上 下
137 / 280
第六章

132 気のせいか?

しおりを挟む

「昨日は大変だったな。次からは大臣らと接触することのないように、護衛の人数を倍に増やすよ」
「別にそんなことは望んでおりませんが」

 心配性な第一王子殿下に、気持ちだけ受け取ると伝えた俺は、昨日自室に戻る際に、大臣共とラファエルさんに突撃された。

 狸達の操り人形と化しているラファエルさんに絡まれたところで、どうってことない。

 ジュリアス殿下を巡って戦うのであれば、受けて立つ。

 メラメラに燃えている俺は、その気持ちを削ぐかのように、長い指で顎の下をこしょこしょと撫で回されていた。

「俺は王子様のペットではないんですけど」

 揶揄うのはやめてほしいのだが、無駄な抵抗をしても疲れるだけなので、されるがままだ。

「なにか言ったか?」
「……別に?」

 俺がツンとした態度を取っても、美丈夫は藍色の瞳をキラッキラに輝かせていた。

 各騎士団の近況報告書に目を通し、喜びつつも落胆している俺は、現在クリストファー殿下の自室でソファーに寝転び、美丈夫に膝枕をされている。

(いくら慣れたからって、寛ぎすぎだろう……)

 だが、俺が足の間にいるよりは仕事が捗るようだし、王子様のご希望なので、黙って従っている。

 第一騎士団と第二騎士団の功績争いが激化しており、エリオット様はまだまだ王都には戻って来られないようだ。

 ちなみに第四も、マテオさん達の村の魔物を駆逐し、新たな地域に向かっているので、彼らだって頑張っている。

 もしかしたらグリフィン団長あたりは叙爵されるかもしれないな、と頬を緩んだ。

「ロズウェル団長が活躍しているとはいえ、怪我人は出ている。イヴ達の代わりに派遣した医師達も腕が良い者を選んだのだが、やはり以前と比較してしまうとな……」
「まあ、そうなりますよね……」
「今はアレンが抜けたから仕方がないと思われているが、いずれはおかしいと気付く者も出て来るだろう。なにせ、第二に移籍した四人が使えない奴らだったからな」

 肩を竦めるクリストファー殿下に、俺は「よくお分かりで」と頷いた。

 婚活に勤しんでいた四人組がもっと有能だったならまだ誤魔化せたかもしれないが、今更言っても仕方がない。

 今後、怪我人が増えていけば、以前より治りが遅いことを不審に思うはずだ。

(むしろ、俺達がいた時が、異様に早かっただけなんだがな?)

 それに、治療の際に使用する医療品の消耗も早いはずだし、いずれ疑問を抱く人も出てくるだろう。

「でも負傷者を前にしたら、誤魔化すことを考える余裕なんてありませんでした。あの時は、力をコントロールすることも難しかったので……」
「ああ、わかってる。別に責めているわけじゃないからな?」

 言い訳っぽくなってしまったが事実を述べると、わしゃわしゃと髪をかき混ぜられる。

 休憩しようと告げたクリストファー殿下が、俺の手から書類を取り上げた。

「ロズウェル団長とは、普段なにをして過ごしているんだ?」
 
 咄嗟に答えられなかった俺は、過去を振り返る。

 エリオット様といる時は、だいたい稽古かゴロゴロしながらお喋りしているくらいで、特に二人で出掛けたことはないかもしれない。
 
「部屋でまったりしてるだけですね。なにせあのお方はお忙しいので」
「そうか……。それなら今の私達と同じだな?」
「全然違いますけど」
 
 直様否定すれば、どうしてかクリストファー殿下はショックを受けた顔をしていた。

「貴方はお仕事中でしょう」
「……ククッ、そうだな?」

 意外と浮き沈みが激しいクリストファー殿下は、ジュリアス殿下に似ている。

 俺の顔色ばかり窺う王子様を思い出して、俺はくすりと笑った。

「イヴが最大限の力を発揮出来るようになれば、恋仲だと隠す必要もなくなるだろう。人目を気にせずベタベタ出来るな?」
「……プレッシャーかけてます?」

 すっと起き上がった俺は、不機嫌そうに目を細めた。

「ククッ、いや? 隠しているのは、彼の評判を落としたくないと思っているからだろう?」
「……ええ、まあ」
「それなら私との関係を、もう少しだけ進展しないか?」

 流れるように顎をクイッと持ち上げられて、ニタリと笑われる。

(肌を重ねる気もないくせに、よく言うよな)

「結構です」
「それは残念だ」

 フンと顔を背けた俺は、また膝の上に寝転んだ。

「――猫みたいで可愛いな」

 飽きることなく、俺の頭をなでなでするクリストファー殿下が、とち狂ったことを言い出した。

(もしかすると、クリストファー殿下はネコを知らないんじゃないか?)

