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第十章

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 ──後日。

 ジュリアス殿下にお願いされ、大勢の護衛を引き連れて庭園を散策する俺は、目的地に向かって歩みを進めていた。

 久しぶりに会う友人を驚かせたいと思っていたのだが、エリオット様が所用でいないため、護衛の人数が多すぎて、サプライズにはならない。

 王宮から出るわけでもないのに大袈裟だなと思いながらも、なるべく静かに歩いていると、楽しそうな笑い声が聞こえて来る。

 庭園の美しい花々に囲まれて、王子様の手を取り、黄色のドレスを身に纏う小柄な美少女が、妖精のようにくるくると踊っていた。

 「もうダンスを全部覚えたの? クラリッサ嬢は努力家だし、筋が良いね」
 「ありがとうございます! アルフレッド殿下の足を引っ張らないように、私、もっともっと努力しますねっ!」
 「ふふっ。無理は禁物だよ? 僕がリードするから安心してね」
 「とっても頼もしいですわっ!」

 お互いを思いやる仲睦まじい二人に、ほっこりとした気分になっている俺は、時間を忘れて初々しいダンスを眺めていた。

 踊り終えてお辞儀をした二人に拍手を送ると、顔を上げたクラリッサ様のお顔がパッと華やいだ。

 「イヴ様ッ!! お会いしたかったッ!!」
 
 先程までの雰囲気がガラリと変わり、ふわりとした黄を帯びた鮮やかな赤髪を風に靡かせて、飛び跳ねるように俺の元に走ってきたクラリッサ様。

 元気いっぱいの彼女を抱き留めると、俺を見上げる大きな翡翠色の瞳が、幸せそうにキラッキラに輝いていた。

 「足は大丈夫ですか?」
 「はいっ! ずっと自分の足で歩きたいと夢見ていたのに、今ではダンスも踊れるようになったんですっ! それに、もっと速く走ることもできますよ? タチアナには負けちゃいますけど……」
 「ククッ、タチアナさんと比べたら駄目ですよ。俺だって負けるかも」
 「まあっ! ふふふふふっ。イヴ様は、相変わらずお優しい方ですわっ♡」

 本気でタチアナさんに勝てるかわからないと思っている俺に、優しい言葉をかけてくれたと勘違いをしているクラリッサ様。

 すごく嬉しそうに笑っているので、訂正せずに微笑み返した。

 「ご無沙汰しております、イヴ様」
 「…………どうも」

 妙に親しみを込めて俺の名を呼ぶ美女の登場に、緊張で体が硬くなる。

 肩まで伸びる亜麻色の髪を耳にかけている、妖艶な美女に熱っぽく見つめられるのだが……。

 申し訳ないが、誰ですか?

 心の中で問いかけていると、顔を見合わせた二人がくすくすと笑い出した。

 「ふふっ、イヴ様? タチアナですよッ」
 「っ、え゛!?」

 クラリッサ様に耳打ちされた俺は、想定外のことにおかしな声が出てしまった。
 
 変装が得意なんですと語るタチアナさんは、垂れ目が印象的だったのに、今は猫目になっているし、まるで別人だった。

 「騎士の方に私の正体がバレてしまうと、いろいろと問題があるかと思いまして……」

 その言葉に、なるほどなと納得した俺は頷いた。

 「でも、本当に誰だかわからなくて驚きました。俺に、こんな美人な知り合いはいませんからね?」
 「っ…………び、美人だなんてッ。やっぱりイヴ様はお優しい王子様だわッ♡」
 「いやいや、本心ですから。それに、俺は王子じゃなくて……」
 「ッ、や、やだ。化粧が剥がれるッ」

 なぜか興奮し始めたタチアナさんが、俺の話を無視して、クラリッサ様の後ろに隠れてしまった。

 急にどうしたのかと顔を覗き込むと、素早い動きで躱される。

 いや、その動きは侍女がするようなスピード感じゃないだろう。

 顔が変わっていてもバレるぞと笑っていると、俺たちの様子を伺っている王子様に気が付いた。

 「あ、あのっ。お目にかかれて光栄です、癒しの聖女様……。僕、アルフレッド・ディ・ローランドと申しますっ!」
 
 わざわざご丁寧に挨拶をしてくれたアルフレッド殿下は、怯えるように藍色の瞳を潤ませている。

 クリストファー殿下と同じ瞳の色だが、俺を揶揄うことが趣味なお兄様とは違って、純粋そうな美青年だ。

 「クラリッサ嬢のことは、僕が必ず幸せにすると誓いますので、どうかご安心を……」
 
 あどけなさが残る表情だが、強い意志を感じられて、俺はよろしくお願いしますと頭を下げた。

 二人はダンスの練習中だったようで、もう一度俺に見て欲しいと、楽しそうに踊り始めた。

 「最近婚約が決まったばかりだと聞いたのですが、とても仲が良さそうで安心しました」
 「最初はそうでもありませんでしたよ? ただ、ある共通点があって……」
 「共通点?」
 「はい。お二人の初恋の人が、同じ相手だったんです。それで意気投合したようで」
 「へぇ、すごい偶然ですね? クラリッサ様はアルベニア出身なのに……」
 「ち、ちなみに、わ、私もっ……」

 急に小声になったタチアナさんの方を見ると、恥ずかしいそうに頬を染めて、俺を見上げていた。

 「私の忠告を聞いていなかったようだな?」
 
 気配のないエリオット様が颯爽と現れて、タチアナさんの顔が瞬時に引き攣る。

 以前、揉み合ったときに足の腱を斬られているから、きっとタチアナさんはエリオット様が怖いのだと思う。

 さりげなくタチアナさんを背に庇うと、エリオット様が不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。

 「男前が台無しですよ? 笑顔笑顔っ」
 「フッ。イヴに言われたくないな?」
 「っ、今はそういうことじゃなくて……、ああ、もうっ!」

 タチアナさんが怯えているのに、全然伝わらないと、肩を落とす俺。

 そんな俺の背に柔らかなものが触れて、体が硬直した。

 ……え、待ってくれ。これは、あれか?
 
 タチアナさんのお胸なのかと、ぶわっと頬が熱くなると、エリオット様が青筋を立てる。

 興奮しているわけじゃないと、ぶんぶんと首を横に振るが、ブチギレ三秒前である。

 「戻るぞ」
 「っ、はい!」
 
 すぐさま返事をした俺は、引き摺られるようにその場を離れる。

 近々、国民に癒しの聖女様のお披露目があるから、癒しの力を補充しようと語るエリオット様。

 力は漲っているから大丈夫だと言っているのに、俺の話を聞いちゃいない。

 『朝まで寝かせない』と、胸キュンな台詞を吐いているのだが、普段よりも低い声に、俺の背筋は凍っていた。

 



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