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第十一章

250 ただのバカップル

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 ──夕暮れ時のユリノクト邸にて。

 お姫様が使用するような天蓋が目を引く寝台には、ウォーミングアップを終えた二匹の猫が、大の字になって息を荒げていた。

 頭にふさふさの真っ黒な猫耳をつける癒しの聖女様は、鼻に当てたタオルを真っ赤に染める、無様な隣の変態猫に腕枕をしてやるために、抱き寄せる。

 マルベリー色の髪に、ふさふさの真っ白な猫耳をつけた麗しいお顔の宰相殿は、可愛げのない黒猫の腕を外し、自らが腕枕をしようと動く。

 互いに腕枕をしようとマウントを取り合う俺たちは、じゃれつくただのバカップルだった……。



 語尾に『にゃん』をつけて話せと、無理難題を言ってくる笑顔のランドルフ様は、俺の頭を撫でまくっている。

 顔をふるふると振って嫌がる素振りを見せる俺は、本当は猫ごっこなどするつもりはなかったのだが、やむを得ない事情により猫耳を装着していた。

 「なぁ。これつけたんだから、孤児院に行っても良い?」
 「私もつけたのにですか?」

 特注品の真っ白な猫耳に触れて、『これはイヴにゃん専用なのに……』と不満を漏らすランドルフ様に、俺は茶化すなと不機嫌そうに目を細めた。

 「私たちだけでは不安なのですか?」
 「そういうわけじゃないけど……」

 口ごもる俺に、ランドルフ様は悲しげに眉を下げた。

 以前、ローランド国全体に力を使用した時は余裕があったが、全世界となると、正直自信がない。

 助けを求めている各国には、近々癒しの聖女様が動くことを知らせているわけで……。

 自らが実行すると宣言したし、絶対に失敗出来ないプレッシャーに、俺は頼れる義弟に会いたい気持ちが募っていた。

 だから、セオドアに会いに行きたいとお願いしてみたのだが、恋人全員が渋っている。

 なにをそんなに深刻に考えているのかわからないが、きっと俺の精神面を心配しているのだと思う。

 今でも孤児院に顔を出しているセオドアは、現在もマクシミリアン副団長と行動を共にしている。

 だが、皆が警戒しているであろうマクシミリアン副団長は、ご両親から俺に接近することを禁じられているらしい。
 
 危害を加えられることはないだろうが、みんなは俺の身を案じてくれているようだ。

 逞しくなった腕に顔を乗せる俺は、嬉しそうに目元を和らげるランドルフ様を真っ直ぐに見つめた。

 「テディーの力も必要だと思うんです」
 「……わかりました。なんとか調整してみます」
 
 イヴの頼みですからね、と微笑むランドルフ様に、俺はガッツポーズを決める。
 
 「ありがとうございます! ラルフ様」
 「いえ。紋章を授かる者同士は、特別な関係ですからね。それに、二人は、他の者が割り込むことが出来ない、強い絆で結ばれていますから」

 全てわかっていると告げたランドルフ様は、穏やかな口調で話した。

 早速指示を出してくると起き上がったランドルフ様の背を見つめ、俺は待ったをかけた。

 猫耳を取ろうとする手を止めて、背後から抱きしめる。

 「俺たちだって、強い絆で結ばれていますよ?」
 「……すみません。意地の悪いことを告げるつもりはなかったのですが」
 「いや、ラルフ様と一緒にいるのに、他の人の話をしてすみませんでした。傷付けるつもりはなかった……。ただ、失敗したら、ラルフ様にも迷惑をかけてしまうと焦ってしまいました。ごめんなさい」

 ぎゅっと抱きしめる力を強めると、ランドルフ様の手が俺の腕に触れる。

 「私こそ、すみませんでした。イヴの心を乱すようなことを……」
 
 後悔しているように、どんよりとするランドルフ様の首筋に、俺はそっと口付けを落とす。

 「すごく乱れました」
 「っ、すみませんでした……」
 
 ランドルフ様の手に力が入り、俺は落ち込んでいるであろう恋人の顔を覗き込んだ。

 「だから、癒して欲しい……にゃん」
 「っ……」

 にこっと微笑むと、目玉が飛び出るんじゃないかと心配になるくらいに、目を見開くランドルフ様。

 無言で顔を凝視されて、欲しい言葉じゃなかったのかと、俺は首を傾げた。

 「今日は猫ごっこじゃないの?」
 「…………」
 「おーい、生きてますかー? ……って、本当に息をしてない!?」

 固まるお顔の前で、手をヒラヒラとしていたのだが、ランドルフ様の呼吸が止まっていた。

 激しく体を揺さぶると、ハッと意識を覚醒させたランドルフ様だったが、暫くぼんやりとしていた。

 「尻尾はどこ?」
 「っ……えっと……」

 のっそりと立ち上がり、フラフラと歩き出したランドルフ様が、卑猥な張形付きの尻尾を手にして戻って来る。

 ヤバイやつを用意していやがったと逃げ腰になるが、期待するようにマルベリー色の瞳を輝かせるランドルフ様を前にして、俺は観念する。

 寝台の上で膝立ちになり、側で突っ立っているランドルフ様の手を取った。

 「つけて? ラルにゃん」
 「ッ、グハッ!!」

 衝撃的だったのか、大切な道具を落としたランドルフ様が膝から崩れ落ちた。

 ガンガン床を叩いて悶絶するランドルフ様は、ついに狂ってしまったらしい。

 冷静沈着な宰相殿の乱れる姿を見たら、みんな驚くだろうな、と想像しただけで笑ってしまうが、恋人である俺だけの秘密だ。

 恋人の反応がいちいち面白くて、俺は結局、誰よりも猫ごっこを楽しんでいた。

 ……尻に卑猥な尻尾をぶちこまれてしまったが。


 「どう考えてもヤバイことをされてるのに、俺は変態を甘やかしている気がする……」
 「ふふふっ、嬉しいです。なんだかんだで、私の趣味に付き合ってくれるのですから……」

 ご機嫌なランドルフ様に抱きしめられる俺は、隙間なくピッタリとくっついてゴロゴロする。

 めちゃくちゃ幸せそうなお顔で俺を見つめるランドルフ様に、長い尻尾でこしょこしょと顎の下を擽ってやった。

 「っ……なんと妖艶な黒猫なのでしょう」
 「黒猫じゃなくて、イヴにゃんだろ?」

 ミスを犯した恋人に、俺はニタリと笑う。
 
 自ら猫ごっこがしたいと言ったんだから、そこは徹底しろよと、尻尾を鼻の穴に突っ込んでやる。

 言葉を失うランドルフ様のせいで、尻尾が血で濡れてしまったのは、言うまでもない。

 最初は、なにが面白いのやらと若干馬鹿にしていた遊びだったが、ランドルフ様のおかげで気持ちが軽くなっていた。

 久々にセオドアにも会えるし、やる気が湧いて来ている俺は、放心状態のランドルフ様の胸元にすりすりと甘える。

 「またやろうな、ラルにゃん」
 「うぐっ……。む、無理、です……」
 「……なんでだよ」

 いつのまにか夢の世界に旅立っていたランドルフ様は、悔しいほど絵になる美猫だった。


 猫ごっこを頑張ったおかげで、俺は翌日、久々にセオドアに会いに行けることになったのだが……。

 一言も話すことなく、退散することになった。












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