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しおりを挟むテレンスに強く抱きしめられたレヴィだが、ロッティの言葉が耳に残っており、心から喜ぶことができなかった。
(怪我をしたのは、テリーのせいじゃないけど、でも、みんなが不満を募らせている……。このままじゃ、テリーが嫌われ者になっちゃう)
なんとか距離を取ったレヴィは、さっとテレンスの格好を確認する。
金髪碧眼のテレンスによく似合う白い騎士服は、出発前と同じ、綺麗な状態だった。
「僕、テリーに聞きたいことが――」
「ああ、私も婚儀について話したいことがたくさんあるんだっ! でも今は、勇者様に会いに行こう。私たちをお待ちくださっているからね?」
いつもならば、レヴィの僅かな変化にも気付くテレンスだが、今はそれどころではないのだろう。
さあ、とレヴィの手を引くテレンスは、かなり浮かれている。
そして、廊下で待機していたジークフリートも、テレンスの行動には呆気に取られていた。
――この世から魔物を抹殺するまでは、決して教会から出てはいけないよ。
幼い頃から、口癖のように話していたテレンスの言葉が蘇る。
そう約束していたテレンスが、今はレヴィを外の世界へと連れ出そうとしているのだ――。
(ようやく勇者召喚に成功して、喜ばしいことだってわかってるけど……。すごく、強引っ)
ジークフリートの騎士服には血が付着しており、所々、斬り裂かれたような箇所があった。
目の下の隈も濃く、擦り傷の目立つ頬もやつれてしまっている。
一目で疲労の色が見て取れ、まだ治癒を施してもらっていないのだとわかったレヴィは、思わず顔を顰めていた。
いくら異世界から勇者が召喚されたからといって、逃げるわけでもない。
待つと話してくれているのなら、どうしてジークフリートの治癒を優先しないのか。
ほんの数分で済むことだというのに――。
今のテレンスの行動は、レヴィにはとてもじゃないが、信じられなかった。
(ジークフリート様は、側近だけど、テリーの友人でもあるのに――)
それに、治癒能力を使用してはいないが、早朝から動き続けていたレヴィも疲労している。
それでもグイグイと手を引っ張られたレヴィは、「い、痛いよ、テリーっ」と告げたが、テレンスには聞こえていない様子だった。
(こんなこと、初めて……)
戸惑うレヴィの前に、長身の男が立ち塞がる。
ベアテルの姿を目撃した瞬間、されるがままだったレヴィは、テレンスの手を振り払っていた――。
「っ、ベアテル様ッ!!」
悲鳴のような声を上げたレヴィは、迷うことなくベアテルの手を取った。
集まっていた聖女候補たちが息を呑んでいたが、気にしている場合ではない。
廊下であろうとも、レヴィは即座に祈りを捧げていた。
なにせ全身に魔物の血を浴びていたベアテルは、端正な顔にまで血がこびりついていたのだ――。
(平然と立っているけど、辛いに決まってるっ)
無事帰還したことが奇跡だと思うレヴィは、祈りに全身全霊を注ぐ。
すると、きら、きらと、透明な光が、瞬く間にベアテルの傷を癒やしていく。
レヴィの行動に目を見張っていたベアテルだが、心地よさそうに黄金色の瞳は伏せられた。
皆には畏れられていても、レヴィにとっては大切な友人だ。
お粗末な治癒能力しか使用できないレヴィにのみ、その身に触れることを許してくれる。
ベアテルのおかげで、レヴィは今も聖女候補として大切にされていると言っても過言ではない。
(皆から敬遠されているベアテル様は、渋々、僕を選んでいるのかもしれない。でも……)
それでも、ベアテルの存在は、己を出来損ないだと思うレヴィに自信を持たせてくれる、特別な人だった。
テレンスから無言の圧が放たれ、固唾を飲んで見守る騎士たちに緊張が走っていたが、必死に祈っているレヴィが気付くことはなかった――。
そしてレヴィはベアテルの手をそっと離し、次はジークフリートの手を取っていた。
「っ、レヴィ様、俺のことは……」
「僕では力不足かもしれませんが、全力で癒やしますっ!!」
一歩も引かないレヴィを見つめ、くしゃりと笑ったジークフリートが、レヴィの手を握りしめる。
心からの祈りを捧げたレヴィだったが、一分も経たないうちに、周りがざわつき始めた。
「無茶ですっ! やめさせてくださいっ!」
「今は時間がないんです! アニカ様っ! 止めてくださいっ!」
「そうです! 勇者様がお待ちなのですっ! だ、誰か、代わりに治癒を――」
見守っていた騎士たちが、アニカに止めに入るように訴えている。
それでもアニカは静観しており、レヴィは治癒に集中する。
ジークフリートの頬にあった擦り傷は、少しずつ癒えているのだが、皆の目には治癒の光が見えていない――。
(ううっ。ベアテル様の時とは違って、すごく疲れる……っ)
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