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第七章

152 熱烈な歓迎

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 目をとろんとさせて気持ち良さそうにしていたゴッド副団長が、急に俺を突き飛ばす。

「はうっ!! つ、ついにイヴ君と、キッス……してしまった!! こ、こここ、殺されるっ!!」
「誰にです?」
「団長しかいないだろう!?」

 ゴッド副団長は、酷い怯えようだ。

 キス一つで、エリオット様が怒るとは到底思えないが、随分と怯えているゴッド副団長のためにも、内緒にした方が良さそうだ。

「大丈夫じゃないですか? ……舌は入れてないですし」
「っ、そういう問題なのかっ?!」

 乙女のように両手で口許を押さえて、慌てふためくゴッド副団長は、昔の話し方に戻っていた。

 人前だから心を癒しただけだが、それでも元気になったことに安堵して、俺はくすりと笑う。

(歴代の癒しの聖女様の中でも出来損ないの俺だが、仲間を救う瞬間はやっぱり嬉しい……)

「まさかゴッド副団長まで夫人を!?」
「いや、でも、夫人の方から口付けていたぞ?」
「新たなライバルの出現だな!」
「これは見逃せないな、ランドルフ様に報告しなければっ!」
 
 自身が癒しの聖女であると同時に、キス魔である事を随分と前から受け入れている俺は、私兵達の内緒話を華麗に無視する。

 話のわかるランドルフ様なら何も言わないだろうが、キレた時は面倒なので、チクられる前に報告しようと、ぶるりと震えながら心に決める。

「じゃあ、行きましょうか」
 
 俺と距離を取ってうろうろしていたくせに、結局俺と相乗りするゴッド副団長。

 俺を絞め殺す勢いで、背後から抱きついている。

「ぐ、苦しい……」
「少しの間、我慢してくれ。イヴ君を守るためだ」
「俺も戦えますよ?」
「いや、確実に無理だ」
「…………酷い」

 確かに魔物との戦闘はほとんどしていないから、俺は弱いままだ。

 だからといって、断言しなくてもいいじゃないかと、拗ねて肘打ちしてやった。

 その時、逞しい体が痩せ細っていることに気付いた俺は、持参していた栄養価の高い菓子を口に放り込んでやる。

 甘いだの、優しいだの、感動したように言いながら咀嚼するゴッド副団長は、俺の肩にボロボロと菓子のカスを落としてくる。

「…………」

 文句を言おうと振り返れば、口を動かしながら目を伏せて、静かに涙を流していた。

 心は癒したはずだが、相当辛い目に遭ったことが感じられて、俺は黙って前を向き直した。





 ゴッド副団長に拠点としている場所を教えてもらい、二時間ほど進んでいくとテントが見えて来る。

 その周辺で蹲る騎士達が、突如として現れた俺達には気付かずに、副団長と同じような虚な目で遠くを見つめていた。

(……魔物との戦いで、心が病んでしまったのか?)

 直様馬から下りたゴッド副団長が、皆のもとに駆け寄り、すうっと空気を吸い込む。


「救世主が来たぞ――――ッ!!!!」

 
 鼓膜が破けそうなほど大声で叫ぶゴッド副団長。

 ……魔物がおびき寄せられるだろう。

 だが、そんな俺の心配を他所に、騎士達が俺達の姿を目にして、這いつくばりながら近寄って来た。

「ヒッ!? 怖い怖い怖い」
「イヴ君ッッ! 遅いよ!」
「どこ行ってたんだよぉ~!」
「もう二度といなくならないでくれ!」

 第一騎士団のメンバーに縋り付かれて、戸惑いながらも歓迎してくれたことに胸が踊った。

 馬から下りた俺は、トクトクと心地のいい音が鳴る胸を押さえながら、泣いて喜んでくれるみんなに駆け寄った。

「遅くなって申し訳ありません。負傷者の方は、俺が手当てしますね」
「「「っ……」」」

 嬉しくなって頬を緩めると、目を潤ませる皆がほうっと感嘆の声を上げる。

 皆から再会のハグ……ではなく、握手を求められて、それぞれの硬い手を握っていく。

 俺が癒しの聖女だとはバレていないはずなのに、まるで神様を見るような目で崇められた。

 ……なぜだ?

