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第十一章

242 祈りは無視される

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 病を抱える民を癒したり、他国の要人を出迎えたりと、慣れないこともあるが、やりがいのある日々を送り、気付けば秋を迎えていた。

 そして、気が付いた。

 俺は王妃教育とやらを受けていないことに……。

 そこで、ジュリアス殿下とランドルフ様に任せっぱなしになっていた公務を、少しでもお手伝い出来ないかとお願いしてみたのだ。

 二人からは、民を癒すことに専念して良いと言われていたのだが、その提案をした際には、物凄く喜ばれた。

 俺に出来ることは限られているだろうが、気合を入れて初めての会議に参戦したのだが……。

 いきなりピンチに陥っていた。

 「まだ四十だし、私でもいけるだろう」
 「やめておけ。恥を晒すだけだぞ?」
 「これも国のためだ」
 「我が家門は長男を差し出すことにする」
 「っ……妻子持ちだろう。見目が良いからと、誰でも良いわけではないのだぞ!?」
 「フッ、選ばれる確率が高い方を選ぶに決まっているだろう。あわよくば、その後に私も……」

 定例会議を終え、会議室を退出する重鎮たちの不穏な言葉に、俺は身震いする。

 彼らの目がギラついているのは、癒しの聖女様の伴侶になりたいからか。

 はたまた、不思議な力を手に入れたいからか。

 どちらにせよ好機だと判断している、俺の父様より歳上の方々から熱い視線を向けられる。

 澄ました顔をしている俺だが、内心大変なことになってしまったと怖気づいていた。



 事の始まりは、俺が『ローランド国全土を癒そうか?』と発言してしまったことが原因だ。



──遡る事、数時間前。



 「癒しの聖女様の評判もあり、王都に移住を希望する者が増えているようです」

 発言した大臣と目が合うと、嬉しそうに微笑まれる。

 俺の機嫌を損ねないようにしているのか、良いことがあれば、全ては癒しの聖女様のおかげだと結び付けているような気がする。

 気を遣わせているのだろうかとチラリと隣を見れば、思案顔のジュリアス殿下が、書類に記されている数値を指でなぞる。

 「それにしても、多い気がする」
 「はい。調査したところ、大半が病を抱える者でした。癒しの聖女様の治癒を望んでいるのだと予想していたのですが、少し気になることが……」
 「なんです?」
 「重病人以外は、癒しの聖女様のお力を受けることが出来ないとわかっていても、移住を希望しています。それも、王都より自然豊かな地に住う者が……」

 最後の言葉に、俺は首を傾げる。
 
 王都への移住希望者が、住み慣れた地を離れる決断をしたのは、本当に俺が目的なのだろうか……?

 「癒しの聖女様のお近くにいるだけで、病が治ると思っているのだろう」
 「病は気からと言うしな」
 「祝福の果実の影響もあるのかもしれない」

 癒しの聖女様の存在は、それだけ影響力があるのだと語る大臣たちは、特に気にするようなことでもないだろうと話していた。

 「嫌な予感がする」
 
 俺の隣に座るお方が、ぽつりと呟く。

 「でも、疫病が流行っているなんて報告は上がっていないよな?」
 
 ゆっくりと頷いたジュリアス殿下の碧眼は、不安な色を滲ませているように見えた。


 「ローランド国全体を癒そうか?」


 まあ、やれるかはわからないが、と心の中で思いながら発言してみると、思い思いの意見を述べていた重鎮たちの声が止み、会議室が静まり返った。

 皆から凝視されて、俺は目を泳がせる。

 だって彼らの中には、癒しの力を安売りするなと考えている者も多いはず。

 初回からやらかしてしまったと焦る俺は、この空気をどうにかしようと、慌てて口を開く。

 「病が流行りだしたのなら、これ以上拡散しないよう、今から動いた方が良いのではないでしょうか? それに、癒しの力で流行病が終息したとしても、また新たな病が流行することだってありえます」
 「…………」
 「なにより、国全体を癒せる力があるのかを、一度試してみたいと思っていたのですが……」

 言い訳がましくなってしまったが、持論を述べると、皆が難しい表情に変わった。

 「確かに良い案だと思います」

 助け舟を出してくれる甘い美声に顔を向ければ、真剣な表情のランドルフ様と視線が交わる。

 彼の声の力があれば、この場を乗り切れると確信した。

 「私も癒しの聖女様のお力が、国全土に及ぶのかを危惧していたところです。今回試すことで、もし癒しの力が足りないのであれば、皆様にも協力して頂かないといけないかと……」

 悩ましげな表情を浮かべた宰相を見た重鎮たちの目の色が変わる。

 「賛成です!」
 「ええ、私もその方が良いと思っておりましたっ!」
 「国民のために、お力を使うべきです!」

 ガラリと雰囲気が変わり、満場一致でさっそく俺がローランド国全体を癒す流れになっている。

 俺よりランドルフ様の影響力の方が凄いのではないかと思っていると、ジュリアス殿下は満足げな笑みを浮かべていた。

 「い、嫌な予感がする……」
 「大丈夫。まずは詳しく調査してから決めよう。あとは私たちがなんとかするから」
 「……ああ」
 
 なんとか頷いた俺は、疫病が流行らないことを、心から祈る。


 だが、神は俺の心からの祈りを無視しやがった。










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