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第十章
216 兄弟喧嘩 アルフレッド
しおりを挟む式典後に、癒しの聖女様と共に食事の席についた僕は、一言も会話を出来ないまま彼を見送った。
王族に対して媚びるような態度を取らず、凛とした姿のイヴ・セオフィロス様は、以前会った時と全く変わっていなかった……。
柔らかな春風を受けて、庭園の花が楽しそうに揺れている中、ゆっくりと歩みを進める。
想いを告げることなく、初恋を諦めることになった僕は、複雑な気持ちになっていた。
◆
──昨夜。
いつも僕に優しい自慢の兄であるジュリアス兄様と、僕は喧嘩をしてしまったのだ。
事の発端は、僕が父様に、癒しの聖女様を伴侶として迎えたいとお願いしたことから始まった。
「僕も王族なのですから、癒しの聖女様の伴侶になれるのではないのですか?」
僕の発言に、食堂にピリッとした空気が漂った。
母様は困ったように眉を下げ、父様は黙々と食事を口に運び、僕を見ようともしない。
なぜ無言なのかわからずに、父様に視線を送り続けるが、聞かなかったことにされていた。
過去の文献には、三人の王子が癒しの聖女様と結ばれたと記されていたんだ。
僕にだって求婚する権利はあるはずだと思い込んでいたのだけど、問題は相手がジュリアス兄様の長年の想い人だったことだ。
兄様さえ認めてくれれば良いのかと視線を向けると、いつものように優しく微笑んでいた。
「兄上が諦めたのに、アルが癒しの聖女様の伴侶になったら、兄上を悲しませることになるよ?」
「っ、クリス兄様も、癒しの聖女様を……?」
「うん。でも、兄上は王族として、豊穣の神と婚約することを決意したんだ」
初めて知ったことに驚きを隠せなかったが、だからといってすぐに諦めたくなかった。
式典で初めて見た癒しの力は、今でも目に焼き付いている。
イヴ・セオフィロス様のことはよく知らないけど、穏やかな光を纏う姿はそれはそれは美しくて、なにをするにも僕の頭から離れない。
あのお方と同じ空間にいるだけで、僕は幸せな気持ちになるんだ。
「でも、僕は、癒しの聖女様に、恋をしてしまいました……」
僕の想いを口にすると、今まで微笑んでいた兄様は、敵を見るような目付きに変わった。
「イヴは私の大切な人だよ? それをわかっていて発言したんだよね?」
「…………はい」
「そう。残念だよ……。可愛がっていた弟が、いなくなっちゃうのか」
ふふっと笑ったジュリアス兄様が、僕の顔をまじまじと見ながら呟く。
暗に僕が癒しの聖女様との婚姻を望むなら、僕を排除すると宣言されて、愕然とした。
両親の前で告げたのだから本気ではないとは思うけど、どう見ても目が笑っていなかった。
「私たちは、過去にあのお方に無実の罪を着せたのです。貴方もその場にいたでしょう? でも、ジュリアスだけは彼を信じていた……。求婚する権利があるのは、ジュリアスだけだわ」
母様に柔らかな口調で諭されるが、ジュリアス兄様と同じ宝石のような碧眼は、これ以上口を開くなと語っていた。
婚約に漕ぎ着けるまでに、どれほど苦労したかをわかっているのかと、無言の父様を一瞥したジュリアス兄様が憤る。
「アルに寄り添ってくれるような子を見つけているよ」
重い空気を変えるように、美しい笑みを浮かべたジュリアス兄様。
予め僕の婚約者を用意していたことに、開いた口が塞がらない。
……僕が癒しの聖女様に好意を抱くことを、予想していたのだろうか?
「クライン公爵家の……」
「っ、嫌ですッ!」
「アル……。お前は癒しの聖女様に惹かれているだけで、イヴを好きなわけじゃないだろう? 私は、癒しの聖女様であろうとなかろうと、ずっと昔からイヴを愛していたんだ。絶対に譲らないよ」
初めて優しいジュリアス兄様に威圧されて、僕は反論出来なかった。
誰もがイヴ・セオフィロス様を小さな勇者を虐めている愚か者だと噂している中で、ジュリアス兄様だけは、誰に何を言われても彼と距離を置くことはなかった。
でも、僕だってイヴ・セオフィロス様と会話をする機会があったなら、きっと噂のような人ではないとわかっていたはず。
その機会がなかっただけなんだ……。
大切な話をしているというのに、違う話題に変えようとする母様を睨みつける。
「僕だって、伴侶は自分で決めたいっ。ジュリアス兄様だけ狡いです!」
八つ当たりするように机を叩いて立ち上がり、僕は自室に駆け込んだ。
寝台の上に飛び乗り、どうにも解消できない感情のせいで、涙が込み上げてくる。
王族として生まれてきたのだから、婚約者に関しては、我儘を言えないことはわかっている。
でも、ジュリアス兄様は婚約者候補がいながらも、ずっと拒否し続けていたんだ。
どうして兄様は許されて、僕は駄目なんだっ!
ジュリアス兄様が本気を出せば、どう足掻いても、僕が癒しの聖女様の伴侶になれないことはわかっているけど、苛立ちが収まらない。
その後に母様が話に来てくれたけど、枕に顔を埋めたままでいると、深い溜息が聞こえた。
「仕方がないわね。こっそり会えるように、お願いしてみるわ?」
「っ、本当ですか!?」
「ええ。その代わり、癒しの聖女様に受け入れてもらえなくても、さっきみたいに駄々を捏ねては駄目よ? 家族の前では甘えても良いけれど、皆の手本となるべき存在だということを、くれぐれも忘れないようにね?」
「はいっ! もちろんです! ありがとうございますっ! 母様、大好きですっ!」
「ふふっ、調子が良いんだから……」
癒しの聖女様と話せることが嬉しくて、にこにこと笑っていると、母様が優しく頭を撫でてくれる。
絶対にジュリアス兄様には見つからないようにと釘を刺された僕は、何度も頷いた。
学園時代は、他の者がイヴ・セオフィロス様に近付かないように、生徒たちを牽制していたことを噂で知っている。
もし密会がバレたら、殺されかねないと背筋が凍るが、それでも僕は癒しの聖女様とお近付きになりたい。
──三日後。
癒しの聖女様が使用する家具の入れ替えをする際に、使用人に変装して忍び込んだ。
緊張しつつも浮かれていた僕は、今代の癒しの聖女様が、気の強い騎士だったことをすっかりと忘れていた。
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