 クリストファー殿下が推薦した救護班の優秀な人材もいるのに、俺の到着を待ち望んでいたようだ。

 少し疑問にも思ったが、嫌われ者ではなくなっていた事が嬉しくて、特に気にしないことにした。
 
「まずは団長に挨拶……と言いたいところだが、今は周辺の警戒にあたっているんだ。帰ってきたら挨拶しようか」
「はい。あの、セオドアもいますか?」
「ヒィッ!!」
 
 国民達のアイドルの名前を出した瞬間、皆の顔が強張る。

 濃紺色の髪を掻いて苦笑いするゴッド副団長から、第二騎士団は別の場所に拠点を置いていると説明を受けた。

 マクシミリアン副団長を筆頭に、第二騎士団の団員達は、第一の精鋭部隊をライバル視しているらしく、反りが合わないそうだ。

(ギルバート様からは、ライバル視するほどの実力はないって聞いていたけど……。この期間で力をつけたのだろうか?)

 頑張り屋のセオドアが指導しているなら、もしかしたらかなり腕を上げているのかもしれない。

 それから新しい救護班の方々にも挨拶をし(こちらも熱烈な歓迎を受けた)、その間に私兵達がランドルフ様から渡された専用のテントを張ってくれていた。

 我先にと、行列を作る皆の手当てをしつつ、さりげなく手の甲に口付けを送る。

 顔を赤らめる仲間達に、俺もこっばずかしくなりながら、まずは心を癒し続けた。

 その後、宰相殿が持たせてくれた食料で夕飯を作る手伝いをしながら、二人に再会できる時を待つ。

(エリオット様に会えるのも嬉しいが、テディーとは本当に久々だ)

 天使の微笑みを思い出しながら作業していたからか、俺は使い物にならない状態だったが、みんなから感謝された。

 雑用はやって当たり前だったのに、今までにない対応を受けて、嬉しくて頬が緩む。

「イヴ君。二人が帰ってきたよ。今は会議しているから、挨拶しに行こうか」
「ハイッ!」

 満面の笑みで俺を呼びに来てくれたゴッド副団長について行き、深呼吸をする。

 俺が来たことは内緒にしているらしいので、二人が驚く姿を見ることが楽しみだ。

 会議用の大きなテントから中を覗けば、左端でエリオット様と銀髪イケメンが地図を見ながら話し合っている。

 右端では、無言のマクシミリアン副団長が、椅子に腰掛ける金髪男性に飲み物を用意していた。

 目を伏せて精神統一している若い男性の横顔は、エリオット様並みの美形だ。

 真っ白な騎士服から、第二騎士団の幹部の人のようだ。

「失礼します」
 
 俺が顔を出すと、視線だけを動かした美形から殺気が飛んできたが、マクシミリアン副団長が彼を隠すように仁王立ちした。

「今は会議中ですよ、出て行きなさい」
「イヴ!」

 相変わらずいけ好かない野郎をスルーしたエリオット様が、テントに入るように俺の手を引く。

「お久しぶりです、エリオット様」
「ああ、会えて嬉しい」

 破顔するエリオット様が眩しくて、目を細めた。

 ゴッド副団長があんなにヨレヨレになっていたから、エリオット様のことも少しだけ心配していたのだが……。

 エリオット様は、エリオット様だった。

 漆黒の髪も艶々だし、髭も生えていないし、身嗜みも完璧である。

(俺の好きフィルターなしでも美しい)

 さすがだなと頷いた俺は、さっそくセオドアに会いに行こうと話を進めることにした。

「セオドアに会いに来たのですが、今どこにいますか?」
 
 笑顔で問いかけると、テント内の空気が一瞬で凍った。






















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