163 / 280
第七章
157 怖いもの知らず レイド
しおりを挟むかつての勇者がなにやら物騒な事件を起こしたと噂があり、今は廃墟となっているはずの邸で、人型の魔物と和気藹々とお茶をしている俺の想い人は、怖いもの知らずである。
「本当に家が近くだったとは思わなかった……」
「だからそう言っただろう」
「ああ、さっきは疑ってごめん」
「いや? ずっと会いたいと思っていたんだ」
俺を無視する美形の魔物は、かなりの手練れであることは知っている。
イヴを人質に取れられていなくとも、俺一人では太刀打ち出来ない相手だ。
だから大人しく気配を消しているが……。
(イヴっっ!! 呑気に笑っていないで、使用人達をよーく見てくれ!!)
服で誤魔化しているらしいが、下半身がデカすぎてアンバランスだったり、執事だって帽子を被っているが、アレは絶対に角が生えているだろうっ!
俺の足元をちょこまかと走り回る、黒毛の鼠がうっとうしくて仕方がないっ!
窓際に置かれているペット用らしき寝具では、兎に、猫に犬、イタチの魔物が寛いでいる。
(おいおい。ここは、小動物の楽園なのかよ!?)
トドメに、天井にぶら下がっている目玉が顔の半分を占めている鳥が、俺の事をガン見したまま、一ミリも動かない。
……確実に監視されている。
少しでも不審な動きを見せれば、アイツの目玉から閃光が出る……。気がする。
魔物の巣窟に連れ込まれた俺は、背中に冷や汗がダラッダラに流れていた。
「イヴはあんなところで何をしていたんだ?」
「ああ! みんなで魔物の糞を探していたんだ。こんな丸っこくて、茶色のやつ」
「クッ……。冗談だよな?」
「いや、ガチだ。誰が一番たくさん見つけられるかで、勝負してたところ。負けたくないんだよね? 最悪、キスしなきゃいけなくなるし」
腕組みするイヴに、軽く頷いた魔物――アレクサンダーは、壮年の執事に指示を出した。
室内で真っ黒な布を頭に巻く執事が、イヴに向かって恭しく頭を下げ、木の箱を手渡した。
「イヴの勝利だな?」
「おおおおっ! さすがアレクだ! これでキスは回避出来た! ありがとう」
にやりと笑うイヴは、箱いっぱいの魔物の糞を見て喜びをあらわにしている。
(馬鹿かっ! そんなもの、捨てとけ!)
「これは、魔物の糞ではないぞ? クログルーミーという木の実だ」
「そうだったのか。アレクは博識なんだな」
「別に? この森にはよく転がっている」
フンと偉そうにしている魔物だが、イヴを見る目はすごく優しいような気がする。
イヴを気に入っていることはわかったが、何を考えているかわからない。
一見、人間に見えるが、魔物は魔物だ。
少し機嫌を損ねることをしたなら、簡単に殺されるはず。
目の前にいる魔物に対して、警戒心が微塵もないイヴは、もしかしたら奴が魔物だと気付いていないのかもしれない。
「俺、アレクのことがもっと知りたい」
「私の話なんてつまらないぞ?」
「それは俺が決めるから」
「…………わかった」
無表情だが、少しだけ嬉しそうに笑った魔物が、静かに語り出した。
「私の父親は、勇者だった」
「っ、」
俺は息を呑んだが、まったく動揺していないイヴは、真剣に話を聞いている。
「だが、息子である私が紋章を授からなかったことに、落胆していた。それでも、父親の期待に応えようと、努力はした。だが、私の父は、完璧を求めていた……」
遠い目をする魔物に、イヴは眉をしかめた。
自分と同じように完璧な人間になれと強要され、行き過ぎた指導を受けていたそうだ。
「アレクが父親に虐待まがいなことをされているのに、家族は何も言わなかったのか?」
「ああ。周囲には、誰も助けてくれる人がいなかった。むしろ父親が勇者というだけで、皆が父親の味方だった」
「…………」
「なんのために生きているのかわからなくなった時に、「力を授ける」と声をかけてくれた人がいたんだ。その頃はまだ十代で、誰が味方なのかもわからずに、私はその相手を信じてしまった……」
その日から地下に閉じ込められて、人体実験を繰り返されることになる。
あまりに辛い話に、俺は絶句していた。
「壮絶な苦しみの末に、命からがら逃げ出して家に帰った時には、私は存在していなかったことになっていた」
「っ、どうして……」
「私の弟となる子が産まれていて……。その子は、勇者の紋章を授かっていたんだ」
「「っ!!」」
死ぬほど辛い経験をしたというのに、それはあんまりだろう。
俺もイヴも、声をかけることができなかった。
「行き場をなくした私が怒り狂うと、近くの森が跡形もなく吹き飛んでいた。人体実験をされていたせいで、私は恐ろしい力を手にしていた……」
そしてアレクサンダーは、その後は人とは関わらず、森で静かに暮していたそうだ。
本当かどうかもわからないが、話を聞いているうちに、俺の涙腺が崩壊していた。
「なんだよ、その屑野郎! 人体実験した奴もだけど、父親もクソだろっ! 勇者の息子ってだけで、どうして完璧でいなきゃならないんだ! この世には、完璧な奴なんていないんだよっ!」
「あ、熱いな、レイド……」
「はあ!? イヴも同じだろ!? 勇者の息子だからって変に期待されて! それで少しでも駄目だったら、勝手に落胆されて……っ! 俺は、悔しい。もっと早くにイヴと出逢えていたなら……」
魔物の話なのに、イヴへの想いが爆発して、ついぽろりと本心を話してしまう。
そんな俺の隣に座ったイヴが涙を拭ってくれ、髪を優しく撫でてくれた。
「その気持ちが嬉しい。ありがと」
「あっ、ああ……。だから、その……」
柔らかく微笑むイヴは、前より色っぽくなっていて、正直顔を見ていられない。
視線を彷徨わせていると、魔物の血色の瞳からも凝視されていた。
…………コワッ。
それからイヴが席を外した瞬間、魔物が俺の側に近寄って来る。
何も感じていない顔で見下ろされ、背筋が凍った。
「先程の話は全て作り話だ」
「っ、」
「だが、イヴには黙っていてくれ」
「…………なぜ」
「イヴにはやってほしいことがある。イヴにしか出来ないことなんだ」
「っ、イヴになにをさせる気だ! まさか、殺すつもりじゃ……」
恐れ慄く俺にくつくつと楽しそうに笑った魔物が、口角を上げる。
「――逆だ。私を殺してほしい」
さらりと、とんでもないことを告げられ、俺は息を呑む。
美しい顔で笑う魔物だが、悲壮感が漂っていた。
36
お気に入りに追加
4,134
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる