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第六章
137 不思議な力
しおりを挟む――第二王子殿下の自室にて。
豪華なソファーにふんぞり返って座る俺は、右隣にはクールで甘い声が魅力的な美青年、左隣には潤んだ大きな瞳が愛らしい美青年をはべらせていた。
そんな俺の前では、無様に四つん這いになっている、顔だけはいい駄犬がいる。
背後を振り返り、悔しそうに唇を噛み締める王子様に対し、俺はこれ見よがしに二人を抱き寄せた。
「反省したのか、馬鹿王子」
「っ、こ、こいつらも共犯、イタッ!」
謝罪の言葉以外は受け付けないとばかりに、尻をぐりぐりと足で踏んでやる。
すると、ランドルフ様が呆れたように笑った。
「反省の色が見えないようですねぇ」
「ジュリアス殿下の暴走を止めるの、すっごく大変だったんだよ? アレンも頑張ってくれたの! だから、もっとやっちゃって?」
「くっ、貴様ら……!! あうっ!」
然程痛くもないくせに、ヒーヒー泣き叫ぶジュリアス殿下の尻を蹴り飛ばす。
俺の協力者であるクリストファー殿下に、嫌がらせしたことを白状した王子様。
なぜそんなことをしたのかと理由を聞けば、俺と肌を重ねてから、夢で少し先の未来が見えるようになっていたのだという。
更にはその夢の中で、俺とクリストファー殿下が慰め合いをしていたらしい。
そういうことで、俺達の仲がこれ以上深まらないようにと妨害をしたらしいのだが、俺が怒っているのはそこじゃない。
友人の中でも俺だけに隠していたことにも腹が立ったが、なにより俺を信じていないことにムカついていた。
(クリストファー殿下の気持ちは、癒しの力のおかげで薄々勘付いてはいたけど……。だからって、流されて慰め合うわけがない)
俺が下半身のだらしのない男だと思われていたことが、普通にショックだった。
「俺をそこらへんの尻軽男と一緒にするな」
「だ、だってぇ~、うがっ! 痛いぃ~」
「だってじゃない。素直に謝罪しろ」
「うぅ……すみませんでした……」
「わかったら二度とするな」
興味を失ったように視線を背け、アデルバート様の綺麗なライム色の髪を愛でる。
苛々している俺の癒しタイムだ。
すごすごと俺達の対面に一人寂しく座ったジュリアス殿下は、恨めしそうに俺の両隣を睨んでいた。
「やだ、怖い……。仕返しされちゃう。イヴっ」
「大丈夫だ、その時は俺が返り討ちにしてやる」
ぎゅっと俺の腕にしがみつくアデルバート様に、安心するように微笑んだ。
ぽっと頬を染めて、俺の腕に顔を隠す可愛い美青年に、胸がキュンとする。
「私も怖いです、イヴ」
「……いや、貴方は嘘でしょう」
「アデルも嘘だッ!」
半笑いのランドルフ様に即座につっこみをいれると、駄犬が会話に割り込んでくる。
駄犬の戯言を華麗に無視して、内心かまってほしいであろうランドルフ様の頭をよしよしと撫でる。
嬉しそうにランドルフ様の口許が綻び、俺もつられて笑顔になった。
普段は冷たい表情を滅多に崩すことはないが、俺の前では別人のように、あどけないお顔をなさる。
マルベリー色の瞳の奥には、俺への愛が感じられる。
(――それも深い愛情だ)
執着系王子様と同じくらい愛されていると思う。
「力が爆発しそうだ……」
「ふふっ。イヴの中の器を、もう少し大きくしないとですね?」
「ああ。そうじゃないと、自分の力で爆死する」
「嬉しいです、イヴが鈍感を卒業してくれて」
「…………大人になったと言ってほしいです」
昔からランドルフ様には、早く大人になれと言われていた俺は苦笑いする。
「鈍感なのは悪いことじゃないよ! 周りのせいでもあるもん。私はありのままのイヴが好きっ」
「っ……やっぱり天使だ。ありがとな、アデル」
「や、やだッ! まだ、私を天使だと思ってたのっ? 恥ずかしぃッ!」
「……単なる猫被り野郎だろ」
さりげなくアデルバート様を侮辱するジュリアス殿下に、俺は冷めた目を向ける。
「自分のした事を棚に上げて、アデルに八つ当たりするのはやめてください」
「っ、でも、でも、二人も協力した……」
「俺が怒ってるのはそこじゃないって、まだ気付いてなかったのか」
「……え?」
困惑するジュリアス殿下に、舌打ちしてやる。
「だから。俺を信じてなかったんだろ?」
「っ…………違う、違うよ! でも、その前も、全部、夢と同じことが起こったんだ!」
