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第八章
189 既視感
しおりを挟む長い戦いに、俺の集中力は途切れることはない。
レイヴァン団長の腕が斬り付けられ、真っ赤な血が飛び散るが、すぐに皮膚が再生されていく。
ここぞという時に、力を使い続けることが出来る自分自身に驚きながらも、祈り続けた。
「一体、いつまで続くんだ……」
誰もが心の中で思っているであろうことを、俺の体を支えるように触れているレイドが呟く。
──暮色が迫る。
次第に辺りが暗くなる中、金色の結晶が一層美しく幻想的に映し出された頃。
「とどめだっ!」
体を回転させ、勢いよく飛び上がったロミオ副団長が叫び、黄金色の剣がガキンッと音を立てて魔物の首に当たる。
長時間戦い続けている人物だとは思えないほど豪快な一振りだった。
だが、魔物の王の首は飛ぶことなく、黄金色の剣が真っ二つに折れた。
「っ……兄上ッ!!」
「ガハッ」
ニタリと笑っている魔物の王が、剣が折れたことに、一瞬動揺したロミオ副団長の首を掴んでいた。
「そろそろ準備運動は終わりにしようか」
まるで今まで本気を出していなかったように告げた魔物の王が、片手で軽々と成人男性の体を持ち上げると、三人の強者が動きを止める。
疲れを感じさせない魔物の王が、ケタケタと笑いながら俺に視線を向けた。
「首の骨を折っても再生できるのか?」
「っ、」
まるで今から試そうとでも言いたげな軽い口調に、息を呑む。
「そうそう。君さ、人間でもない魔物でもない、不完全な奴らを、皆殺しにしたよね?」
──せっかく尊い血を分け与えてあげたのに。
その言葉に、最後に笑って天に召された友人の顔を思い出した俺は、目の前が真っ赤に染まった。
「お前だったのか……。アレクをっ、あんな目に遭わせたのはっ!」
怒る俺の体から金色の光が爆発し、メラメラと燃えるように天高く光を放つ。
「イヴ兄様ッ!!」
「イヴっ、落ち着け」
「っ……」
セオドアの叫ぶような声と、エリオット様の冷静な声が聞こえて来る。
目を伏せて深く息をするように意識すると、幾分か落ち着くことが出来た。
「あれは、ほぼ魔物に近い存在だったというのに……。やはり癒しの聖女様とやらは、お優しい心の持ち主のようだ」
嘲笑うかのように告げた魔物の王を睨みつけるが、不敵な笑みを浮かべていた。
「どうして、アレクをあんな目に……」
「八百二十年ほど前か。魔族と人間との戦いで、勇者が我々の王を倒し、五年にも渡る長き戦いに終止符が打たれた」
まるで過去を懐かしんでいるかのように告げる魔物の王に、違和感を覚える。
「だが、本当の終わりは迎えていなかった」
「…………終わりを、迎えていない?」
ここ八百年の間は平和だったはずなのに、魔物の王の話す言葉の意味が理解出来ない。
怪訝な顔をしていれば、魔物の王はぐったりとしているロミオ副団長を、俺たちの方に放り投げた。
「っ、ロミオ副団長っ!」
「大丈夫です。息をしています!」
「良かったっ……」
意識を失っている兄を抱きしめたレイドが、悔しそうに唇を噛む。
二人の側にしゃがみこみ、ロミオ副団長の額に口付けを送ると、随分と顔色が良くなった。
彼をレイドに任せて立ち上がり、俺が力を使えば使うほど、喜色を滲ませる血色の瞳を睨みつける。
「終わりを迎えていないって、どういうことだ」
「フッ、少しは頭を使え。だが、気分が良いから教えてやろう。我は、当時の魔族の生き残りだ」
予想だにしない言葉に、その場にいた全員が息を呑む。
「っ……生き残りがいただと?」
「そんなこと、ありえない……」
誰もが信じられないと呟くと、魔物の王は愉快そうに笑い出す。
「長い年月の間、ゆっくりと力を蓄え、息を潜めて生きてきた。本当ならば、五百年前には人間を始末することも出来たが……。当時の勇者は、弱過ぎて相手にならなかった。復活に向けて、三百年もの時間を費やしてきたというのに、あっさりと勝利してはつまらないだろう? だから、勇者の息子に我の血を分け与え、育ててやったのだ」
「ッ……この、糞野郎が!! お前のくだらない都合で、アレクを弄んだのかっ」
「ククッ。他にも試したが、出来損ないばかり。完全体になれる見込みがあったのは、あの男だけだった。我の最高傑作となるはずたったのに」
「っ、それ以上喋るなっ!!」
俺が叫ぶと、癒しの光がバチバチッと火花が散るような音を鳴らした。
瞬時に俺の元へ駆けつけた純白の騎士に肩を抱かれて、なんとか冷静になるよう心がける。
「イヴ兄様は、この戦いの要となる存在です。奴はそれをわかっていて、挑発するようなことを言っているだけです。気にしてはいけません」
「っ……ああ、ごめん」
そうだ。
俺が倒れたら、全員死ぬ。
目頭が熱くなっていたが、優しく背を撫でてくれるセオドアのおかげで、気持ちを切り替えることができた。
それをつまらなそうに見つめる魔物の王は、フッと息を漏らす。
「それなのに……。あいつときたら、人間を心底恨んでいたはずなのに、とある人物と出会ったことにより、あっさりと我を裏切ったのだ。本当ならば、共に人間を駆逐するはずだったのだが……。正義感だかなんだか知らないが、つまらないことをしたものだ」
亡き友人を侮辱されて、腹が立って仕方がないが、ここで俺が暴走すれば魔物の王の思う壺だ。
それに、アレクサンダーが恨みの感情に飲まれて、彼を利用した魔物の王と共に、俺たちに牙を剥くことがなくて良かったと思う。
「お前の思い通りにならなくて悪かったな?」
「フッ。人間同士を争わせて楽しむつもりだったが、その過程がなくなったとしても、人間が絶滅する未来は変わらない」
「そう簡単にやられてたまるかよ」
喉を鳴らして笑った魔物の王が、そろそろか。と呟くと、森の奥がざわざわと動き出し、辺りが闇に包まれる。
既視感に、ぞわりと鳥肌が立った。
「さあ、始めようか」
ケタケタと笑う魔物の王の背後には、人型の魔物の大群がずらりと整列していた。
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