 無愛想な俺が、猫に似てるわけがない。

「つかぬことをお聞きしますが。猫って知ってます?」
「っ、ククククッ」
「…………なにがおかしいんだよ」

 ただ話しているだけなのに、なぜかじんわりと胸が温かくなる。

 クリストファー殿下の顔を見上げれば、普段通りの笑みを浮かべており、特に変わった様子はない。

 ……気のせいか。

 それから他愛もない会話をし、書類の整理を手伝ったりと、有意義な時間を過ごしていた。





 夕方には保護されている国民達のもとへ行き、治療の手伝いをしていたアレン君を誘って癒しの力を使うことにした。

 軽傷者三人を、まとめて治癒出来るのかを試す。

 少し前までは口付ける必要があったから、一人ずつ行っていたが、今は祈るだけでいい。

 第四騎士団の救護室に三人を呼び、眠りの深くなる特別な香を焚いて彼らを眠らせた。

「心と体の傷が癒されますように……」

 祈りを捧げた瞬間、俺の全身からぶわりと金色の結晶が舞い、彼らの体に吸い込まれる。

 十代の青年の右足、三十代の女性の左腕、老人の腹部を中心に、光が舞う。

 体から力が抜けていくのを感じているうちに、静かに光が消えていった。

「っ、大成功です~~ッ!!」

 その場で飛び跳ねて、治癒した俺より大喜びのアレン君とハイタッチをした。

 二人で彼らの傷が癒えていることを確認し、包帯を巻き直す。

(明日の朝には完治したことに気付いて、家族のもとへ戻れるだろう)

 再会を喜ぶ姿を想像して、ほくほく顔になった。

「明日は人数を増やしてみようか」
「はいっ! どんどんやっちゃいましょうっ!」
「ククッ、なんだか俺よりアレン君の方が気合入ってるな?」
「それはもうッ! キラキラ女神様の降臨を、この目に焼き付けたいのでッ!」
 
 ……怪我人のためではなかったのか。

 興奮気味に語るアレン君が面白くて、俺は声を上げて笑っていた。

「アデル兄様にも見せたいので、次は誘ってみませんか?」
「ああ、そうしよう。久々に会いたい」

 ふたりで宿舎を出ると、仕事帰りの第三騎士団の救護班の方々が前方から歩いてきた。

 軽く会釈をして通り過ぎる時、四人のうちの最後尾にいた水色の髪の青年の腕が触れる。

「っ……」

 ぞわぞわっと何かが体を駆け巡り、俺は瞬時に距離を取った。

「あっ、すみません」

 ぺこりと頭を下げた青年は、申し訳なさそうに謝罪をする。

 水色の瞳を潤ませる青年に、こちらこそ、と頭を下げると、ほっとしたように笑みを浮かべていた。

 気弱そうな可愛らしい顔立ちの青年は、俺が急に仲間入りしても快く迎えてくれた方だ。

 腕が触れただけで、意図してぶつかってきたわけではないことはわかっているのだが、なぜだか不快感で胸がいっぱいになった。

「お疲れ様です」

 仲間達のもとに、とことこと歩いていく青年の背を見送る。

「どうかしたんですか?」
「いや……なんだか寒気がして」
「風邪ですか!? 大変っ! 早く休まないと」
「体調が悪いわけじゃないんだけど……、うん。大丈夫」
「またぁ! そうやって無理して、また倒れて……目が覚めなくなったら……うっ、ぐずっ」

 俺が意識不明になったときのことを思い出したのか、ライム色の瞳に涙が溜まっていく。

 いつも俺のことを気にかけてくれるアレンくんの優しさが嬉しくて、口許が緩んだ。

「心配かけてごめんな」

 心なしか下がっている目尻の涙を拭ってあげていると、聞き慣れた笑い声が聞こえて来た。

「アレンには、随分と優しいんだな?」
 
 フッと口角を上げるクリストファー殿下の登場に、俺は驚いて目が丸くなる。
 
「私にも同じように接して欲しいものだ」
「クリストファー殿下にも、かなり優しく接していますけど?」
 
 俺が同じように片方の口角を上げて答えると、生意気だと告げられて、わしゃわしゃと髪をかき混ぜられた。

 その時、ふわりと胸が温かくなった。

 じっと藍色の瞳を見上げて観察していると、クリストファー殿下が一歩近付いて俺の顔を覗き込む。

「どうした?」
「あっ……いえ、成功しましたよ」
「そうか!」
「……クリストファー殿下のおかげかはわかりませんけどね?」

 距離が縮まって、一層胸がじんわりと温かくなった俺は、可愛げのないことを言って誤魔化した。

 ガクッと項垂れる美丈夫が、「やはり生意気だ」と、笑いながら呟く。

 結果が気になって、わざわざ足を運んでくれたお方は、心から俺の力になろうとしてくれている。

「今日は早く休むように。明日も待っている」
「はい」

 優しく微笑んだクリストファー殿下を見送る。

 ぼんやりとしていると、目の前で手がヒラヒラと動いていた。

「やっぱり熱があるんですか?」
「ん? いや、ちょっと気になることがあって」
 
 こてりと首を傾げるアレン君に、なんでもないと答えた俺は、今も温かな胸元をそっと撫でていた。




















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

処理中です...