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第九章

203 甘い声には罪悪感 ※

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 黄色の小さな花から甘い香りが漂う、温かな春の午後──。

 その大木の下で、冷たい視線に甘い声色がたまらないと噂の美青年が、彼を慕う青年から愛の告白を受けていた。

 どんなに見目好い相手でも、顔色一つ変えない黒地のローブ姿の美青年は、彼の耳元で何かを囁き、その場を後にする。

 失恋したというのに、想い人の後ろ姿を恍惚とした表情で見つめる青年は、受け取ってもらえなかった恋文を握りしめていた……。



 「あれって、ちゃんと断ったんだよな?」
 
 どう見ても、未練たらたらな顔をしている青年を窓から眺める俺は、ぎこちなく首を傾げた。

 実のところ、ランドルフ様はジュリアス殿下より人気がある。

 理由は単純に、第二王子殿下は俺にご執心だと、何年も前から貴族の間では知れ渡っているからだ。

 侯爵家の嫡男であり、宰相就任目前のお方は、見目麗しいこともあり、それはそれはおモテになる。

 魔物がこの世を去り、平和が訪れたことにより、ローランド国は恋の季節になったようで、ランドルフ様は告白ラッシュを受けている。

 学園時代から人気があったが、今がピークなんじゃないだろうか?

 まあ、ラルフ様は俺の恋人だけどな!
 
 フンと顎を突き出す俺だが、少しだけ心配していたりもする。

 なにせ、つい先程会いに来てくれたランドルフ様に、俺は平手を食らわせていたからだ。

 いくら腹が立ったからといって、ビンタしたのはよくなかったと反省する俺だが、悪いのは腹黒悪魔の方である。

 だって、俺と濃厚な時間を過ごしたいからって、スッケスケの破廉恥な下着を渡されたんだ!

 お尻の部分は、ぽっかりと穴が開いていたし、履いている意味がないやつだ。

 涼やかな面で告白を断っていたが、あの男はド変態なんだと、さっきの青年に教えてやりたい。

 だが、話したところで、俺の方が不審者扱いされる気しかしないから言えないが……。

 周囲からの信頼を得ているランドルフ様に若干嫉妬していると、トントンと扉がノックされる。

 「……どうぞ」

 伸びた赤紫色の髪を後ろで一纏めにしている渦中の人が顔を出し、俺の顔を見て相好を崩した。

 そんな可愛い顔をしても、絶対に着ないからなと睨みつけていると、今度は彼とお揃いのローブを手渡された。

 「癒しの力を充電するためには必要かと」

 至極真面目な顔をしている美青年に視線を向けた俺は、深い溜息を吐く。

 「なんでローブなんです? 宰相ごっこ?」
 「一週間後には、癒しの聖女様としてのお披露目の儀式があるのですよ? イヴの力を……」
 「っ、一週間後!? 初耳なんですけど!?」
 「はい? ジュリアス殿下からは、イヴと話し合ったと聞いたのですが……」
 「…………チッ。あの馬鹿王子がっ」

 忌々しげに悪口を言う俺は、触り心地の良いローブを握りしめる。

 俺の意識がぶっ飛んでいる時に話したんだな?

 金髪碧眼の絶倫王子様の艶々の顔を思い出して、眉を顰めた。

 「本当ならこのような遊びではなく、イヴを十字架にくくりつけたり、ギロチンに……」
 「っ、やりましょう! 宰相ごっこ!」
 「ふふっ、私が先輩ですからね?」

 謎の発言をして、嬉しそうに頬を緩ませたランドルフ様は、いやらしい手付きで、鳥肌の立っている俺のガウンを脱がせにかかる。

 されるがままの俺は、ギロチンってなんなんだよ、と心の中で問いかけていた。

 



 「どういうことですか、セオフィロス君」

 俺のローブの前をはだけさせ、ツンと尖る胸の飾りを羽ペンで擽る男は、険しい表情をしている。

 「んっ。す、すみません……」
 「ローブの下に何も身につけていないだなんて。優秀な君が、実は変態だったとは……」
 
 そう言って、むにゅっと俺の尻を鷲掴みにしたランドルフ様は、おや。と不思議そうな声を上げる。

 「そんなに私が欲しかったのですか? 愛液が、太腿まで伝っていますね?」
 「っ…………それは、さっきお前が仕込んだんだろうがッ!」

 恥ずかしすぎて、真っ赤な顔で叫ぶ俺は、そんな台詞はありませんよ? と笑っている悪魔に、しがみついていた。

 卑猥なごっこ遊びが始まる前に、散々俺の後蕾を愛撫して、ぐちょぐちょにしやがった男を睨みつける。

 宰相ごっこだかなんだか知らないが、俺を辱めたいだけのシナリオである。

 付き合っていられるかと思っているのだが、俺の頭のいかれた恋人は、至極真面目に演技をしてくるのだ。

 早く続きをと囁かれ、わなわなと震えながら背後を振り返り、無駄に豪華な机に両手をついた。

 「……早く、ラルフ様の、お、おっきいので、満たして、くださいっ」

 ローブを捲り、卑猥な言葉を吐くと、息を乱して興奮したランドルフ様が、俺の尻を撫で回す。

 「んっ……」
 「早く欲しいなら、挿れやすいようにもっと足を開いて。尻を突き出してください」
 「っ、クソがッ!」

 絶対に嫌だと断固拒否していると、腰を掴まれ、冷やりとした机に上半身が倒れ込む。

 極太の凶器が俺の尻の間をゆるゆると動き、ひくつく後蕾に先端が押しつけられるが、離れていく。

 「ンッ……んぅぅッ……」
 「っ、ハァ、可愛い、イヴ……」

 明らかに興奮し切っているランドルフ様だが、気付けばゆったりとした動きが止まっていた。

 「しないんですか?」

 振り返れば、なぜかきごちない笑みを浮かべるランドルフ様がいて、俺はたまらず問いかけていた。


 「…………私とも、婚約してくれるなら」


 甘い声に罪悪感のようなものを感じたのだが、俺の気のせいだろうか?

 ふと、思い当たる節があり、すっと体を起こした俺は、ニタリと不敵な笑みを浮かべた。

 素っ裸にローブを羽織っている姿だから、全く格好がつかないのだが、行儀悪く机の上に腰掛け、足を組んだ。


 「誰に向かってその力を使っているんだ?」


 一瞬にして、表情が抜け落ちたランドルフ様。

 会わない間に忘れちゃったのかな?
 俺はやられたらやり返すよ? ラルフ様。

 心の中で語りかける俺は、顔を青褪めて絶望感を漂わせている恋人を、無言で眺め続けていた。









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