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27 マリアンナ
しおりを挟む「早くしろ、愚図が」
個室に入るなり、テレンスに罵られたマリアンナは、息を詰めた。
いつもはマリアンナを、可愛い人、と呼んでいたテレンスの口から吐き出された言葉なのかと、マリアンナは己の耳を疑っていた。
「私は心底、疲れているんだ。なにも言われずともわかるだろう。……本当に使えない女だな」
「ひっ!」
怒り狂うテレンスが机を蹴り飛ばし、優しい王子様の仮面は剥がれていた。
目の前にいる男が、本当にあのテレンスなのかと信じられない思いだった。
憧れのテレンスに、名すら覚えられていないことを知らないマリアンナは、怯えながら祈りを捧げていた――。
テレンスから、レヴィを守るようにと仰せつかっていたマリアンナは、レヴィがジークフリートの治癒をし始めたことに慌てふためいていた。
レヴィに治癒を頼める者は、テレンスの許可を得ている、ベアテル・ウィンクラーのみ。
それが暗黙の了解だった――。
だからこそ、マリアンナはレヴィの代わりを名乗り出ていたのだ。
そこで注目されれば、ロベルト侯爵家の次期当主――ジークフリートに目をかけてもらえる可能性もある。
なにより、テレンスに褒めてもらえるという下心も、もちろんあった。
だが、ジークフリートには睨まれ、子爵家出身のマリアンナは引き下がるしかなかったのだ。
(それでも、私にできることはしたのに――)
涙を浮かべるマリアンナを一瞥したテレンスは、太々しい態度で椅子に腰掛ける。
レヴィの泣きそうな顔を見た時とは違い、青い瞳は穢らわしい者を見るような目だった。
「私の婚約者は、本当に優しい子だと思わない? 勇者がいれば、不満を漏らす者たちなど、もう必要ないというのにね?」
不敵な笑みを浮かべたテレンスが、鬱陶しそうに金髪を掻き上げた。
己の率いる討伐部隊の者たちを、使い捨ての駒としか思っていない発言に、マリアンナは驚愕する。
テレンスが王族である以上、優しさだけでは生き抜くことはできないことは承知していたが、まさか側近までも簡単に切り捨てようとするとは思ってもみなかった。
「チッ。まだか? レヴィが待っているんだ、早くしろ」
テレンスの裏の顔を知ってしまったマリアンナは、恐怖で祈りを捧げる手が震えてしまう。
そのせいで、いつものように力を発揮することができず、テレンスに舌打ちをされる始末だった。
(レヴィ様を差し置いて、テレンス殿下に愛されようとした罰なのね……)
震える唇を噛み締めたマリアンナは、必死に涙を堪えていた――。
聖女候補の中で最も身分の低いマリアンナにとって、レヴィ・シュナイダーは雲の上の存在だった。
身分も治癒能力も、全てが底辺。
実力主義の世界のため、周囲からは一番に脱落するのはマリアンナだと思われていた。
しかし、聖女候補お披露目の儀式で、全てが変わった。
有能な聖女候補として注目されていたレヴィの治癒能力が、マリアンナより下だったのだ。
ざまあみろ、だなんて思わなかった。
ただ、レヴィのおかげで、マリアンナは悪目立ちすることがなくなったのだ――。
そんな時に、テレンスに声をかけられた。
レヴィを悪意のある者から守ってほしい、と。
第二王子の命令は絶対であるし、密かに憧れていたテレンスに声をかけられたことに、マリアンナは歓喜していた。
容姿には自信のある方だったマリアンナだが、レヴィの愛らしさには敵わない。
だから、婚約者の座を奪おうだなんて、大それたことは考えていなかった。
ただ、秘密の恋人ごっこを楽しんでいた――。
(このお方にとっては、きっと私も捨て駒なのね……)
マリアンナは常にレヴィを気遣ってはいたが、すべてはテレンスのためだった。
だからといって、レヴィのことが嫌いなわけではない。
むしろ、関わっていくうちに、どんどん好意が増していたのだ。
加えて、レヴィと行動を共にするようになってから、マリアンナの治癒の力も増していた。
(レヴィ様は、私の幸運の天使様なの……。でも、このままだと、スザンナと同じように、地方へ飛ばされてしまうっ)
「なにか臭うな……。ああ、お前の頭からか」
マリアンナを冷めた目で見下ろすテレンスが、はっ、と鼻で笑った。
わけがわからないまま、震える手で頭に触れたマリアンナは悲鳴を上げていた。
「いやあっ! な、なにこれ!?」
マリアンナの頭には、あれほど可愛がっていたレヴィの鳥――ロッティの糞がこびりついていたのだ――。
「――お前が役目を果たせていないことは、よくわかった」
テレンスに見限られたマリアンナは、幸運の天使との別れを察して、その場で崩れ落ちていた。
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