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第八章
175 取り返す
しおりを挟む※ 流血描写あり。
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───────────────────────
「────ッ、テディ──ッ!!!!」
さっきまで俺が握りしめていたモノが、空を舞う──。
尻尾が鋭い剣の形をした、羽を広げたドラゴンが飛んでいる。
ずっと憧れていた紋章だけど、それは大切な義弟に一番似合うものだった。
セオドアが苦しそうな時は、その紋章を隠すように手を重ね、優しく撫でていた。
俺が泣いている時は、いつもその手で俺の涙を拭ってくれていた。
一番触れ合ってきたと言っても良い、大切な左手が斬り落とされて、ぽとりと転がった──。
「っ……はっ、はっ、はっ、」
うまく呼吸ができなくて、紋章が浮かんでいないのに、俺の左手が痺れた気がした。
それでも剣を構えたセオドアだったが、俺の目には、顔面蒼白で動けなくなっているように映った。
薄ら笑いを浮かべながら、ゆっくりと歩くアレクサンダーは、斬り落とした左手を拾う。
そしてなぜかとどめを刺さずに、俺たちに背を向けた。
「返して欲しければ、取りに来い」
……なんでだ?
なんでこんな弄ぶようなことをするんだ!?
頭が真っ白に塗り潰されていく中で、呆然としていた俺は、殺気が消えたアレクサンダーの背を見つめる。
崩れ落ちるようにセオドアが膝をついた瞬間、俺の体は全力で義弟の元に走り出していた。
「テディー! 今、助けるっ!」
「っ、ダメです、兄様ッ。左手を……っ、あれがないとっ、力がッ」
必死に俺を遠ざけるセオドアは、小さくなっていくアレクサンダーの背を睨みつける。
「ッ…………まさか、勇者じゃなくなる?」
その可能性があるかはわからないが、額から汗を流しながら止血しようとするセオドアを見て、すぐに手伝う。
紐でキツく縛り、心臓より高い位置に持ち上げて、歯を食いしばる。
……俺のせいだ。
アレクサンダーを友人だと思っていた俺は、彼がこんなことをするとは夢にも思っていなかった。
でも、勇者に対して憎悪を抱いていてもおかしくはない。
なんでそのことに気付かなかったんだ。
もし気付いていなかったとしても、二人が戦うのなら、すぐにでも力を使うべきだった。
俺は、セオドアを援護すべきだったんだ。
自分の不甲斐なさに吐き気がする。
真っ白な布が真っ赤に染まっていく光景に、涙が止まらなくなっていた。
「テディーが勇者じゃなくなってもっ、俺がテディーを救って魔物の王を倒すっ! だから……」
「っ……お願い、イヴ兄様……ッ、それだけは、僕にやらせてっ」
「でもっ!!」
「僕が今までっ、なんのために戦っていたのか……。魔物の王を倒すことがっ、僕のすべてなんですっ!」
綺麗な翡翠色の瞳から、ぼとぼとと大粒の涙を流すセオドアは、初めて会った時と同じような顔で泣いていた。
どうしても今すぐ助けたくて祈ろうとしたが、心が乱れる。
勇者としての正義感なのかはわからないが、俺はセオドアの気持ちを踏みにじることが出来ない。
「イヴ兄様っ、お願いっ……! 勇者の力を、取り返してっ!」
懇願する叫び声に、鼓膜が震える。
目の前が涙で歪んでいるのに、必死に俺に縋り付く、なによりも大切な義弟の姿が、俺にははっきりと見えた。
「っ……わかった」
「ッ、イヴ兄様っ!! 大好きっ!!」
「俺もだッ! 一緒に取り返すぞっ!」
セオドアの右側に潜り込み、腕を肩に担ぐ。
負傷していてもなんとか動けるセオドアだが、一刻も早く左手を治癒しなければ、取り返しのつかないことになる。
その時は、セオドアに反対されて恨まれてでも、絶対に力を使う。
そう決意して、アレクサンダーの後を追った。
「イヴッ!」
背後から聞こえた声に、振り向く。
凄まじい勢いで追いかけて来たエリオット様は、額に汗を滲ませていた。
「なにがあった」
「っ……アレク、がっ」
エリオット様の顔を見た瞬間、また涙がこみ上げてしまった俺は、つっかえながらもなんとか状況を説明した。
「今すぐ治癒をするんだ。セオドアが勇者でなくなる可能性があったとしても、魔物の王は私が倒すから安心しろ」
「っ、ふざけるな! そんなことをしたら、お前を殺す」
「テディー!」
「大丈夫だ、イヴ。今すぐやるんだ」
痛いくらいに肩を掴まれたが、すぐに頷くことが出来なかった。
俺だって今すぐ治癒をしたいが、負傷している張本人が拒絶しているため、どうしたら良いのかわからない。
そんな中、手首を押さえるセオドアは、鬼の形相でエリオット様を睨みつけた。
「ハッ。治癒をした瞬間に、イヴ兄様を殺して、僕も死ぬっ」
本気の目に、ごくりと唾を飲む。
二人が睨み合うも、いつも俺の頭を撫でてくれる大きな手は、セオドアの金髪をくしゃりと撫でた。
「もう良い。今は言い争っている場合ではない。その代わり、お前は大人しくしていろ」
「フンッ」
「エリオット様! ありがとうございます」
呆れ顔だったが、セオドアの意向を汲んでくれたエリオット様に、ガバリと頭を下げる。
そこへ、団員たちも駆けつけて来る。
「っ、セオドア様!?」
エリオット様の後を追いかけて来た彼らは、負傷する勇者の姿に戸惑いの色を隠せない。
「すみません、今は説明している暇がありませんっ! これからセオドアの左手を奪った相手の元へ行きます。俺も全力で援護しますが、かなりの強敵なので、エリオット様しか太刀打ちできないかもしれません」
「全て私に任せておけ」
涙を堪えて話すと、間髪入れずにエリオット様が答えてくれる。
そしてゴッド副団長がセオドアの左腕を担ぎ、凛々しい表情で俺たちを見つめる。
「団長しか敵わない相手かもしれないけど、俺たちだって二人を守ることは出来る」
「っ、ありがとうございますっ!!」
やっぱり二人は頼れる俺たちの指揮官だと、胸が熱くなった。
「そうだ! イヴ君がいてくれたら、俺たちは百人力なんだよっ!」
「どんなに相手が強かろうと、怖くねェよ!」
「俺たちに任せてくれ!」
力強い目をした仲間たちの声に、俺の沈んだ気持ちも滾っていく。
「よろしくお願いしますっ!!」
「行くぞっ!!」
一致団結する俺たちは、アレクサンダーが消えた先に向かって走り出した。
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