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第九章
195 救世主 マーヴィン
しおりを挟む魔物の王が討伐され、ローランド国に再び平和が訪れた。
それも僅か一年でのことだ。
この国には頼もしい勇者様が二人もいるのだが、ガリレオ殿はここ一年のほとんどの期間を、他国で活躍しておられたのだ。
我が国の騎士団が非常に優れていることは分かってはいたが、これ程までとは思ってもいなかった。
なにせ、かつての魔物との戦いが幕を下ろすまで、最短でも五年はかかっていたというのに──。
息子が歴史的な瞬間に立ち会えなかったことが悔やまれるが、それでも喜ばしいことである。
帰還する騎士団を出迎える前に、極秘に召集された我々は、陛下からのお言葉を待っていた。
「魔物の王を討伐したのは、癒しの聖女様だ」
神妙な面持ちの国王陛下のお言葉に、集められていた重鎮等が息を呑んだ。
「っ…………癒しの聖女様、ですか?!」
「やはり以前報告された光は、癒しの聖女様の誕生を知らせていたのかっ!」
「だが、産まれて間もない赤子なのでは?」
「だとしても、人々を癒す能力のあるお方が、どのようにして魔物の王の討伐を?」
「癒すことは出来ても、戦闘能力は皆無のはず。魔物の王と渡り合うことが出来るのは、勇者様だけでは?」
おおよそ八百年ぶりのことに感情が昂る彼らは、思い思いに意見を述べる。
声が静まったところで、私の妻の兄であるレイモンド・ユリノクトより、癒しの聖女様に関する話が始まった。
「魔物が出現した際。とある人物が、突如として癒しの力を授かったことが発覚しました」
淡々とした口調で話す宰相だが、話の冒頭から騒めきが起こる。
一年以上も前から癒しの聖女様の存在を秘匿していたことに、驚きを隠せない。
「どうしてその時にっ」
身を乗り出す勢いで問いかける大臣に、まずは話を聞けと陛下が溜息を吐く。
皆が黙ったところで、顔色ひとつ変えない男が口を開いた。
「公表しなかったのではなく、出来なかったのです。当時の癒しの聖女様は、思いのままに癒しの力を発揮することが出来ず、苦しんでおられました」
当時のことを思い出しているのか、僅かに眉間に皺を寄せた宰相が目を伏せる。
数ヶ月前に誕生した豊穣の神も随分と力が弱かったが、彼とはまた別の理由によるとのこと。
過去に突如として紋章を授かる者などいなかったのだから、特例ということだろう。
そして今代の癒しの聖女様は、紋章を授かる者の中でも、選ばれし者だということが発覚した。
陛下の指示により、ジュリアス殿下の指揮の元、秘密裏に癒しの力を増幅させるために動いていたようだ。
癒しの聖女様の存在を公表すれば、各国から病を抱える者たちが押し寄せることになるだろう。
それなのに、満足に癒しの力を使用出来ないとなれば、国同士の信頼問題に関わる。
陛下の判断は正しかったと言えるだろう。
そして、癒しの聖女様の想いが強ければ強いほど、力を発揮出来ることがわかった。
癒しの聖女様となった人物は、元々愛国心が強かったため、魔物の王を討伐するに至ったとのこと。
騎士団の誰一人として命を落とさなかったのも、そのお方が更なる覚醒を遂げたからだそうだ。
癒しの力を授かっただけでも幸運だが、更なる極みに到達するとは、奇跡のようなお方である。
それも、自らの意思で魔物討伐に参戦したと聞き、皆が言葉を失った。
「詳しくは、魔物の王と熾烈な戦いをした第一騎士団の者たちに聞けばわかるだろう。今代の癒しの聖女様は、紋章を授かる者の中でも頂点に立つお方だ。わかっているとは思うが、非礼のないよう丁重に迎えるように」
「……我が国の救世主だ」
思わず呟けば、皆が同調する。
早くお目にかかりたいと、誰もが興奮を抑えきれない中、爽やかな青空のような瞳を輝かせるリズベルト財務大臣が、にんまりと笑みを浮かべた。
「本当に救世主ですな」
魔物の被害に遭った国民を保護し、各地の復興に資金を費やしていたため、国庫金は減る一方。
魔物の王が討伐されて、これ以上被害が拡大することはないが、まだまだ金はかかるのだ。
だが癒しの聖女様の力があれば、なにもせずとも各国から多額の金銭が集まりこととなり、今後の資金の心配は不要となる。
慈悲深い心の持ち主である癒しの聖女様を崇め奉り、意のままに操ろうと企んでいるのだろう。
そして不敵な笑みを浮かべたまま、誰しもが気になっていることを問いかける。
「癒しの聖女様は、一体誰なのですか?」
「……第一騎士団に所属する騎士だ」
「なるほど! だから魔物の王にも怯むことはなかったのか!」
「しかし、随分と危険な真似をしたものだ。万が一命を落としていたら、とんでもない損害に……」
リズベルト大臣が口を滑らせ、陛下に威圧されて押し黙る。
「癒しの聖女様は、ジュリアスの婚約者として迎えるつもりだ」
「っ、おおお!!」
「つまり、癒しの聖女様が未来の王妃になるということか!」
「……しかし、ジュリアス殿下にはご執心の方がいたはずでは」
「そんなもの、癒しの聖女様の前ではなんの価値もない!」
──黙れ。
陛下の隣で微笑む、この度王太子となるジュリアス殿下から、今までに聞いたこともない低い声が発せられた。
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