に目がなく、だらしない男だ』

 立派な肖像画を見上げるアカリの問いに、レヴィのローブのポケットに隠れている鳥が答える。
 凛々しい美丈夫――アーデルヘルムを、だらしない男だと言い放つのは、この世にロッティしかいないだろう。
 冷や汗をかくレヴィが、視線だけを動かして辺りを伺ったが、誰も気付いていなかった。

 他の人にも動物の声が聞こえたらよかったのに、と何度も思ったレヴィだったが、この時ばかりは、レヴィにだけしか聞こえていなくてよかった、と心から思っていた――。

『民の間では、ドラゴンの鱗を分け与えられた勇敢な者だと知られているが、実際にはドラゴンを酔わせて、こっそりと鱗を剥ぎ取った盗人だ』

「っ、ちょ、ちょっとロッティさん! さすがに不敬だよ!」

 誰にも聞こえてはいないはずだが、レヴィは小声で注意する。

『あん? 真実だぜ? アーデルヘルムがやらかしたせいで、ドラゴンの怒りを買ったんだ。だから人間は、ドラゴンの姿を見ることすら出来なくなったんだよ』

「…………冗談だよね?」

『そんなことより、アーデルヘルムの指差す鳥を見ろ! あの美しい鳥は、俺様だっ!』

 天高く舞い上がり、赤と金の混じる見事な羽を、大きく広げている鳥。
 不死鳥――バルドヴィーノ。

 肖像画に描かれている伝説の不死鳥を見てから、丸々としたロッティをちらりと見たレヴィは、なにも聞こえなかったことにした。

『おい、なんだその目は。なにか言え!』

「……だって、全然違うもん」

『ぐっ。た、確かに、絵師がちょーっとかっこよく描きすぎてるかあ? だが、あれは間違いなく俺様だぞっ!?』

(……ロッティさんはどう見ても不死鳥ではないけど、もしそうなら最高だよね? だって不死鳥は、何度も蘇ることができるんだもの)

 今にも飛び出しそうになるロッティを、レヴィは優しく撫でた。

「でも、もしロッティさんの話していることが真実なら、すごく嬉しいよ」

『そうだろそうだろお? ご主人様なら、みんなに自慢してもいいぜ?』

「ううん、そうじゃなくて。だって、ロッティさんが不死鳥だったなら、僕はロッティさんと、ずーっと一緒にいられるってことだもん」

 レヴィがにっこりと笑えば、今まで散々喚いていたロッティが、急に黙り込んだ。

『………………クソッ。可愛いこと言いやがって。調子が狂うぜ!』

 怒った口調で話したロッティだが、レヴィの手にすりすりと頬を寄せて甘えているのだから、可愛くて仕方がなかった。

「この国には、不死鳥もいるんだ。かっこいい」

 黒い瞳をきらきらとさせているアカリに、レヴィも同意した。

「そうですね。不死鳥バルドヴィーノは、きっと今も、ドラッヘ王国にいると思います」

 肖像画の前で立ち話をしていると、中年の男性が咳払いをする。
 茶色の細い目が、更にすうっと細くなる。
 前が見えているのかわからないくらいに、糸のように細くなる目が、レヴィは苦手だった。

「不死鳥バルドヴィーノは、アーデルヘルム国王陛下にのみ従ったと言い伝えられています。その後、主人を失い、悲しみに暮れたバルドヴィーノは、天に召されました。天界で、幸せに過ごしているのです」

 間違いを正すかのように語ったザシャ・ミケーリ侯爵は、バルドヴィーノの死後の平安を祈るように天井を見上げた。
 ザシャは、アカリが召喚される前に、勇者の教師役として任命されていた者だ。
 今はレヴィの補佐として行動を共にしているが、休憩時間の雑談中でも、レヴィに対してお小言を言ってくる人物でもあった。

『おい、そこの貴様。勝手に俺様を殺すなっ! どうやら、残り少ない毛を燃やされたいようだな?』

 産まれたばかりの赤子のような頭髪のザシャには、ロッティの怒りは届いていなかった。



 危機に陥った時に手を貸す代わりに、アーデルヘルムからは上等な酒を対価として受け取っていた不死鳥が、今の主人にのみ対価を求めずに傍にいることを、今はまだ誰も知らない――。














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