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 さっきまで落ち着いていたのに、なにがあったのだと、遠巻きに見ている者たちが悲鳴を上げる。

「おいっ、どうした。落ち着け、クローディアス」

 ベアテルの魅力的な低い声を掻き消すように、『いやだああああー!!!!』と駄々っ子のような声が響き渡る。
 今は子供はどこにもいないはず。
 それなのに、幼子のような高い声は、ベアテルの方から聞こえて来るのだ。

『僕、ご主人様と離れたくないよー!! ここに残るっ!!』

「なんだ? まだ腹が痛むのか……?」

『僕は元気だよっ! 五年も一緒にいるのに、僕の気持ちが全っっ然わかってないんだからっ!』

「ああ、腹が減ったのか。クローディアスは大食いだからな?」

『~~っ!! もう、ベアテルなんかあっちにいけ!!』

 可愛らしい高い声が、巨大な馬の方から聞こえてくるのは、レヴィの気のせいではなかった。
 しかもその声は、レヴィ以外の者たちには聞こえていないようだった。

 馬の声が聞こえたことも信じられないのだが、幼子のような口調のギャップに、レヴィはあんぐりと口を開けてしまう。
 大暴れしているように見える巨大な馬は、ただ領地に帰りたくないと訴えているだけなのだ――。

 そして会話は成立していないのだが、ベアテルは「全く。さっきまで死にかけていたくせに……」と嬉しそうに呟き、ふっと笑っていた――。

(これって、ベアテル様に教えてあげた方がいいのかな? ……あっちに行けって言われてるけど)

 たんまりと肉を用意してやる、と愛おしそうに馬をなだめるベアテルを見ているだけで、レヴィの心が痛む。
 クローディアスの気持ちを伝えようか迷っていると、教会の方から騎士が走って来る姿が見えた。

「討伐部隊が到着しました!! 至急、広間にお戻りください!!」

『討伐部隊って……。もしかして、金髪王子が来たの!? は、早く逃げないと!! あいつ、何度も僕を殺そうとしてくるんだ!!』

「っ……なんだって!?」

 衝撃的な言葉が耳に届き、レヴィはたまらず声を上げていた。

(っ、やっちゃった……)

 皆驚いていたが、レヴィはテレンスが帰還して喜んでいると、勘違いしていた。
 不審者扱いされずに済んだレヴィが安堵していると、聖女アニカを先頭に、聖女候補たちが教会の方に駆けて行く。

「レヴィ様! 私たちも行きましょう!」

 馬が怖いのか、離れた位置にいるマリアンナに声をかけられる。
 テレンスに会いたい気持ちは山々だが、クローディアスのことが気になるレヴィは、首を横に振っていた。

「僕はここに残ります。クローディアスくんが心配ですし、それに、僕が行っても力にはなれませんから――」

 事実を述べて、己の言葉に傷付くレヴィだが、笑ってみせた。
 テレンスは今もなお、レヴィに治癒を望むことはない。
 加えて毎回、無傷の勝利である。
 念の為に、疲労回復の治癒を施してもらっているが、テレンスはいつもスザンナを選んでいるので、レヴィは必要ないだろう。

「っ、そんなことは……。でも、レヴィ様のお姿がなければ、きっとテレンス殿下が心配なさいます」

「敷地内にいるのに?」

「っ……そ、そうですけどっ」

 しばらくその場であたふたしていたマリアンナだが、やはり馬が怖いのだろう。
 何度も振り返りながら、渋々といった様子で教会に向かった。
 そしてレヴィは、愛馬を宥めるベアテルに、気になっていることを問いかける。

「ベアテル様。クローディアスくんの傷について、お聞きしたいことがあるのですが」

「……ああ、だが今は――」

「矢に塗られた毒によって負傷したように見えますが……。魔物は、弓矢を使いませんよね?」

 クローディアスの話が真実かはわからない。
 だが、負傷した理由は、魔物にやられたものではないことだけは、討伐に参加したことのないレヴィでもわかっていた。

『さすが僕のご主人様だっ! そうだよ、僕を殺そうとした犯人は、金髪王子の腰巾着だっ!!』

 ブルルッと鳴き、どこか凛々しい顔のクローディアスが話しているが、決してレヴィを見ようとはしないベアテルは沈黙していた――。
















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