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第十章
225 ローテーション
しおりを挟む紅茶を飲んで少し落ち着いた俺は、フォスナー侯爵の話を聞くために姿勢を正した。
「順を追って説明しますと、私はあの男を財務大臣の座から引き摺り下ろすために動いていたのですが……」
「っ、え」
話の初っ端から驚きすぎて、素っ頓狂な声が漏れてしまったが、フォスナー侯爵は気にしていない。
「不正の証拠は、容易に入手することが出来ました」
「……強っ」
「ただ、処罰するとしても、謹慎や横領した金銭を返還する程度で済むような額でした。罷免させるには、より強力な手札が必要になると、彼の行動を監視していたのです」
そこで、予想外の出来事が起こったと語るフォスナー侯爵は、眉間の皺が深くなる。
そして、癒しの聖女様に関する機密事項を漏らしたのは、リズベルト財務大臣だった事がわかった。
アルベニア国の人間から、金を巻き上げる魂胆なのだろう。
だからあんなに必死だったのかと、先程の財務大臣の行動を思い出した俺は、げんなりとする。
「アルベニア国から我が国に来訪するのは、国王陛下と王妃陛下だけではありません。全ての王女が、癒しの聖女様との謁見を求めています」
なぜ王女だけなんだと疑問に思うが、クラリッサ様のように、なにか重篤な病なのかもしれない。
「その……王女様たちは、病か怪我でも?」
「いえ。健康そのものです。そして三人の側妃も、訪問予定です。癒しの力で、肌艶を良くして欲しいそうです」
「…………正気ですか?」
自分でなんとかしろよと思わず呟いたが、フォスナー侯爵も俺に同意していた。
側妃たちは、癒しの力で王妃様だけが美しくなることが不満らしく、強引について来たらしい。
彼女たちは、癒しの力で若返ることができると思っているらしいが、美肌効果があるのかは俺だって知らないぞっ!?
くだらないと鼻で笑ったフォスナー侯爵は、神聖な力に対して、よくそんなことを言い出せたものだと、なぜか俺よりブチギレていた。
絶対に一人にならないようにと釘を刺され、そこは専属騎士様がいるから大丈夫だと頷く。
「なるほど。色仕掛けか」
「……へ!?」
フォスナー侯爵の話を最後まで聞かずとも、なにかを悟った様子のエリオット様は、露骨に嫌な表情を浮かべている。
「癒しの聖女様の伴侶にと、熱望しているようです。王女だけでなく、側妃も……」
「いや、無理です」
それ以上は聞きたくないとばかりに、俺は即座に拒否する。
詳しく話を聞けば、俺には見目麗しい婚約者が三人もいるから、今代の癒しの聖女様は、相手が美しい人なら誰でも受け入れる、尻軽だと思われているようだ。
専属騎士様に、王太子殿下、宰相と、次々と美形に手を出す、性に奔放な野郎だと勘違いをしているらしい。
むしろ、俺が美形な恋人たちに振り回されている気がするんだが……。
またしても魔性の存在だと誤認されているのかと、俺は遠くを見つめる。
「今代の癒しの聖女様が、男気に溢れる人物だと噂が流れております故、女性に恥をかかせるようなことはないと思い込んでいるようです」
「へ、へぇ……。ってまさか、来るもの拒まずだと思われてます?!」
返事をしないフォスナー侯爵に、なにか言えよ! と心の中で叫ぶ。
「癒しの聖女様と結ばれたことにより、不思議な力を得ることが出来るという情報も、既に知られている可能性が高いです」
「…………あのおっさん、全部喋ってるじゃないですか」
属国とはいえ、そんな簡単に話して良いことではないと思う。
ということは、情報を売って金にしたのか?
もしそうなら、国家反逆罪とかなんとかで、さっさと捕縛しようぜ!? と提案したのだが……。
財務大臣も馬鹿ではないので、自分が黒幕だとバレないように策を講じているし、罪を被せる身代わりまで用意している徹底ぶりらしい。
なんとかして証拠を掴むから、しばらくはなにも知らないふりをして、俺は王女様たちの前ではニコニコ笑っていて欲しいそうだ。
「打ち解けることは難しいと思いますが、なんとかやってみます」
「はい、よろしくお願い致します。先方は、どうにかして癒しの聖女様と結ばれようと動いてくると思いますので、ご留意くださいますようお願い申し上げます」
「っ…………無理だっ」
俺は王女様たちに襲われてしまうのかと身震いしていると、なぜかエリオット様が笑い始める。
「向こうはどうやら、イヴが愛でられる側だということを知らないようだ。一番大切な情報が抜けているな? ククッ……」
「っ、エリオット様っ!」
赤裸々な事情を話すなと憤慨する俺は、呑気に笑っているお方にじっとりとした目を向ける。
「そういうことでしたら、安心して調査を──」
「いや。一秒でも早くお願いしますね?」
口許をひくつかせるフォスナー侯爵が頷く。
癒しの聖女様が愛情を受け取る側だとわかっていて、今話に乗ってきたよな!?
俺のツッコミ待ちだったわけじゃないよな!?
じっと観察すると、なぜか照れ始めるフォスナー侯爵は、それからセオドアのことを語り出し、ちゃっかりと俺のご機嫌取りをして帰って行った。
そして、公務を終えたジュリアス殿下とランドルフ様が俺の部屋に集合し、先程の話を聞き終えて、深刻な面持ちで今後の対策を練り始めた。
「ふふっ、私の出番だね? ランドルフは刺客を追い返せないだろうから、大人しくしてて」
「なにを馬鹿なことを。この一年、イヴを守るために鍛えて来たのです。今では貴方のことも暗殺できますよ?」
「はっ。たった一年で私に敵うと思っているだなんて、この国の宰相はどうかしてる」
「貴方にだけは言われたくありません」
ジュリアス殿下とランドルフ様が口論し始め、エリオット様が二人を仲裁する……のかと思いきや、『私が毎晩イヴの傍にいるから安心しろ』と二人を煽る。
確かにエリオット様が最強なのだが、二人が納得することはなく、話し合いは深夜まで続いた。
そして、ローテーションが決まった。
就寝時に誰が俺と添い寝をするのかという、酷く迷惑なローテーションが……。
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