召喚された最強勇者が、異世界に帰った後で

ぽんちゃん

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 ピリピリと張り詰めた空気の中、「私もレヴィと同意見だよ」と声を上げたのは、やはりテレンスだった。

「弓の技術が未熟な故に、悪意があったわけではないのだが……。クローディアスに怪我を負わせた者には私が叱責し、鞭打ち二十回を行っている」

(む、鞭打ち!? そんなに厳しい罰を与えていたの……?)

「それでもまた同じようなことが起こるのなら、その者には討伐部隊から脱退してもらうつもりだ。戦力はひとりでも多い方が良いのだが、和を乱す者は私の部隊には必要ないからね」

 厳しい口調で話したテレンスは、レヴィを安心させるように微笑んだ。
 レヴィが知らないだけで、テレンスは既に動いてくれていたのだ。

「私も熱が入って、その者には魔物討伐後に五時間は指導している。今後、二度と同じことが起こらないよう、私も目を光らせておくよ。だから安心して? レヴィ、私を信じて――」

 真剣な眼差しのテレンスが、再度レヴィに向かって手を差し伸べる。
 信頼できると判断したレヴィが、テレンスの手を取ろうとした、が――。

『はんっ。かっこいい感じに話してるけど、要するに、ふたりは五時間していたってことだよ!』

「っ!?」

 ぎょっとしたレヴィは、咄嗟にクローディアスに抱きついて顔を隠していた。

「ヒッ!! レ、レヴィ様っ!?」

「っ、怪物にあんなことをして大丈夫なのか?!」

 騎士たちの驚愕する声が聞こえてきたが、表情を取り繕うことができなくなってしまったレヴィは、それどころではなかった。

「ちょ、ちょっと静かにしてくれる? 僕、混乱しちゃって――」

『だって、マリウスの野郎の顔を見てよ! まったく反省してないからっ!』

 小声で話していたレヴィが顔を上げれば、クローディアスの話した通り、マリウスは涼しい顔をしていた。
 レヴィと同じように華奢な体付きで、戦えるようには到底見えない容姿である。
 弓が苦手なだけだと言われれば、そうなのかと納得してしまいそうな雰囲気の若い騎士だ。

(……なんで平気な顔をしていられるのだろう? まるでテリーが、守ってくれるのをわかっているかのような顔――)

 レヴィがマリウスに向ける訝しげな視線に気付いたのか、一瞬、テレンスの雰囲気が変わった。
 ゾッとするような無表情だった気がしたが、レヴィの気のせいかもしれない。
 今のテレンスは、幸せを掻き集めたような表情で、レヴィを愛おしげに見つめている。
 
「それでもレヴィが納得できないのなら、その者の処罰は、ウィンクラー辺境伯に任せよう」

「っ、テレンス殿下ッ!?」

 ここで初めて、マリウスが悲鳴のような声を上げた。
 信じられないと言わんばかりの顔でテレンスに視線を送り続けているが、テレンスはマリウスを見ようともしなかった。

「領地に着くまでは、クローディアスの世話係として働いてもらおう」

「――……ッ!!」

「ベアテルも、それでいいかい?」

『いいよ! 次に僕に近付いたら、絶対に踏み潰してやるっ!!』

 隣からうきうきとした声が聞こえた気がしたが、レヴィは聞こえないふりをした。
 暫く沈黙していたベアテルが了承し、騎士たちは緊張の糸がほどけたように安堵の息を吐く。
 ただひとり、この世の終わりのような顔をするマリウスだけは、顔から血の気が引いていた。

 なにはともあれ、これで決着がついた――。

 レヴィが安堵した時、急にクローディアスが立ち上がった。
 赤い瞳が炎のように燃えている。
 命を狙われ続けた怒りからか、マリウスのもとへ一直線に向かったのだ。

「止まれっ!! クローディアスッ!!」

「ヒィィィッ!! 暴君を怒らせたぞッ!! 逃げろッ!!」

 ベアテルが必死に手綱を引いているが、クローディアスは止まらなかった。
 そして皆はクローディアスが立ち上がれると思っていなかったのだろう。
 絶叫する騎士たちが我先にと逃げ出し、中には腰を抜かして這いつくばって逃げている者もいる。

「たっ、たすけて……っ」

 瞬く間に距離を詰めたクローディアスに見下ろされたマリウスが、可哀想なくらいにガタガタと震え上がっている。
 立っていられなくなったのか、尻餅をついたマリウスに向かって、興奮状態のクローディアスが右足を振り上げた。

 最悪の事態を想像した瞬間、レヴィは力の限り叫んでいた――。

「っ、クローディアスくんッ!! 踏みつけちゃダメだよっ!!」

『はぁ~い』

 緊迫した場に似合わない、可愛らしい返事をしたクローディアスが、見下ろしていたマリウスから顔を逸らし、ふんっとそっぽを向く。

「ブフォッ!!」

 トコトコと、軽い足取りでレヴィのもとへ戻ってきたクローディアスが、褒めてほしそうに尻尾を揺らしている。
 背後には、長い尻尾によって、顔に強烈なビンタを食らったらしいマリウスが、白目を剥いて倒れていた――。

「……悪意があるわけじゃ、ないんです」

 呆然と立ち尽くすテレンスとベアテルから、痛いくらいの視線を浴び続けるレヴィの呟きは、風に乗って消えていた――。











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