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「――毒の影響かもしれない。普段はこれくらいの傷じゃ、倒れたりしないんだ」

 腹部を見つめるベアテルが、目を伏せる。
 もう助からないと諦めているのかもしれない。
 だが、力無く横たわっている馬の真っ赤な瞳が、生きたい、と、ベアテルのそばにいたいと、願っているように見えた――。

「すぐに助けるからっ」

 レヴィが祈りを捧げれば、きら、きらと、透明な光が馬の体を包み込む。
 特に、矢に刺されたであろう腹部には、細氷のような光が集中していた。
 とても気持ちよさそうに赤い瞳が細められる。
 安堵するレヴィは、治癒が成功したのだと確信していた――。

「クローディアスッ!!」

「あっ! ふふっ、くすぐったいよぉ~」

 ベアテルの愛馬――クローディアスに、レヴィの匂いを嗅ぐかのように、すりすりと顔を擦り付けられる。
 初めての動物との触れ合いに、レヴィはかつてないほどの幸福感に満たされていた――。

 
 誰にも懐かない『ウィンクラーの怪物』と呼ばれるクローディアスが、レヴィにあっさりと心を許している光景は、遠目から見ている全ての者たちに衝撃を与えていた――。


「――……奇跡だっ」

「はいっ! 奇跡が起きました! 助けることができて、本当によかった……」

「…………」

 なにか言いたげにするベアテルが、少し開いていた口を閉じる。
 言葉を飲み込むような素振りを見せたことが気になったが、ベアテルの愛馬を助けられたことに歓喜するレヴィは、にっこりと笑っていた。

(ベアテル様がそばにいてくれると、奇跡が起こるのかもしれない――)

 嬉しくてたまらないレヴィが元気になった巨大な馬と戯れあっていると、ぽんと大きな手がレヴィの頭に乗せられる。

「クローディアスのよだれで、可愛い顔が汚れるぞ」

「っ……」

 雰囲気が柔らかくなったベアテルに、優しく頭を撫でられたレヴィは、知らぬ間にぽっと頬を染めていた。

(――今……か、可愛いって言わなかった……? 僕のこと、だよね? ……いや、クローディアスくんかな?)

 聖女候補たちから密かに人気のあるベアテルだが、熱い視線を送られたところで、いつも決まって無視していた。
 そういったことにまるで興味がない様子だったベアテルが、可愛い、と口にしたのだ。
 今日は愛馬のこともあってよく喋っているが、普段の寡黙なベアテルを知っているレヴィが驚くのも無理はなかった。

「少し、アニカ様と話してくる。危険だと思ったら、俺を――。いや、あなたなら大丈夫か」

 小さく笑ったベアテルが、ぽんぽんとレヴィの頭を撫でてから立ち上がり、颯爽とアニカのもとへ向かう。
 ドキッとしてしまったレヴィは、クローディアスの頬に熱くなる顔を押し付けた。

「ね、ねぇ。どっちだと思う……? 可愛いって、僕のことかな? それとも、やっぱり、クローディアスくんが可愛いのかな?」

『ご主人様ッ♡』

 どこからか高い声が聞こえてくる。
 きょろきょろと辺りを見回したレヴィだが、皆あんぐりと口を開けているだけで、誰も言葉を発しているようには見えなかった。
 それからすぐにベアテルが戻って来て、レヴィは慌てて立ち上がる。

「あなたには心から感謝している。だが、事情があって、今日のことは内密にしてほしいんだ。本当に申し訳ないのだが――」

「はい、かまいませんよ」

 どこか深刻そうな面持ちのベアテルが、周囲を警戒していることに気付いたレヴィは、すぐに頷いていた。

「……助かる。今は時間がないから、お礼は後日させてくれ」

「っ、お礼だなんて――」

「いや、クローディアスは我が家の大切な家族なんだ。俺だけでなく、父上も同じ気持ちだろう。クローディアスを休ませるために、一旦、領地に戻ってから、必ずあなたのもとを訪ねる」

 お礼をしてほしいわけではないのだが、またベアテルに会いたいと願うレヴィが頷けば、安堵するように微笑んだベアテルが手綱を引く。
 長身のベアテルより、さらに大きなクローディアスが立ち上がる。
 だが、今まで大人しかったクローディアスが急に暴れ出し、まるで地震が発生したかのように、地面がぐらぐらと揺れ始めた。

「っ、暴れ馬が暴走したぞッ!!」
















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