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第十一章

253 最後にもう一度だけ

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 かつて、セオドアと共に立っていた特設舞台に、今日は俺一人で向かう。

 肩には、しんしんと音もなく降り続ける粉雪が落ち、純白のローブに溶け込んだ。

 天候が悪いにも関わらず、奇跡の瞬間に立ち会うために、大広場には国民が集結していた。

 「きゃあああああ~~~~ッ!!」
 「癒しの聖女様だッ!!!!」
 「ようやくお目にかかれたぞぉっ!!」

 熱狂する国民の前には、第三、第四騎士団員がずらりと勢揃いしている。

 癒しの聖女様を崇拝する国民に、崇敬の眼差しを向けられる俺は、すうっと大きく息を吸う。

 舞台の中心に立ち、心を落ち着かせるように、ゆっくりと息を吐き出した。

 そして、舞台のすぐ傍には、王族とこの国の為に尽力する大臣等。

 絶対に成し遂げられると、俺を信じてくれている恋人や友人の姿を捉えた。

 期待の込もる眼差しを、一身に受ける。


 恋人たちに愛してもらい、癒しの力を漲らせる俺は、世界中の人々に向けて祈りを捧げる。


 ──疫病に苦しむ人々に癒しを。


 癒しの聖女様を中心にした黄金の光が、辺りを包み込むようにさーっと広がっていく。

 雪と光の結晶が世界を包み、静寂が訪れた。


 「「「っ……おおおおおおッ!!」」」


 誰かが感嘆の声を上げると、地鳴りのように国民の声が鳴り響く。

 彼らの声に後押しされ、魔物と対峙した時よりも、眩く強い光が放たれていた。

 手を上げて光を掴もうとする者、天を見上げて涙を流す者、その場で飛び跳ねる子供たち。

 奇跡だと歓喜する声を聞きながら、俺は祈り続ける。

 
 ──ドクンッ。


 一瞬、心臓が嫌な音を立てる。

 遥か彼方へと伸ばした力が、凄まじい勢いで吸い取られていく。

 「…………ッ」

 心拍数が上がっていき、肩で息をする。

 ブラックホールに飲み込まれるように、全身から力が抜けていく感覚。

 頭が割れるように痛いし、目眩がする。

 ……もう、祈りをやめてしまいたい。

 立っていることが出来なくなり、気付けば俺は両膝をついていた。

 体中に熱が巡っているのに、地に触れた足が氷のように冷えていく。

 それでも俺は、組んだ手を解くことなく、額に押し当てた。

 ローランド国から離れれば離れるほど、疫病の被害が大きくなっていることが、痛いほど伝わって来るのだ。


  どうか……、どうか、あと少しだけ。


 ──苦しむ人々を助けたいっ。

 

 ブォンッ、と耳元で風が裂くような音が鳴る。

 俺の体の周りに集まっていた、ふわふわとした黄金の光が、凄まじいスピードで四方八方に広がっていた。


 「っ、ダメ! もうやめさせてッ!!!!」
 

 泣き叫ぶような声に視線を向ければ、必死に俺に手を伸ばすアデルバート様が見えた。

 綺麗なライム色の瞳は涙が溢れ、絶望するような色を浮かべている。

 そんな彼の腕を強く掴んでいるジュリアス殿下の熱の籠もった目に、ドキリとする。

 必ず成し遂げろと、そう伝わって来る。

 すぐ傍には、いつでも駆け付けられるように、俺だけを見つめる専属騎士様が待機している。

 拳を握りしめているエリオット様が、どうしてか俺よりも辛そうな顔をしているのが気になった。

 じっと見つめていると、エリオット様の背後からは、珍しく焦った顔をするランドルフ様の姿。

 止めた方が良いのではないかと、考えているのだと思う。


 癒しの光に大騒ぎしていた国民たちが、俺の異変に気付き始める。

 「おい、あれ……」
 「癒しの聖女様のお姿は美しい、けど……、祈りを捧げているにしては、様子がおかしくないか?」

 先程までお祭り騒ぎだったはずなのに、辺りに異様な空気が流れていた。

 「オイ! 癒しの聖女様の様子がおかしい! 誰か見に行ってくれッ!」
 「癒しの聖女様になにかあったんだ! 苦しんでおられるっ!」
 「そんなっ!! 癒しの聖女様ッ!!」

 警備中の騎士の仲間たちが、俺の方を振り返り、動きを止める。


 俺は、みんなを心配させるほどの酷い顔をしているのだろうか……?

 でも、まだ世界中の人々を癒せていない。

 近隣国にすら行ったことがないのに、俺の頭の中には、病に苦しむ人々が映し出されている。


 薬を求めて彷徨う、見たこともない褐色の肌の人……。

 腰布だけを纏い、暴走している獣を追い払っている人……。

 顔中に発疹が出来て、今にも天に召されそうな赤子……。

 苦しむ人々の光景が、頭の中にどんどん流れ込んでくる。


 それと同時に、俺の体が、異常を訴えている。

 これ以上力を使えば、どうなるかわからないと。


 頭が割れそうな激痛を堪えて、愛する恋人たちを横目で見た俺は、まだいけると言わんばかりに、ニッと無理やり口角を上げた。

 
 俺一人の命で、苦しむ人たちを救えるのなら、俺は、限界を突破してやるっ。


 「屍になっても、俺は使命を全うするッ!!」



 ──イヴッ!!


 キーンと耳鳴りがして、俺の名を呼ぶ、悲鳴のような声が消えた。


 地についているはずの足の感覚が、ない。

 俺の想いを乗せた癒しの光が、一層強く放たれたのに、俺の視界はじわじわと闇に飲まれていく。
 
 
 ……どれくらい時間が経ったのだろう。

 一時間? 

 いや、まだ一分も経っていないのかも。

 
 『もうやめてッ!!』
 『癒しの聖女様ッ!!』
 『死の匂いがするっ! いやっ、離してッ!』
 『どうする、これ以上はっ……』
 『イヴッ!!』


 心臓が激しく動いていたはずなのに、今は、とくん、とくん、と、ゆっくりと心音が鳴る。
 
 踏ん張っていたけど、もう限界だ……。

 守りたい人たちの前なのに、ふらふらと、みっともなく体が揺れる。



 ──ああ、最後にもう一度だけ、会いたい……。



 俺の、世界で一番大切な宝物……。


  『っ……テディー』


 声を失い、口だけが動く。


 もうほとんど目が見えなくなっているのに、俺の視界に金色の光が差し込んだ。








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