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 クローディアスとの出来事が、まるで夢だったかのように、レヴィはいつも通りの日常を過ごしていた――。

 レヴィが寝込んでいる間に、ベアテルとクローディアスは辺境伯領に帰っていた。
 そしてマリウスも、クローディアスの世話係として旅立った。
 王都を旅立つ時、既にマリウスの顔面はパンパンに腫れていたそうだ。
 マリウスは自業自得だと思うが、クローディアスと別れの挨拶ができなかったことが悔やまれる。

 そして、クローディアス以外の動物と、意思疎通が図れるのかを知りたくとも、レヴィは教会の外に出ることもできず、動物と関わる機会もない。

(テリーに、よく考えて行動するようにと言われたばかりなのに……)

 大理石の床を、これでもかと磨き上げたレヴィの脳内は、どうにかして動物と関われないだろうかと、そのことで頭がいっぱいだった――。

「平和ですね、レヴィ様」

 あふれんばかりの笑顔のマリアンナに、レヴィは口角を上げるだけに留めた。
 マリアンナが笑顔なのは、おそらくスザンナが教会を離れたからだろう。
 王命によって、スザンナは辺境伯領の聖女として活動することが決まったのだ。

 成人してすぐ聖女として認められたスザンナは、とても名誉なことだというのに、泣いて嫌がっていたそうだ。
 王都を離れれば、家族とも会えなくなる。
 寂しい気持ちがわからないわけではないレヴィだが、スザンナが羨ましかった――。

「今日も、テレンス殿下がお見えになるそうですよ? よかったですね」

「……ええ」

 レヴィは心ここにあらずといった返答だったが、マリアンナは嬉しそうに笑っている。
 レヴィとテレンスの仲睦まじい姿を見ることは、娯楽のない生活を送る聖女候補たちにとっては、ささやかな楽しみでもある。
 皆のためにも、レヴィはなんとか気持ちを切り替えていた。

 異世界から勇者を召喚する儀式のために、忙しい身でありながら、ここ一週間、テレンスはレヴィの顔を見るためだけに教会に足を運んでくれている。
 嬉しく思うが、レヴィは申し訳ない気持ちの方が大きかった。

(無理しなくていいよって、僕から言った方がいいよね……?)

 レヴィがテキパキと掃除用具を片付けていると、教会の扉が開いた。

「レヴィ」

「「「~~ッ!!」」」

 名を呼ばれて振り返れば、颯爽と現れたテレンスが、レヴィの額に口付けを落としたのだ。

(っ、み、みんなの前では、やめて~~ッ!!)

 レヴィを含む聖女候補たちにとって、テレンスの行動は刺激が強すぎる。
 現に、何人かはテレンスに目が釘付けだ。
 こういったことに疎いレヴィでもわかるくらいに、熱に浮かされた目をしている。
 頭が痛くなるレヴィだったが、刺すような強い視線に気が付いた。

「っ、ベアテル様……」

 片手に荷物を抱えたベアテルが頭を下げ、レヴィの纏う雰囲気が、ぱあっと華やいでいた。
 ベアテルから、クローディアスの話が聞けるかもしれない。
 元気だろうか。
 マリウスを踏みつけていないだろうか。
 次々に聞きたいことが思い浮かぶレヴィの肩を、テレンスが抱き寄せる。

「ウィンクラー辺境伯から、クローディアスの命を救ったお礼の品が届いているよ」

「っ、お礼だなんて――。クローディアスくんが元気なら、僕はそれで充分です」

「ふふっ。謙虚だね、レヴィは……。立ち話もなんだし、部屋に行こうか」

「はいっ」

 テレンスに促され、喜びを隠しきれないレヴィは、早足で応接室に向かっていた――。





 レヴィとテレンスが並んで長椅子に腰を下ろし、対面にベアテルが腰掛けた。
 紅茶を用意してくれたマリアンナが退出し、ジークフリートは部屋の隅で待機する。

「クローディアスの命を救ってくれたことを、ウィンクラー辺境伯家一同、心から感謝している」

「いえ、僕は自分にできることをしたまでです」

 レヴィが微笑むも、ベアテルは無表情だ。
 動物と触れ合いたいという願いで、頭の中がいっぱいになっているレヴィとは違い、先日の出来事を忘れてしまったかのように、ベアテルは淡々とした態度だった。
 レヴィが気落ちしていると、四角い木箱を丁重に机に置いたベアテルだが、箱は開けずになにやら懐から取り出した。

「これは、父上からだ」

「……ありがとうございます」

 なんの変哲もない木の板のようなものを目にし、テレンスが息を呑んだ。
 ひとまず受け取ったレヴィだが、使い道がさっぱりわからない。
 ただ、板に描かれた大きな盾を持つ熊の紋章は、ウィンクラー辺境伯家のものである。

(大きな熊さんだっ。可愛いっ)

 にこにことしているレヴィを、黄金色の瞳がじっと見つめている。
 美形の無表情は迫力があるのだが、ベアテルの口許が僅かに緩んだ気がした。

「ベアテル。本当にいいのかい?」

 青い瞳がこれでもかと煌めき、テレンスが驚喜している。
 テレンスは、レヴィよりも喜んでいた。
 身を乗り出す勢いのテレンスに驚いたレヴィだったが、ベアテルは無表情に戻っていた。
 深く頷いたベアテルが、今度は木箱を差し出す。

「それからこれは、母上からだ」

「~~~~~~ッ!!!!」

 木箱を開ければ、黄色の毛に覆われた物体が、ひょっこりと顔を出す。
 つぶらな瞳が愛らしく、丸いフォルムの雛が、レヴィの小さな手の上に乗った。
 尻をふりふりとさせる姿に、レヴィは悶絶する。

(っ、か、可愛いぃぃぃぃ~~ッ!!!!)

「ベアテル様ッ! ありがとうございますッ!」

「…………ああ。いや、こちらこそ――」

「今までいただいた贈り物の中で、一番嬉しいっ!!」

「「「…………」」」

 レヴィの発言に、テレンスとベアテル、ジークフリートまでもが呆気に取られる。
 だが、喜びすぎて半泣きになっているレヴィは、ベアテルに何度も感謝の言葉を述べていた。

















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