「言いたいことはわかる。でもさ、俺を信じてたら妨害する必要はなかったんじゃないのか?」
「…………だって、」
視線を彷徨わせるジュリアス殿下は、言いづらそうにもごもごと口を動かす。
「せ、繊細な話だから……」
怪訝な顔をすれば、ジュリアス殿下は、ランドルフ様とアデルバート様に退出するように命じた。
渋々二人が退出して二人きりになると、両手で机を叩いたジュリアス殿下が立ち上がった。
「だって! イヴが縛られてたんだよ! 多分、秘薬も飲まされてた! そうじゃないと、あんな蕩けた顔であんあん言わないっ!」
「…………」
ストレートな物言いが心底うざったい男がズバッと言い切り、先程まで騒がしかった室内がシーンと静まり返る。
「イヴを信じてるっ。信じてるけど、あの時のイヴの顔は、同意しているようにしか見えなかった。兄上に愛されて、メロメロな瞳になってた」
「…………」
「イヴを兄上に取られたくなかった。だって、兄上がイヴと愛のあるセックスをしたら……私は多分、かなわない。イヴのいやらしい顔を見てるだけで、射精しちゃうから……。だから私が行動を起こして、未来を変えたんだよ!」
「…………もう黙れ」
思った以上に低い声が出て、熱弁していたジュリアス殿下が即座に口を閉じる。
静かにソファーに腰掛けて、縮こまって震える駄犬がチラチラと俺に視線を向ける。
言葉を濁さず、ありのまま語られてイラッとしたが、俺を兄に取られたくない気持ちが前面に出ていて、必死すぎて口元が緩みそうになる。
(俺を信じていなかったというより、奪われる危険を予知して、全力で妨害したのか……)
確かにクリストファー殿下には好意的な気持ちしかなかったから、快楽に弱い俺はあっさり陥落していたかもしれない。
そう思うと、救世主なのかとも思うが、それなら最初から話してほしかった。
そしたらその段階で、クリストファー殿下とのお試し期間を終了させればよかったのだ。
でも、俺がやりたいと言い出したから、最後までやらせてあげたいとでも思ったのだろう。
俺を考慮するあまりの暴走なのだろうと容易に想像出来て、呆れを通り越して笑ってしまった。
「っ…………嫌いになった? こ、恋人、やめる、のっ?」
自分で言っておいて泣きそうになっているジュリアス殿下を、俺は疲れた顔で眺める。
「別れたくないっ」
「ふぅん?」
「っ、やだ、絶対やだ。別れるなら、イヴを監禁して、どこにも行けないようにするっ」
「それで?」
「そ、それで?? それで……ドロドロに愛して、私しか見えないようにするっ」
「それから?」
「そ、それからっ?! それから、それからっ、私しか受け入れられないような体に作りかえる!」
「…………怖っ」
発想がぶっ飛びすぎていて、俺は我慢出来ずに笑ってしまった。
俺の顔色を窺う王子様に、次からは秘密はなしだと忠告する。
なぜ、俺だけに隠していたのかと聞けば、俺と肌を重ねた人は、不思議な力を宿す可能性があるそうだ。
現にエリオット様が勇者並みの力量となっているのも、俺と関わった事が原因らしい。
もしその事実を俺が知ったら、みんなの協力を拒むかもしれないと不安になったそうだ。
確かに欲している能力が手に入るなら嬉しいが、どんな力を宿すかなんてわからない。
相手の負担を考えたら、俺は他の人と関係を持つことを躊躇していたと思う。
それにそのことが公になったら、不思議な力を宿すために、いろんな人に迫られるかもしれないから内密にしたかったらしい。
どこまでも俺に配慮してくれていたジュリアス殿下に、怒りすぎた事を少しだけ申し訳なく思った。
「エリオット様はいいとして。ジュリアスの場合は予知夢のようなものを見るわけだろ? 夢か現実かわからなくて、精神的に参らないか?」
「っ、優しい……。でも、全然大丈夫。断片的だし、明らかに夢だってわかる。元々先を見通す能力が高いから、その力が特化されたって感じかな?」
「…………自画自賛。さすがだ」
俺に惚れたのもこの目のおかげだと、トントンと目元を指して、綺麗な碧眼を輝かせる王子様。
そんな姿が可愛らしくて、くすっと笑った俺は、ジュリアス殿下のもとへ歩み寄り、顔を寄せる。
「じゃあ、この先の行動は読めるか?」
「っ……」
目を見開いて固まる王子様に向かって、俺はぐっと口角を持ち上げ、にたりと笑った。
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