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22 ジークフリート
しおりを挟むウィンクラー辺境伯からの贈り物は、とんでもない代物だった。
中立を保つ辺境伯との友好の証。
特に、側妃の息子であり、後楯のないテレンスにとっては、喉から手が出るほど欲していたものだった――。
(レヴィ様に何かあれば、ウィンクラー辺境伯家が黙っていない。つまり、レヴィ様の伴侶となるテレンスは、ウィンクラー辺境伯家の後楯を得ることになる――)
密かに玉座を望むテレンスの願いが、叶うかもしれない。
それも、今まで散々テレンスに功績を横取りされ続けていたベアテルが、自らテレンスを支持すると示しているのだ。
テレンスが驚喜するのも、無理はなかった。
それなのに――。
「今までいただいた贈り物の中で、一番嬉しいっ!!」
ジークフリートの目から見れば、なんの価値もなさそうに見える産まれたばかりの雛だ。
それを、大切そうに撫でるレヴィ・シュナイダーが、心の底からの笑みを浮かべているのだから、三人揃って間抜け面を晒してしまった――。
「この子の名前、なにがいいと思いますか?」
きゅるんとした紫水晶のような瞳に見つめられたジークフリートは、指先を顎に触れさせ、考える素振りを見せた。
冷静を装ってはいるが、ジークフリートの胸は高鳴っている。
離れた距離にいるというのに、純粋無垢な天使の笑顔は、破壊力抜群だった。
「――ロッティ、かな?」
「ロッティ! 最高に可愛いですッ! さすが、ジークフリート様っ。ん~、迷うぅ……」
小さな桃色の唇を尖らせるレヴィ・シュナイダーは、己がどれほど愛らしいのかを自覚していない。
動物とは接触させないよう、細心の注意を払っていたテレンスでさえ、うっとりとレヴィを見つめている。
そして、基本的に無表情を保つベアテルですら、レヴィの愛らしさを脳裏に焼き付けるかのように、目を逸らさずに見つめ続けていた。
「うわぁ、ふわふわぁ~。癒やされるっ」
「「「…………」」」
レヴィが雛に頬擦りをし、愛らしさは限界を突破してしまった。
さっと口許を手で隠したテレンスは、だらしない顔をしているのだろう。
ベアテルに至っては、鍛え上げられた体が小刻みに震えていた――。
(今もレヴィ様を想っていることは、なんとなくわかっていたけど……。結ばれることはないとわかっていて、そこまでするか……? いや、ベアテルだけの考えではないな)
ウィンクラー辺境伯からの贈り物を受け取っている以上、辺境伯夫人からの贈り物だけを拒否することなどできない。
レヴィに動物との触れ合いを禁止しているテレンスだが、友好の証を前にすれば、レヴィが雛を飼うことを許可すると考えたのだろう。
頭の切れる辺境伯夫人の策だと、ジークフリートは見抜いていた――。
「クローディアスくんは元気ですか?」
にこにことしたレヴィに問いかけられ、ベアテルは鋭い目元を和らげた。
クローディアスの話になると、ベアテルは途端に優しい顔をする。
だが、ベアテルは深く頷くだけで、これ以上話をする気はないことがわかり、レヴィはしょんぼりとしてしまっている。
それでもテレンスの前で、ベアテルがレヴィに答えることはない――。
ベアテルの親友であるジークフリートは、不憫な友を想い、目を伏せた。
テレンスの率いる魔物討伐部隊は、強者揃いではない。
まともに戦えるのは、ベアテルとジークフリートくらいだろう。
そう、文武両道で剣の腕が優れていると評判のテレンスだが、実際は凡庸なのだ。
『よくやった、ベアテル。あとは私に任せろ!』
毎度、頼もしい言葉を告げるテレンスが、魔物の群れを率いるボスの息の根を止める。
まるで連携しているように思えるが、テレンスは、ベアテルが瀕死状態まで追い込んだ魔物を仕留めているだけなのだ――。
それでもベアテルが文句を言わないのだから、ジークフリートが苦言を呈することなどできない。
それにテレンスは、国王陛下に溺愛されているのだ。
王太子の座は、正妃の息子であり、第一王子のリュディガーにと話してはいるが、未だ正式に認めてはいない。
テレンスが功績を上げ続け、リュディガーよりも国王に相応しいと判断されれば、即座にテレンスが立太子するだろうと、一部の者たちの間では囁かれていた――。
そして、クローディアスが抜けた今。
異世界から勇者が召喚されるまで、テレンスが率いる魔物討伐部隊は、苦戦を強いられるだろう。
束の間の癒やしの時間を、しかと噛み締めるジークフリートは、幼馴染みのスザンナの分まで、レヴィの笑顔を堪能していた――。
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