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特別編 イヴ×アデルバート

1 譲れない アデルバート

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 ──式典前夜。


 金糸の刺繍の入った純白のローブを用意して部屋を出た私は、頼まれた物を手にして、癒しの聖女様の元に向かう。

 「ついに、これを使う時が来たんだ……」

 ちょっとだけ泣きそうになっている私は、大好きな人が他の人との子を産むために、必要になる秘薬を手にして、深い溜息を溢した。

 私は癒しの聖女様の専属医師だし、なによりイヴが鈍感だから仕方がないけど、私の気持ちを知っていて秘薬を頼むだなんて、ちょっと酷いと思う。


 結局、私はイヴの恋人にはなれなかった……。

 
 でも、好きな人の傍にいれるだけで幸せなんだ。
 
 強がる私は涙を拭って、癒しの聖女様が滞在している塔の長い階段を登っていく。

 いつもは駆け上がる階段を、とてもゆっくりと。

 どう足掻いても、未来は変えられないのに……。

 「ああ、もうッ。なんで涙が止まらないのッ!」

 好きな人の幸せを願うことが出来ないだなんて、私は本当に心が醜い。

 ……イヴの傍にいるべきじゃない。

 そう思うのに、他の人がイヴに近付いて欲しくないがために、私は大好きな人の元へ行く。

 きっと目元が真っ赤になっているから、イヴを困らせちゃうだろうな。

 でも少しは罪悪感を感じろと、頬を膨らませながら重厚な扉を開いた。



 「アデル、遅かったな? 心配した」

 騎士の隊服を身に纏うイヴの姿に見惚れる私は、息を呑んだ。

 癒しの聖女様のローブを渡したはずなのに、どうして騎士の服装をしているの?

 そう問いかけようとしたけど、私の最愛の人が、漆黒色のマントを靡かせて、優雅に歩いてくる。

 少し会わない間にまた背が伸びて、一段と男前になったイヴが、私の前で片膝を立てた。

 
 「俺は、いつも笑顔で前向きなアデルが好きだ。騎士の名にかけて、アデルの笑顔を守ると誓う。だから、ずっと俺の隣にいて欲しい」


 遅くなってごめんな?

 そう言って、私の大好きな人が微笑んだ。

 
 衝撃的すぎて、言葉に詰まる。

 感動して涙が止まらない私に、小さく笑ったイヴが立ち上がる。

 柑橘系の爽やかな香りに優しく包み込まれて、抱き締め返したいのに、動けずにただ鼻を啜った。

 そんな私の肩に顔を乗せたイヴは、真っ赤になっているであろう私の耳を、ぱくりと喰む。

 「やっぱり嫌か?」
 「っ…………」
 「ごめんな? でも俺は、アデルを抱きたい」
 「っ、ええッ!?!?」

 今まで出したこともないくらいの大きい声が出て、私を抱き締めているイヴの腕の力が強くなる。
 
 待って待って待って。
 嬉しすぎて死にそうなんだけど……。

 「本当ごめん。でも、これだけは譲れない」

 なんで謝っているのかさっぱりわからないけど、息が止まりそうだった。

 そんな私に気付かないイヴは、ぎゅうぎゅうと抱きしめながら『頼む』と懇願してくる。

 返事はもちろん、良いに決まっているのに……。

 「こ、恋人に……なってくれるの?」
 
 とにかく、現実なのかを確認したくて聞いてみると、イヴがさっと顔を上げる。

 驚いたように目を瞬かせるイヴは、酷く真面目な表情で答えた。

 「俺たち、恋人じゃなかったのか?」
 「……へっ!? そ、そうだったの?」
 「え。最初にアデルたちが言ったんだろ? 俺の恋人になるって……」
 「そ、そ、そうだけど……。勝手に言ってただけで、まさか……ええっ!?」

 最初から恋人認定してもらっていたの!?

 嬉しいのに驚きすぎて、素っ頓狂な声を出してあたふたしていると、イヴが私の顔を覗き込む。

 黄金色の瞳に射抜かれて、心臓が波打った。


 「…………なんだよ。嫌ならハッキリ言えよ」
 

 拗ねた口調の私の愛おしい人。

 でも、表情が全然怒っていない。

 片方の口角を上げて、嫌って言えるなら言ってみろ、って顔をしていた。
 
 言葉が出ないくらい格好良すぎて目眩がするし、きっと私の心臓は、たった今、破裂したと思う。

 私を魅了して止まない、大好きな人にしがみついて、必死に涙を堪える。

 でも、私の涙腺も崩壊しちゃったみたい……。

 涙が止めどなく流れて、しゃくりあげていると、イヴは優しく私の背を撫で続けてくれていた。






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