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第八章

186 二人の世界

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 「そういうことだから、総指揮官が魔物の王を討伐して欲しいんだって♡」

 軽い口調で話したロミオ副団長は、美しい金髪を櫛で解かしながらにっこりと微笑む。

 エリオット様のテントに集合し、ジュリアス殿下からの伝言を聞いた俺は、絶句していた。

 魔物の王を討伐した者は、どんな願いでも一つだけ叶えることができるそうだ。

 それを知っていたセオドアは、魔物の王を討伐した暁には、俺を唯一の伴侶として迎えたいらしい。

 もっと他のことに願いを使った方が良いだろう、とも思ったが……。

 確かに叶えられない願いだ。

 さらには邸に監禁して、マクシミリアン副団長を利用して、俺に地獄を見せるつもりだそうだ。

 ジュリアス殿下の予知夢が必ず当たるのかはわからないが、未来を変える動きを見せなければ、今のところは百発百中。

 セオドアの思考が恐ろしいことより、エリオット様にプロポーズされたのに、婚姻することが出来なくなるのかと、悲しみに視界が歪む。

 そんな俺に寄り添ってくれるエリオット様は、泣きそうになっている俺の顔を覗き込んだ。

 「安心しろ。私が必ず魔物の王を倒す」
 「……はい」
 「イレネもきっと楽しみにしているはずだ」
 「っ、そう、ですね」

 以前、俺が提案した二人の子の名前を出されて、顔が熱くなる。

 あえて二人の未来を語り、口許を緩ませる俺の恋人は、さりげなく俺の頬に口付けを送った。

 「まあ、僕でも良いみたいだけど、今日の戦いっぷりを見たら、やっぱり総指揮官じゃないと勇者様には敵わないかな? でも、隙があれば僕も魔物の王の命を狙うよ? そうしたら、イヴ君を独り占め出来るんだもんッ♡ むふふふふ♡♡♡」

 一人でぺちゃくちゃ話しているロミオ副団長が、奇妙な笑い声を上げているが、彼を無視する俺たちはひたすらいちゃついていた。

 「二人目の名はどうする?」
 「……二人目?」
 「私は、子は二人は欲しいな。イヴに似た子だったら嬉しい」
 「っ、絶対ダメですよ! 俺に似た無愛想な子なんて、虐められるに決まってます!」

 断言する俺に、くつくつと喉を鳴らすエリオット様は、そんなことはないと、蕩けるような笑みを浮かべる。

 容姿も心も美しい恋人に見惚れる俺は、彼に引っ張られるように笑顔になった。

 「それに俺は、エリーに似た子だったら、何人でも、欲しい……です」
 「っ……」
 
 笑っていたエリオット様が息を呑む。

 たくさん孕ませてくれと強請るような発言をしてしまう俺は、顔から火が吹き出そうになっている。

 熱を帯びた漆黒色の瞳と見つめ合い、二人の世界に突入しそうになったとき──。

 じっとりとした視線を感じ取った。

 「二人ともさ。僕もいること、忘れてなぁい?」
 「ロミオは用が済んだなら出て行け」
 「なんでっ!? 僕はここに泊まるよ? だってテントは持ってきてないも~んっ!」
 「弟と添い寝しろ。邪魔だ」
 「酷いッ! わざわざ教えてあげたのにッ! 三人で抱き合って寝ようよぉ♡ あ、別に総指揮官はいなくても……。ッ、ギャァァアア~~ッ!!」

 俺に抱きつくロミオ副団長に、すっと目を細めたエリオット様は、机に用意していた小瓶の中身をぶちまける。

 トロトロとした液体が金色の髪に付着し、顔を青褪めて悍しい悲鳴を上げる変態。

 魔物に遭遇した時でも笑顔だったロミオ副団長だが、彼は髪が命だったため、一目散にテントから出て行った。

 「ふふっ、容赦がないですね」
 「アレの扱いには慣れている」

 次にまた俺にちょっかいをかけるようなら、髪を切り落とすと告げるエリオット様は、真顔だった。

 ロミオ副団長は髪が短くなっても、イケメンには変わりないだろう。

 だが、漆黒の騎士が剣を握りしめている姿に、俺は目をひん剥いた。

 まさか鋏ではなく、魔物をぶった斬ってきた剣で切るつもりじゃないよな!?

 想像しただけでぶるりと震える俺は、エリオット様の手から剣を奪い取り、遠くに立てかけた。

 「つ、次は魔物の血をかけて、紫色の染めてあげましょう?」
 「ククッ、名案だな」

 喉を鳴らすエリオット様に安堵する俺は、ぎゅっとしがみつく。

 今後エリオット様が活躍して、みんなと幸せになりたいと願う俺だが、少しだけ不安になっている。

 俺にもできることがあるだろうかと考えながら、すりすりと甘えていると、頭上から深い溜息が漏れた。

 「今晩は、私にイヴと過ごす権利はないのだが、レイヴァンに頼んでみようか……」
 「……くっ。真面目すぎる」

 おかしな発言に小さく吹き出す俺は、口を引き結ぶお方の頬を両手で包み込む。
 
 「権利なら、いつだってありますよ? エリーは俺の、愛してやまない人だから」
 「っ……イヴ」

 瞳が迷うようにゆらゆらと揺れる。
 早くいちゃつきたい俺は、頬を膨らました。

 「俺は一緒に過ごしたいって思っていましたけど……、エリーは違うの?」

 じっと見つめると、眉間に皺を寄せたエリオット様に、激しく唇を奪われる。

 寝台に押し倒されたのだが、動きがピタリと止まった。

 「っ、すまない……。香油が……」

 罰の悪そうな顔をするエリオット様が可愛らしくて、腹を抱えて笑ってしまった。

 ロミオ副団長にぶっかけたせいで、予備がなくなってしまったらしい。

 深く交わらなくても、添い寝をするだけでも幸福な俺は、他の人から強奪してきそうな勢いのエリオット様を無理やり隣に寝かせた。

 「今日は抱き合って寝ましょう? 交わるのは、いつだってできますから」
 「…………そうだな」
 
 頷いてくれたエリオット様だが、納得していない声色が面白くて、くすりと笑う。

 胸元から顔を上げさせて、俺の頬をむにむにと摘むエリオット様は、仏頂面でも可愛かった。

 「覚えてろよ」
 「クククククッ……。エリーが雑魚みたいなこと言ってる」
 「うるさいぞ」

 無駄口が叩けないように口を塞がれた俺は、幸せな気持ちで口付ける。

 俺のためにも、絶対に魔物の王を倒すと意気込む恋人を応援する俺は、一晩中表情筋が緩んでいた。

 頼もしいエリオット様にごろごろと甘えていると、ご立派なものが存在感を発揮していた。

 抜いてあげた方が良いのかと視線を送ると、無になるかのように目を伏せる。

 「ククッ、エリーが可愛いっ」
 「ハァ……。可愛いのはイヴだろう?」
 「それはないと思いますけど……。可愛い顔をしているのかもしれません、エリーの前でだけは」
 「…………やはり香油をっ」
 「ハイハイ、もう寝ますよ~」

 艶々の黒髪をよしよしと撫で、暑苦しいくらいにぎゅっと抱き合って眠りにつく俺たちは、魔物の王を倒す人物が、漆黒の騎士ではない未来をまだ知らない──。










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